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自分自身で考えるということ(ピーター・レイモンド・グラント 氏 / プリンストン大学 名誉教授、2009年京都賞受賞者)

2010.03.30

ピーター・レイモンド・グラント 氏 / プリンストン大学 名誉教授、2009年京都賞受賞者

第25回京都賞記念講演会(2009年11月11日、稲盛財団 主催)から

自分自身で考えるということ

プリンストン大学 名誉教授、2009年京都賞受賞者 ピーター・レイモンド・グラント 氏
ピーター・レイモンド・グラント 氏

 私はあまり才能がない子供でした。さまざまな人から影響を与えられ、彼らの素晴らしい教えが今の私をつくったのです。今まで数々の人生の分岐点がありました。才能に乏しいと自覚していた私に「ケンブリッジ大学を受験してごらん」とパブリックスクールの校長先生が勧めてくれました。受験には成功しましたが、思い返せばぎりぎりの成績で入学したのだろうなと思います。

 私のような学生が相手でもケンブリッジの教授陣は、まじめに話を聞いてくれました。これにはとても驚きました。さらに彼らが教えてくれたのは、「自分自身で考えることが大切だ」ということです。ただの一学生を教授陣が大切に扱ってくれた経験は私を勇気づけた上、初めての自信を宿らせました。

 また私の教育の鍵となったのは父でした。自制するという概念を、それを知るにふさわしい時期に私へ教えてくれた人です。子供のころから「他人に思いやりと敬意をもって接しなさい」「自分に尊厳を持ちなさい」と言い聞かされていました。さらに尊大にならないように諭され、一生懸命に働くこと、しっかり勉強すること、なおかつ遊び楽しむことをすすめてくれたのです。

 「学者より素晴らしい仕事はない」と思ったのは大学院生の時です。学者とは研究と教育の両立ができる職業です。これは楽しくて興奮に満ちていると感じました。この二つの両立が自分にとって最も価値あることだと気づいたのです。

 アカデミアの学者に私が期待する理想があります。それを体現した人がいました。以前京都賞を受賞したジョージ・エブリン・ハッチンソン教授です。学問を真に愛する人でした。私は彼の下でイエール大学のポスドクとして一年を過ごし、研究者として成長する過程で大きな知的影響と勇気を与えられました。広く考えるということを常に教え、また広い視点を持って科学や芸術に向かい合うことの大切さを示してくれたのです。そして新たな道を照らし出す可能性があるのならば創造的な推論をおそれない姿勢をも教わりました。

 さらに「科学では、全く別々のものに見えるテーマであっても、その中のつながりを見極めるよう努めなさい」「一見関係ないように見えたとしても、過去を見つめ直すことが現在の理解につながるのです」と語る彼は、共通点のない事実や考えを結びつける能力に長けていて、大変に刺激的でした。彼に身をもって示され、私は知的に大胆になることを学んだと思います。

 「創造的な仕事をするために必要なことは何か?」と問われたとしましょう。一つの答えは、普通は無関係と思われている考え同士を統合することです。科学的な問題解決のために必要なのは、ある分野の考えを別の分野に適用することです。また問題を言い換えたり再構築する意欲です。これは新鮮な見方をし、新しい角度から解を見つけるためです。こうした試みは失敗に終わることも多いです。しかし成功した時は、創造的なことを成し遂げたといえるでしょう。

 自分の持つ知識を用いて世界を理解しようという意思が創造的な仕事には必要だと思います。故に新しい何かを進展させるための強いモチベーションが重要と考えています。

 科学者を目指す若い人へのアドバイスは「人生で最も行ないたいことを見つけること」そして「その情熱を確認し、つまずきや失望が避けられなくとも、断固として遂行すること」です。学生のころ、私には苦い経験がありました。「これは失敗だ」と自覚させられた経験です。博士論文を書こうとした時期です。私はメキシコの島で鳥の生態を観察していたのですが、そこには指導してくれる人が誰もいませんでした。そこで私はフィールド研究につまずきました。指導者のいない状況でつまずくのは当たり前だったのですが。

 その時私は科学的に証明すべき疑問を持っていませんでした。「いったい何を科学的に追求すればいいのか?」それすら分からず、ただ自動的にデータを取るだけだったのです。アイデアや計画が明確にも具体的にもなっておらず、そして原理や理論を何一つ育んでいない。それが私の現状でした。そのことを痛感して「一体何をしていたのだろう?」と恥ずかしくなりました。この島で自分がしていることについて、真剣に自問自答を繰り返さざるを得ませんでした。

 しかし、後にこの経験が活きました。研究の道で前に進む方策を得るプロセスとしては重要だったのです。この経験で真に学ばされたのは「自分自身で考える」ということです。このことを悟った後は、論文がうまく書けるようになり、研究も順調に進みました。私は科学的方法論という考え方を見つけました。一つの好ましい理論を求めての証明に観察を使うよりも、「自然現象の説明を選択する時に観察を用いる」という考え方です。この方法を適用して発見のスリルを体験しました。

 妻のローズマリーと私が出会ったのはカナダの大学院です。その時から今に至るまでローズマリーは私に影響を与えてきました。出会った時から認識していたのはお互いの共通点と相違点です。時として感じる二人の違いは、お互いを育てるものでした。違いを尊重し、見解が異なる時は互いに教えあい刺激を与え合う関係を続けてきました。ローズマリーと私は結婚後の計画を立てました。私が大学院を終了したら子供を持ち、その後でローズマリーはフルタイムの研究に戻るという計画です。

 ローズマリーと私はありきたりの道を進むのではなく、野外生物学の生態的分野に遺伝学の手法をブレンドし、進化の原因となる自然淘汰の力と頻度を明らかにしようとしました。今回のわれわれ二人そろっての受賞が、パートナーとともに学問的研究をすることが可能かと悩むカップルたちを勇気づけることを願っています。

 私たちは研究を進めるにあたって、いくつか取り決めをしました。「シンプルなものを追い求める。しかし発見したシンプルなものを盲信しないよう心がける」「問題解決は常に複数の角度から検討する」「もしも自分たちが間違っているのなら、どうすればそのことを自覚できるのかを自問する」「独自に想像力を膨らませる。その一方で物事を懐疑的に見ることを忘れない」「外部の人の専門知識が必要な時は、素直に協力を求める」

 問題の解決は、さまざまな角度から見てはじめて得られるものであり、人々との協力が必要なのです。

 私は一つ不思議に思っていることがあります。以前赴任したイエール大学は素晴らしく、知的刺激に富む空間でした。ただ不思議に思ったのは、学者の間に対立があったことです。私は今でも不思議に思っています。学問の世界はとても広大で、あらゆるものを受け入れています。それなのに「学問を研究する学者に、なぜこんなに視野の狭い人たちが多いのだろう?」と。

(SciencePotal特派員 影山麻衣子)

プリンストン大学 名誉教授、2009年京都賞受賞者 ピーター・レイモンド・グラント 氏
ピーター・レイモンド・グラント 氏
(Peter Raymond Grant)

ピーター・レイモンド・グラント(Peter Raymond Grant)氏のプロフィール
1936年英国生まれ。進化生物学者。2009年に妻のバーバラ・ローズマリー・グラント博士とともに京都賞(基礎科学部門)を受賞。授賞理由は、ガラパゴス諸島でのダーウィンフィンチ類に関する野外研究を通じての「環境変化に応じた自然淘汰による急速な進化の実証」。

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