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世界標準を目指す 最先端放射線治療(白土博樹 氏 / 北海道大学大学院 医学研究科 教授)

2011.03.09

白土博樹 氏 / 北海道大学大学院 医学研究科 教授

第1回 分子追跡放射線治療国際会議(2011年2月7日) サテライト会議「分子追跡陽子線治療の実現」から

北海道大学大学院 医学研究科 教授 白土博樹 氏
白土博樹 氏

 先進国では現在、がんの患者さんの60%が放射線治療を受けている。日本ではまだ25%(約25万人)だが、ここ数年で急速に増えており、2015年には40%に達するのではといわれている(日本放射線腫瘍学会構造調査)。

 外科手術、化学療法と共にがんの3大治療として知られ、通院で治療ができ、所要時間も短い。局所的な腫瘍を標的にして身体の機能を保持する。最近は手術をしなくても治癒できる例が多くなり、高齢者にも負担が少ない。

 全身どこにでも照射可能だが、弱点が幾つかある。まず、がん細胞の性状によって放射線の感受性に差があり、効きやすさが一様ではない。次に、体内の臓器は呼吸などで動き、腫瘍の位置が変わるので照射が広範囲になってしまう。そして大きな腫瘍ではなかなか効果が挙がらないことである。

 これらの問題を克服し、生活の質の維持と長期生存を得られる治療のニーズがますます求められている。他方、日本は2兆円の医療機器産業の市場をほぼ海外メーカーに依存している。そこでスーパー特区制度(国の先端医療開発特区)の枠組みで、産業振興も視野に国産の高性能の治療装置の開発を起案、構想した。

 国のFIRST(最先端研究開発支援)プログラムに採択され、2010年プロジェクトが発足した(注) 。これは2つのテーマを有し、「分子追跡陽子線治療装置」を北海道大学が開発研究を担い、私は中心研究者として取り組む。この装置は本学の「動体追跡照射技術」と日立製作所の「スポットスキャニング照射技術」を融合したものだ。もう1つ「分子追尾エックス線治療装置」は、京都大学で平岡真寛教授が共同提案者という立場で開発を進める。

 「動体追跡照射技術」は1997年の科学技術研究費B「動体追跡エックス線治療の開発」を基にしている。98年三菱電機がプロトタイプを製作、99年から関連診療科と共同で臨床研究が始まった。これまでに国際特許を取り、世界の放射線治療の指針を少なからず転換させた。

 この技術は体内のがんの動きを瞬時に捉え、ピンポイントに狙い打ちするので副作用が少ない。原理は腫瘍の近くに約2ミリの金マーカーを刺し入れて置き、治療用エックス線とは別に診断用エックス線透視装置を治療台の左右斜め2方向に直交する角度で取り付け、この2台で治療中に体内のマーカーを透視する。高校数学のベクトル計算の要領で腫瘍の中心とマーカーの位置関係が3次元的に把握できる。マーカーの動きは1秒間に30回(0.033秒)の割合でコンピュータにパターン認識され、その画像を見ながら最良のタイミングで照射する。

 常に動いているものを追跡すると同時に、いわば待ち伏せする「迎撃照射」治療法ともいえる。なぜなら予定照射位置からプラスマイナス1-2ミリの範囲内に金マーカーがある時のみ、0.05秒後に治療用エックス線ビームが照射される。世界で初めて時空間制御による4次元照射が可能になり、正常な部位への影響が減少し、飛躍的に精度が高まった。

 この金マーカーは、正式にはディスポーザブルゴールドマーカー(植え込み型 病変識別マーカー)といい、オリンパスメディカルシステムズ製である。安全性試験など経て薬事法で承認され、ついに2010年4月から特定診療報酬算定医療機器の区分、保険適用になった。

 ただ治療用エックス線ビームは体内侵入直後に最も線量が大きく徐々に弱まっていくので、正常細胞がダメージを受けやすい。そこで腫瘍以外の臓器などに対する線量を抑制する「強度変調放射線治療技術」も開発された。しかし依然として6センチを超えるような腫瘍にはなかなかうまくいかない。

 陽子線は体内に進入したときの線量は小さく、止まる寸前が最大、その後急激に減少する。がん細胞が身体の奥深くにあっても集中的に照射できることから、エックス線では治療しにくい腫瘍にも効果が期待される。北海道大学の装置では、この陽子線治療装置と、上記の動体追跡照射技術を組み合わせることで、動きのある肺、肝臓、腹部など腫瘍のうち、6センチを超えるような大きな腫瘍でも治癒可能な治療を目指す。

