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ライフサイエンス研究の実用化は基礎と臨床一体で

慶應義塾大学 名誉教授、文部科学省橋渡し研究支援推進プログラム・プログラムディレクター 猿田享男 氏

掲載日:2012年2月27日

第5回オール北海道先進医学・医療拠点形成シンポジウム(2012年1月31日)から

慶應義塾大学 名誉教授、文部科学省橋渡し研究支援推進プログラム・プログラムディレクター 猿田享男 氏

猿田享男 氏
(提供:北海道臨床開発機構)

 

この十数年、日本の臨床研究の低迷、新薬や医療機器の開発の遅れが問題となり、アカデミアにおける研究体制の見直し、さらにライフサイエンス研究を早急に実用化させる対策に力が注がれてきた。

「著名な医学誌への掲載論文からみた臨床研究の国別ランキング」を見ると、日本は1997年12位で2007年は18位に後退した(製薬協ニューズレター No.128 2008年)。06年には米国研究製薬工業協会による「革新的新薬の販売シェアが欧米に89%集中し、日本はわずか4%」「世界の主要医薬品の上位100種のうち31種は入手できず、53製品が2年以上遅れの販売」という指摘があった。

早期の新薬承認のために、医薬品医療機器総合機構に医学、薬学の人材が多数入ることを要望してきたが、製薬業界の方々は増えても、医学方面はまだ少ない。特に眼科や泌尿器科がいない。また同機構の近藤達也理事長がまとめた治験計画の届出数は、近年やや持ち直したものの依然低い水準だ。医薬政策研究所が分析した2002-07年の国際共同治験への参加施設数で日本は34位である。

このような状況は何が原因だろうか。大学などのライフサイエンス研究の在り方、研究者の教育や研究費の不足、日本の医療制度の問題が挙げられる。では国はどのように取り組んで来たか。まず厚生労働省からご説明する。

1984年、最先端医療技術を少しでも早く、低負担で国民に提供するために「高度先進医療制度」が設立された。保険適用されていない新しい医療の部分は自費で、従来の診察や入院基本料などは保険でという混合診療が初めて認められた。この制度における技術と医療機関の適格性は専門家による会議で審査され、私は委員と後に委員長を務めた。

高度先進医療の保険導入に当たっては、「普及性、有効性、効率性、安全性、技術的成熟度」が考慮された。現在も樹状細胞と腫瘍抗原ペプチドを用いた癌(がん)ワクチン療法などが高度先進医療として存続している。

ところが申請は主に特定機能病院に限られた。許可に1年以上かかることが多く、保険導入の手続きも分かりにくいということで改善が求められた。06年10月から「先進医療」として統合され、申請から決定まで3カ月以内と期限も区切られた。同様に専門会議が設けられ、医療技術と申請施設とが審査されている。必ずしも高度でない先進技術についても混合診療を認めており、将来の保険適応を前提にどの施設からも申請できる。これまで内視鏡下ロボット支援による前立腺摘出術ほか、多数が承認されている。

保険導入された中では、がんに関する「抗EGFR抗体薬投与前のKRAS遺伝子変異検査」は非常に重要として、2009年度すぐ決定された。

先進医療で問題なのは非常に高額な技術が多いことだ。特にがんの重粒子線治療は300万円を超えるので別扱いで民間保険が設けられている。他の例だとエキシマレーザー冠動脈形成術が29万円、血管新生療法は約20万円(2010年における価値)。いくらかでも民間の保険でカバーできないか相談し、やっと対応してくれる会社が出始めている。

もう1つ先進医療には問題点があった。先進医療は厚労省保険局薬事課の担当で、薬事法の適応外の医薬品や機器を用いた技術は認めないとされた。そこで08年、一定の要件の下に高度医療を認め、保険診療と併用できる「高度医療評価制度」が設立された。高度医療評価制度は、医政局開発振興課が担当し、薬事法上の承認申請等につながる科学的なデータ収集の迅速化を目的とされた。

ただ高度医療評価会議の審査を受けて通ったのち、先進医療専門家会議で再審査されることとなっている。もっと手間や時間を短縮すべきで、先進医療と高度医療評価会議制度を1つにする動きが進んでいる。そしてこのような制度とは別に、革新的医薬品・医療機器の創出に向けてアカデミアに拠点を整備するため「早期・探索的臨床試験拠点整備事業」が2011年に立ち上げられた。新規薬物・機器を世界に先がけヒトに初めて投与・使用する臨床試験を日本で実施し、POC(Proof of Concept 概念実証)の取得を目指す。「がん、脳・心血管、精神・神経、免疫難病」の分野で5機関が選定された。各々約5億円の事業費が5年間にわたって補助される。

