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ライバルが栄えれば日本も – “お受験思考”から脱却を(藻谷浩介 氏 / 日本総合研究所 調査部 主席研究員)

2012.04.11

藻谷浩介 氏 / 日本総合研究所 調査部 主席研究員

日本記者クラブ主催研究会(2012年2月29日)講演から

日本総合研究所 調査部 主席研究員 藻谷浩介 氏
藻谷浩介 氏

 昨年の日本の国際収支が第二次石油ショック以来、31年ぶりの貿易赤字になった。これが経済現象というよりは社会現象になっている。「日本国はもう駄目ではないのか」、「年々劣化しているのでは」という不安をかきたてる、1つの大きなマイルストーンに。赤字になった理由はどう考えても今回の大震災だ。

 では日本をもう一度、貿易黒字国に戻す策は何か。「技術革新の徹底支援で輸出競争力を回復する」「あらゆる手立てを使って為替を円安に誘導する」「人件費などの経費を究極レベルまで削減する」「(家庭用電力料金を上げ)節電・省エネを進める」の4つのうちどれを選ぶか? いろいろな場でこのクイズを出しているが、正解者が4割を超えたことはない。正確な情報が流れていないからだ。

 4つのうちどれかを選べと言われたら、「(家庭用電力料金を上げ)節電・省エネを進める」しかない。逆にこの中で、やってしまうと劇的に赤字が増大するのは「円安誘導」だ。ますます輸入燃料代が高くなる。やってもやっても価格転嫁ができないから意味がないのが「技術革新の徹底支援で輸出競争力を回復する」。何も関係ないけど、企業がやろうとして日本経済を別の意味でおかしくするのは「人件費などの経費を究極レベルまで削減する」だ。

 過去20年間、日本の産業の生産高は増えているが、電力使用量は増えていない。節電してきたからだ。ところが家庭の電力使用量は、過去20年間で1.3倍に増えている。家庭に節電してもらうには電気製品を買い替えてもらえばいい。10年前のクーラーを買い替えれば使用電力は5割減る。電球をLEDに替えるだけでも使用電力は8割くらいに下がる。皆がそうしないのは別に損しないからだ。家庭用電気料金が上がれば、買い替えるインセンティブも働く。その場合も母子家庭などをいじめる必要は全くなく、一定額以上を払っている人の電気料金を上げればいい。1.3倍を1に戻すことができれば、相当程度の収支が改善するというか、黒字に戻るのではないかという気がする。

 貿易収支に関しては、経済を分析している人は対前年同期比ばかり言う。昨年の輸出額はバブル期の1.5倍もあるのだ。それも円ベースだから、ドルベースだともっと増えている。日本はこれまで異常に輸出が好調な時期を過ごしてきたので、そろそろ「いろいろな要因から下がっても驚かんぞ」と考えておくべきなのだ。

 貿易収支は31年ぶりに赤字になったが、これとは別に「所得収支」というのがあり、海外に出た工場や米国債から大量の金利配当が入ってくる。バブル期でもこの所得収支の黒字は3兆円だったのが、昨年は14兆円もあり、一昨年に比べても2兆円増えている。貿易収支と所得収支を合わせた最終的な収支、「経常収支」というが、バブルの時でも6兆円の黒字だったのが、昨年は10兆円ある。一時25兆円あった年もあるので、今のペースで減り続けると「3年くらいでゼロになる」などと騒いでいる人がいるが、日本国の貿易収支というのは、構造上、「収支相償」なのだ。つまり、「輸出できれば輸出する、輸出できなければ輸入もしない」ということであって、基本的に「輸入だけが増え続けていく」という構造にない。過去4年間もそうだったけれども、過去25年間を見ても、輸出と輸入は連動している。その差が縮まってきているのは、原油が非常に値上がりしてきたからだ。しかし、原油が非常に値上がりしてきているからといって、輸出を差し置いて輸入だけが増え続けるということはない。

 「国際競争に負けた」という話では、この間も中国に対して赤字になったことが話題になった。これも中国と香港を足して考えないといけない。国際収支統計、貿易統計は中国と香港を別々に出している。人民元と香港ドルと通貨が違うからだが、香港と中国が同じ国ということもまた事実だ。貿易の世界では、香港経由で中国に行っているものが非常に多く、これが日本の統計上は全部香港に対する輸出になっている。逆に中国から輸入しているものは圧倒的に多い。三角貿易になっているので、中国と香港を足さないと正確な数字が出ない。それをせずにいきなり中国だけを相手にした数字にすると、日本が赤字に見えるわけだ。中国は香港に対して異常な黒字になっているのに。

