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健康で安全に生きていくために

北海道大学大学院医学研究科 教授 玉城英彦 氏

掲載日:2010年11月26日

第75回日本民族衛生学会総会(2010年9月25日) 学会長講演「私には夢がある」から

北海道大学大学院医学研究科 教授 玉城英彦 氏

玉城英彦 氏

 

近ごろは新型インフルエンザ、サーズ(注1)などの感染症が世界的に広がり、食品の安全性を揺るがす事案もグローバル化している。大規模な自然災害は国境を越えて累を及ぼし、生命を委ねている地球そのものが危うい状況を見せている。

いずれも自国だけでは対処さえ難しく、国際的な協働体制の構築が求められる。その一方、世界的な展開を可能にするには、地域レベルの地道な活動も大切である。当総会のテーマ「Think Globally,Act Locally and Globally」のgloballyというのは、 外務省や国連機関ばかりの問題ではない。ローカルとグローバル、両方のつながりが必要だ。

私は1980年代前半、環境庁(当時)国立水俣病研究センターに勤務して、水俣病における社会正義ということを勉強させていただいた。水俣病が最初に公式発見されたのは1956年だった。しかし被害者の救済まで数十年の歳月が費やされた。いまだに認定をめぐって法の判断と医学の診断基準が複雑に絡み合い、多くの人々がつらい思いをしている。

同様にエイズも社会性が色濃い病気である。1985年から15年間、WHO(世界保健機関)のジュネーブ本部に在職し、世界エイズ戦略の土台づくりからかかわった。エイズ問題を通じて、人権や民主主義が保障されない社会にあっては、弱い立場にたった活動が困難だと学んだ。社会的弱者と呼ぶのはたやすいが、たまたまそのような境遇に置かれているという認識を持ちたい。

WHO憲章は前文で「健康とは身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に病気あるいは虚弱でないことではない」と定義、健康は基本的人権の1つであると宣言している。これは世界人権宣言より2年早く、1946年に発表された。その後「健康権(the right to health)」という概念は、国際社会のさまざまな討議において重要な位置を占めている。

健康を脅かすリスクは、生態系や社会・生活環境の変化によって歴史的に変遷を示す。しかも古い問題が解決しないうちに新たな課題に直面する。ただ国家間の経済格差が健康格差を増大させていることを先進国は特に考慮すべきである。

つまり健康のための公共政策は、同時に経済開発の影響を視野に入れ、支援や解決を図らなければならない。推進には「公正、平等、人権」が尊重される社会が必須要件である。

1986年に第1回ヘルスプロモーション(健康増進)国際会議がオタワで開催された。以来、世界情勢に沿って議題を取り決め、健康活動の一翼を担ってきた。しかし人々の知識と行動との間にまだ大きなギャップがある。まず行動が習慣になること。やがて習慣は個性になり、将来的にその人の運命を決める。そのような一連の流れの中で展開していくことが大切だ。

次の2つの方法を組み合わせると効果が増す。1つには、すでに病気の人やリスクの高い人を対象にするハイリスクアプローチ。もう一つは、住民全体のり患リスクの低減を図るポピュレーションアプローチである。地域に根差した個々の取り組みが全体的な成果を生み、未来に受け継がれていく。予防医学や公衆衛生は病気の治療および研究と同じように重要である。

そしてエイジング(加齢)は必ずしも医療コストの増大ということではない。発想を転換すれば元気な高齢者のソフトパワーを活用できる。いかにニーズを増やして供給力を維持するか。今は健康と医療、福祉を一体化して考える時代である。日本にはソフト面の技術力、応用力がある。厚生労働省だけでなく関連機関、民間、地域とのきめ細かなつながりが実践を後押しする。

支え合い、相互扶助を意味する沖縄の言葉「ゆいまーる」の精神文化は、食事以上に沖縄の長寿に寄与してきたと思われる。他府県でも昔は近所で助け合って住むという暮らしがあったはずだ。ところが道路や橋の発達で地方と都市の距離は短縮し、船着場など人々が何気なく会話する機会が少なくなった。一方で過疎は進み、車で移動する。その間自然や社会から遮断される。点の移動だけで線にならない。長い目で見ると日本人が社会性のネットワークをつくる上でマイナスだ。

ところで日本の農業・漁業はかなり高齢者の力に負っている。農業就業人口は260万人、65歳以上が約6割だ。漁業は農業の10分の1以下、65歳以上が3割を超える。年々各従事者が減少、高齢化が進んでいる(農林水産基本データ集2010)。この方々が1億2千万人の日本人に新鮮でおいしい食材を供給している。すごいことだ。

それだけ日本の第一次産業に対する政策は貧しいということになる。自分たちがものを作れないということに、もっと危機感を感じなければいけない。

地域に対する国家の危機管理も日本は甘く、真の国際化に遠い。島国だから外国の富裕層が土地を買い占めても危機意識が働かないのだろうか。例えば北海道の森林が伐採されて、水源を確保できなくなるかもしれない。明治時代からの法律ではないだろうに不動産会社は報告しなくてよいのだろうか。海外ではきちっと国土を守る。外国人が土地を購入するのはかなり難しい。

危機管理とは自分で危険を探知して、それを自分で守るということだ。日本人のメンタリティーもちょっと弱く、防衛と聞くと何か軍事的なことのようにとらえて臆(おく)してしまう。要はバランスの問題だ。

それが教えられず子どもの躾(しつけ)にも現れている。日本では幼児がレストランで駆け回っても注意しない。テーブルにぶつかって泣いたら、親はテーブルをしかってみせ、泣きやませたりする。

教育や医療で、自己主張ばかり強い父母や患者が問題になっている。結局は現場の疲弊を招く。権利の行使と相手に敬意を払うことは別のものであるはずだが。

人間らしく生きるということがどれほど理解されているだろうか。この民族衛生学会の英名「Society of Health and Human Ecology」のHuman Ecologyという概念のもつ大きな意味を十分考え、力を尽くして行きたい。

WHOで私は最初、仕事のスピードとボリュームに驚き、圧倒された。国際機関すなわち世界で仕事をするということは、自分自身の個性と本質的な価値観をしっかり持たなければと痛感した。

若い世代が優れた国際感覚を養い、地域から世界に明るい光を投げかけてくれることを期待したい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

(注1)SARS(重症急性呼吸器症候群):Severe Acute Respiratory Syndrome

北海道大学大学院医学研究科 教授 玉城英彦 氏
玉城英彦 氏
(たましろ ひでひこ)

玉城英彦(たましろ ひでひこ)氏のプロフィール
沖縄県立名護高校卒。1971年北里大学、78年テキサス大学、83年国立公衆衛生院(現在の国立保健医療科学院)卒。国立水俣病研究センターを経て、85年から世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部に勤務、世界エイズ戦略に初期からかかわる。2000年から現職。著書は「恋島への手紙―古宇利島の想い出を辿って」(新星出版)、「世界へ翔ぶ 国連機関をめざすあなたへ」(彩流社)、「社会が病気をつくる―持続可能な未来のために」(角川学芸出版)など。

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