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根源的問いかけとフロンティアへの挑戦を(朝彦 氏 / 本学術会議 会員、海洋研究開発機構 理事 平)

2011.09.14

朝彦 氏 / 本学術会議 会員、海洋研究開発機構 理事 平

日本学術会議公開講演会「科学・技術の過去、現在、未来-夢ロードマップ-」(2011年8月24日)パネルディスカッションから

本学術会議 会員、海洋研究開発機構 理事 平 朝彦 氏
平 朝彦 氏

 今回の東日本大震災は、日本の科学技術の現状をあぶり出した極めて重要な事件だったと思う。地球科学としては完全な敗北といってよく、われわれの学問体系そのものが打ち砕かれ、粉々になったといってよい。これまで原子力工学者と議論したかというとほとんどしたことがなかった。日本学術会議を中心に、われわれがどういうことをやってきて、将来どうあるべきかを常に検証していきたいと思う。

 東日本大震災、福島第一原子力発電所事故による被害を考えた時に、心に去来したのは「われわれはどこから来たのか。われわれは何物か。われわれはどこに行くのか」という言葉だった。1897年にゴーギャンが描いた有名な絵の中に書かれている。その時、思ったことが、なぜ例えば原子力発電所がここに造られ、われわれは安全に関して何も言ってこなかったのか、なぜこういう事態を予測できなかったのかということだった。もちろん言ってきた人もいたのだが…。それらはわれわれ科学者、技術者の責任でもあり、社会全体で共有する責任だ。

 ゴーギャンの絵には、人間が生きていく上での苦悩と共に、人類そのものの存在に対する問いが描かれているように思う。この絵に描かれた根源的な問いは重要で、地球惑星科学の基盤にもあり、全ての科学技術の根本にかかわる問いと考えられる。

 カーツワイルという米国人が書いた著書の中に興味深い図がある。生命の誕生から人類の出現に至る生物の進化と技術の進歩が対数のグラフで表示されている。1万年前に農業が発達して文明の基本的な源ができる。100年前に原子構造を解明し、その後DNAの構造解明やパソコンやナノテクの登場、と技術の進歩は急速だ。しかし、先ほどの根源的な問いに答えられたわけではない。多分、永遠に答えられないのではないか。

 日本学術会議がまとめたロードマップに50年後に達成できるとするさまざまな技術が示されている。しかし、その時点でも、人間は同じ問いを問いかけているのではないか。しかし答えられないとしても、この問いかけがどれだけ強いかが重要だ。今回の原発事故を含め、根源的な問いかけが弱かったのではないか、というのが私の問題提起である。立ち止まって、われわれが何物なのか、しばしば問いかけをすることが実は足りなかった。それが今日の科学技術の問題を生み出したのではないだろうか。

 科学、技術は根源的な問いに答えることを目的にしている。それが原動力にもなってきた。あまりに根源的な問いには永遠に答えられないかもしれない。しかし、それに答えようと一生懸命になるのが人間の活力だ。技術は加速度的に進歩してきた。しかし、東日本大震災が示すように技術、文明はもろいものでもある。これを克服して新たな時代をつくり出すためにも研究者のみならず個人個人が根源的な問いかけを常に続けていくことが新たな未来、新たな科学技術、新たな社会をつくりだすことになるのではないだろうか。

 今回の大震災に関して地球科学者も反省はしているが、フロンティアの挑戦は続けなければならないと考えている。誰も行ったことがない場所、誰も知らなかった世界へ踏み込んでいくことは科学の原点だ。個人的には地下生命圏、地球の下にいる微生物の世界をぜひ探索したい。それが、前述の根源的な問いに対する答えの一つになるかもしれないし、ひょっとするとエネルギーや環境問題の解決の鍵があるかもしれないと考えている。

 われわれの原点はフロンティアへの挑戦であり、それを続けることによって、科学、技術に対する国民の信頼を取り戻し、国民に元気を取り戻してもらえるのではないかと考えている。

本学術会議 会員、海洋研究開発機構 理事 平 朝彦 氏
平朝彦 氏
(たいら あさひこ)

平朝彦氏(たいら あさひこ)氏のプロフィール
仙台市生まれ。70年東北大学理学部卒、76年テキサス大学ダラス校地球科学科博士課程修了、高知大学理学部助教授を経て、85年東京大学海洋研究所教授、2002年海洋研究開発機構地球深部探査センターの初代センター長、06年から現職。日本学術会議会員。07年「プレート沈み込み帯の付加作用による日本列島形成過程の研究」で日本学士院賞受賞。著書に「日本列島の誕生」(岩波新書)、「地質学1 地球のダイナミックス」「地質学2 地層の解読」「地質学3 地球史の探求」(いずれも岩波書店)など。

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