 韓国に対しても、数字を見ずにああだこうだ言っている人が多い。日本と韓国の収支は10年前日本の黒字が8,000億円だったのが、昨年は2兆8,000億円の黒字になっていて、3.5倍増だ。なぜ黒字が減らないか。今までのところは、例えばサムソンが日本製の部品をたくさん買っていたからだ。部品や素材の少なくない部分は日本でしかつくっていないから、日本から買わざるを得ない。サムソンの製品が世界で売れれば売れるほど、日本は韓国に対して黒字になるという現象が、今までは起きていたわけだ。

 いずれにしろ、多くの報道が悲観的になるほど脆弱(ぜいじゃく)な構造ではない。そもそも日本は人件費が高い国なので、完成品を作って売っている国ではなくなっている。高機能素材を売って食っている国に、構造がとっくに変わっているということを理解しなくてはならない。

 ところで実際には、「今後、これが続かない」と私は予測している。一番大きな理由は、中国の経済がそんなに好調を維持しないからだ。中国は世界に物を売って食っていて、内需があまり拡大していない。だから、欧州や米国が調子悪くなってくると、中国の調子も悪くなってくる。そうすると、日本も中国になかなか物が売れないという構造になっている。つまり、世界中が景気よくなると日本はもうかるし、ライバルが栄えれば栄えるほど日本はもうかる。台湾もシンガポールもインドも全部同じ構造になっているということだ。むしろライバルの調子が悪くなってくることによって、日本経済は一緒に衰えてくる危険性が高い。

 では、「隣の国々が元気になってきて、日本だけが衰えている」という愚痴が、あちこちで聞かれるのはなぜなのだろうか。

 「事実をまず確認せずに、意見だけで勝手に決めつける」というのもあるし、「事実を絶対数で見ない、率だけで見ているから話が分からなくなる」という理由もある。もっと深刻な問題は、「何となく、他人が得すると自分は損した気がする」という日本人特有の“生活習慣病”だ。実際にある大学の先生のリサーチで東日本大震災の後、被災地以外の日本人の幸福感が増したという調査結果が出ている。「あんなひどい目に遭わなくて済んだから、幸せだと思う」、というわけだ。

 他人に対する同情する気持ちが比較的、薄そうに見える米国人は違う。ニューオーリンズがハリケーンで大水害にあった時、ニューオーリンズ以外に住む一般の米国人の幸福感もぐっと下がったそうだ。日本人というのは比較的、「他人の失敗が自分の得だ」と思う傾向が、植えつけられているところがある。

 これは「お受験」の結果だと私は思っている。お受験というのは、集まった人がちゃんとやらなければやらないほど、自分が合格する可能性が高くなる。実社会は落伍者が出ないほど絶対にうまくいくのに、そう思っていない人が驚くほどいる。要するに「お受験校に行って、自分だけいい教育を受ける方がいい」と思っている人がそうだ。「悪い教育を受けている人が一人でも減る方が、社会はうまく回る」ということが分かっていない。「お手々つないで、徒競走で一緒にゴールするような教育をしているから、日本は駄目になった」とよく言う人がいる。本当にそういう学校があるのかどうか知らないが、本当はそうした方がいい。一人だけ先んじてゴールするやつが何人いても、全然役に立たない。そういう人は何かあると真っ先に逃げ出して、自分一人移住するだけだ。

 米国のビジネススクールで、ある先生の言葉が非常に勉強になった。「企業では属するグループのパフォーマンスで全て決まる。一人で先にゴールして、うまくいくなんて仕事はない。実社会で成功したかったら、グループ全体のパフォーマンスを上げる人間になり、ずるするやつと組まない能力を身につけることだ」と。

 全員で手をつないでゴールし、かつ、その人がいることでそのグループから落伍者が出ない、あるいは全員元気なグループの場合は、ゴールインが早くなる。そういう人間が必要とされているのだ。

日本総合研究所 調査部 主席研究員 藻谷浩介 氏
藻谷浩介 氏
(もたに こうすけ)

藻谷浩介(もたに こうすけ)氏のプロフィール
周南市生まれ。山口県立徳山高校卒。1988年東京大学法学部卒、日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行、94年米コロンビア大学経営大学院卒、日本政策投資銀行地域企画部調査役、シンガポール国際企業庁アドバイザー、日本政策投資銀行地域振興部参事役などを経て2012年から現職。東日本大震災後に政府が設置した復興構想会議の検討部会専門委員も。専門分野は、まちづくり、観光振興、産業振興、人口成熟問題。著書に「デフレの正体」(角川新書)、「実測!ニッポンの地域力」(日本経済新聞社)。

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