 北海道大学が目指す「分子追跡陽子線治療装置」のもう一方の要、「スポットスキャニング方式技術」は、陽子線ビームを拡散させないでエネルギーや深さを変えながらスポット照射が可能である。複雑な形状の腫瘍に対しても線でなぞるようにフレキシブルに対応できる。中性子の発生が抑えられ、特に小児がんの治療の安全性向上に効果が見込まれる。

 以上の技術を融合することで、陽子線治療の利点を最大限に活かせる。照射される正常組織の体積や範囲を従来の25-50%ほどに減らせるため、正常な組織への影響が最小限になり安全性が増す。その結果、肺がん、肝臓がん、膵(すい)がんや肉腫など難治性がんの生存率の向上が予想される。さらに個々のがん細胞の放射線抵抗性に即した「低ノイズ分子イメージング」技術を実現し、臨床への新たな応用に努めたい。

 「分子追跡陽子線治療装置技術」は、施設の維持管理面でも重要なメリットがある。陽子線量を100%使え、非常に効率が挙がる。加速器の負荷もかなり減らせる。深さ方向にエネルギーが減退しないので、220メガエレクトロンボルトというやや低い数値でも十分達成できる。照射径は従来の3.5を2.8メートルに小さくでき、ガントリーという陽子線ビームを任意の角度から照射するための大きなトンネル状の躯(く)体もサイズを縮小、重さは160トンほどを100トンに減量できる。

 おかげで建物の面積は当初計画の6割ぐらいになり、北海道大学病院に隣接した敷地を得られた。病院の2階の通路から行けるので、冬は特に便利だ。本年6月ごろから工事に入る予定だが、総体的に大幅なコストダウンが図られた。日本に陽子線治療施設は7カ所あるが、加速器ほか大がかりな施設が必要で一般の病院への導入が難しかった。小型化により今後の普及が期待される。

 2014年に完成できても、プロトコール(治療内容)の策定には1、2年かかる。さまざまな専門分野のご協力をお願いしたい。また陽子線治療に数々の実績がある米国のM.D.アンダーソンがんセンターやハーバード大学とも情報交換していきたい。地域医療が向上し、周辺産業のけん引になれば幸いだ。

 目下、専門家の育成も急務である。技術や機械だけでは問題を解決できない。放射線専門医の不足が課題である。医学物理士も少ない。認定制度のほかに、「がんプロフェッショナル養成プラン」の一環で各大学院が講座を設けている。多くの理工系の博士課程、若手研究者の関知が望まれる。

 今回京都と札幌で、このプロジェクトの国際会議を開催して非常に多くのことを学ばせていただいた。陽子線研究の長い歴史の中で日本は頑張ってきたが、5年後には、世界のスタンダードとなるような最先端の放射線治療装置が出来上がる。日本の医療機器産業が輸入超過から脱却し、持続的に発展するチャンスである。4次元動体追跡など安全性についても世界標準を目指し、グローバルな合意を構築していきたい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

 (注):FIRST=Funding Program for World-Leading Innovative R&D on Science and Technology。内閣府・総合科学技術会議が研究課題を公募、日本学術振興会が執行する研究支援制度。基礎研究から実用化を見据えた研究開発まで30人の中心研究者と課題が選ばれた。約5年で世界のトップを目指し、総額約1,000億円、各課題に対し約15—60億円の研究費が支給される。

北海道大学大学院 医学研究科 教授 白土博樹 氏
白土博樹 氏
(しらと ひろき)

白土博樹(しらと ひろき)氏のプロフィール
北海道札幌南高校卒業、1981年北海道大学医学部卒業、同大学放射線科助手、86年カナダ・ブリティッシュコロンビア大学、1987年英国クリステイー病院などを経て89年帯広厚生病院放射線科医長、93年北海道大学医学部講師、2006年から現職。医学博士。09年FIRSTプログラム30課題の一つに採択された「持続的発展を見据えた『分子追跡放射線治療装置』の開発」の中心研究者に。日本放射線腫瘍学会理事。第1回原子力技術医学利用振興賞、Research Front Award 2007(トムソンサイエンティフィック)など受賞。

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