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薬剤耐性菌対策は地域ぐるみで

東北大学大学院 内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野 教授 賀来満夫 氏

掲載日:2010年9月27日

記者会見「多剤耐性菌と院内感染対策」(2010年9月24日、日本記者クラブ主催)から

東北大学大学院 内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野 教授 賀来満夫 氏

賀来満夫 氏

 

院内感染対策と感染の制御は医療施設における最大の課題といえる。院内感染に対し、万全だと言える病院はないと思う。そもそも、医療の場というのは、医療、看護、体液処理などいずれもほかの場所より、感染が起こり、伝播するリスクも高い環境にある。感染という観点から見ると、医療施設ほど危険なところはないといってもよい。患者、医療従事者ともに感染の原因微生物が伝播するリスクが高く、入院患者は基礎疾患を持つからそもそも重症化するリスクが高いからだ。海外では有効な薬剤の報告があるが、それらは日本では認可されてなく、また、日本の病院の個室数は非常に少なく隔離が困難という現実もある。

帝京大学病院で多くの感染者が出た多剤耐性菌「アシネトバクター・バウマニー」は、土壌や水、野菜など自然界に広く分布し、排水口や洗面台などの湿潤した居住環境にも生息する。乾燥にも比較的強く、病院内環境が汚染された場合、比較的長期に生息し続ける。実際、多剤耐性のアシネトバクター・バウマニーによる院内感染は、この20年ほどをみてもフランス、台湾、米国、英国、ドイツ、韓国などで頻繁に報告されており、むしろ日本は少ない方だ。

アシネトバクター・バウマニーによる院内感染が広まった場合、汚染される個所は、最も汚染度の高い人工呼吸器表面、吸引装置といった呼吸器系に関連した装置から、ベッド柵、ベッドサイドテーブル、流し、マットレス、カーテン、モップ、バケツ、聴診器、保育器、コンピュータのキーボードと多くの場所に及ぶ。医療従事者の手指も重要な汚染個所で今年韓国の大学病院で起きた院内感染例では10.9%、一昨年ギリシャの大学関連病院で起きた感染例では28.6%の医療従事者の手からアシネトバクター・バウマニーが検出されている。

従って、多剤耐性アシネトバクター・バウマニーが検出された場合は、手洗いを徹底するほか、感染者を個室に隔離するなどの接触予防策を行う必要がある。

医療施設における日ごろからの対策としては、感染制御部や感染対策チームのような横断的で専任の組織による精力的で継続的な対応が不可欠だ。東北大学の場合、医師、歯科技師、薬剤師、看護師、検査技師、栄養士、事務員からなる感染対策チームがあり、毎週火曜日、1、2時間かけて病院内の全部署を回り、手指衛生などの評価、指導や病院環境の改善指導を行っている。また、感染症診療チームが平日日中は医師2人、休日・夜間は呼び出し体制で、主治医らに診断、治療の助言や、医療スタッフに感染対策指導といった「アクティブコンサルテーション」も実施している。

こうした取り組みに加え、トップが最重要課題として取り組む姿勢や支援が極めて重要で、さらに、医療従事者はもちろん患者、患者家族を含めた全体としての取り組みが必要となる。

薬剤耐性菌対策が難しいのは、インフルエンザウイルスと異なり、ヒトとの共存性が高く、長期間体内に菌がとどまっているためだ。この保菌という状態は発症しているわけではないので必ずしも治療を必要としない代わり、診断も容易ではない。一方、感染症治療では抗菌薬使用は必要不可欠だから、耐性菌出現の可能性は常にある。薬剤耐性菌の保菌者が増加する可能性もあるということだ。

現実に薬剤耐性菌の問題は、病院感染から医療関連感染(Healthcare Associated Infection)へと拡大しているという見方が主流となっている。病院だけで感染が起こるのではなく、クリニックや診療所、長期療養施設、さらには在宅でのインシュリン注射なども含めた医療行為を行っているすべての場所で起こりうるということだ。

米医療疫学協会(SHEA)によると、MRSA(抗生物質メチシリンに対する薬剤耐性を持つ黄色ブドウ球菌)を持つ人の退院後の追跡調査で、退院後MRSAを平均で8カ月半、中には3年以上持ち続けることが分かっている。米国のある病院のデータによると多剤耐性菌を持つ患者数が2000年代になって急に増えているが、これは多剤耐性菌を保有する外来患者の増加による。市中から病院内に薬剤耐性菌が持ち込まれるケースが増えているということだ。

病院における感染伝播予防対策、抗生物質の適正使用に加え、施設を超えた地域での伝播の可能性や、家畜など医療現場以外の場でもものすごい量の抗菌剤が使われているといった数多くの要因に注意を払う必要があることも最近、指摘されている。

いま求められていることは、病院だけでなく地域全体で薬剤耐性菌に対応するネットワークをつくることであり、さらに感染症・感染制御分野の人材育成を図ることだ。米国の感染症専門医が6,000人を超すのに対し、日本は839人(2006年10月現在)しかいない。

感染症の発生を完全に防ぐことは今後も不可能で、必要なことは、感染症に対する危機管理を徹底することでその拡大を最小限にとどめることだ。そのためには、薬剤耐性菌そのものや感染症に関するさまざまな情報を医療従事者だけでなく、患者、市民が共有することが不可欠となる。

東北大学大学院 内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野 教授 賀来満夫 氏
賀来満夫 氏
(かく みつお)

賀来満夫(かく みつお)氏のプロフィール
大分県立大分上野丘高校卒。1981年長崎大学医学部卒、86年長崎大学大学院医学研究科臨床検査医学・臨床微生物学専修了、国際協力事業団医療専門家としてケニア中央医学研究所に。89年自治医科大学呼吸器内科学教室講師、90年長崎大学医学部附属病院検査部 講師、95年聖マリアンナ医科大学微生物学教室助教授、99年から現職。専門は 感染制御学、感染症学、臨床微生物学。著書に「病院感染 こんな時どうする!? 中小病院/診療所 編」(共著、南山堂)、「実践MRSA対策」(共著、メディカ出版)など。

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