しかし文部科学省が07年から行っている「橋渡し研究(TR)支援推進プログラム」と似ているので、今後どういう風にすべきか議論をしているところである。

TRは米国が早く、03年国立衛生研究所(NIH)が「臨床研究・橋渡し研究整備」を発表した。「医学、生物学の基礎研究への投資が、病気に対する新しい診断や治療、予防に結びついていないのでは」という世論の盛り上がりを受けたもので、現在全米の大学病院など55拠点で行われている。欧州委員会(EC)では産学連携による橋渡し研究を促進するイニシアチブにより、革新的医薬などに戦略的投資が展開されている。

日本は06年の「第3期科学技術基本計画」に基づき、総合科学技術会議が戦略重点科学技術の1つとして「臨床研究・臨床への橋渡し研究」を揚げた。これを受けて文部科学省は、ゲノム科学や再生医療などライフサイエンスの基礎研究の成果を医療に実用化するため、07年度に5年間の予定でTRを開始した。北海道から九州まで7拠点あり、1拠点2件ずつ、薬事法に基づく治験の段階に移行する研究成果を最終目標としてきた。

幸い各拠点でシーズ(候補試験物)を的確に評価し、戦略的に知財権を確保、適切に管理・活用できる体制が整ってきた。当初は京都大学が先行していたが、北海道臨床開発機構が本当に頑張り、非常にしっかりしている。治験間近なシーズはオール北海道の「DARTS人工手関節」「脳梗塞後の骨髄間葉幹細胞の静脈内投与による治療」など20に及ぶ。3月に2011年度の成果報告を含め、5年間の総括報告会「ライフサイエンス・イノベーション -生まれ変わる日本の大学像PDFが開催される。

この成果はぜひ維持、継続していかなければならない。そこでシーズを育成・強化して技術の実用化の促進する5年間のプロジェクトが新たにスタートする。シーズは「基礎研究、前臨床試験、治験・臨床試験」と3分類し、育成費用は開発段階に応じて異なる。最終的にはライセンスアウト収入など外部収入基盤を確立するなど自立が重要だ。また拠点空白地も考慮し、全国を網羅したい。

マネジメントには次の3つの観点が大切だ。リソースを管理して開発を促進するプロジェクト、切れ目なくシーズを同定、評価、選別して事業を継続するパイプライン、シナジー効率をもたらす拠点のネットワークである。

私が国の医療政策に次々関わる事になったのは、北里柴三郎(慶應義塾大学医学部を創設、初代医学部長)に由来している。「医学の研究においては基礎と臨床が一体ですることが一番大切である」と提唱されたがなかなか生かされなかった。私が医学部長になった1995年、大学附属病院の横にLANを発信できる研究棟を建てた。その経験から文科省に声をかけていただいた。

現在(仮称)Academic Research Organization(ARO)協会の設立が提案されている。高齢化社会を迎え、医療費が膨らむ懸念の反面、高度な医療技術が経済に寄与するという面もある。国際競争を勝ち抜いていくためにも、日本のアカデミアの臨床開発ネットワークの構築と全体的な開発基盤の底上げを図っていくことが、これからの日本の医療に必要ではないだろうか。

(SciencePortal特派員 成田優美)
慶應義塾大学 名誉教授、文部科学省橋渡し研究支援推進プログラム・プログラムディレクター 猿田享男 氏
猿田享男 氏
(さるた たかお)

猿田享男(さるた たかお) 氏 プロフィール
慶應義塾高校卒。1964年慶應義塾大学医学部卒、69-71年米国テキサス大学に留学、86年同大学医学部内科学教授。同大学医学部長、慶應義塾常任理事などを歴任し現在に至る。医学博士。厚生労働省先進医療専門家会議座長、同省科学研究費補助金(再生医療関係研究分野)研究評価委員ほか同省関係8件歴任中。医療研修推進財団理事長、日本臨床内科医会会長、国際高血圧学会会員(前理事)。専門は高血圧、腎臓病、内分泌など。著書に「高血圧に効くおいしいレシピ200」(法研)「高血圧をらくらく下げるコツがわかる本」(永岡書店)など。

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