ハイライト

今、なぜ科学技術コミュニケーションか?(小泉伸夫 氏 / 動物衛生研究所疫学研究チーム主任研究員)

2009.10.29

小泉伸夫 氏 / 動物衛生研究所疫学研究チーム主任研究員

農研機構セミナー「いま、研究者に求められる科学技術コミュニケーション能力とは?」(2009年10月20日、農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所主催)報告から

科学技術コミュニケーションに至るまでの流れ

動物衛生研究所疫学研究チーム主任研究員 小泉伸夫 氏
小泉伸夫 氏

 科学技術コミュニケーションは、一般的には科学技術に関する情報の理解、共有を目的としたコミュニケーション活動のことを指します。これは、非専門分野の方に自分の専門の研究成果を伝えるものであって、研究成果検討会や研究設計会議で専門外の方に説明するプレゼンなども含む概念とも言えるのですが、今回話題にしたいのは、これよりももっと狭い、研究者と社会(非専門家,市民とほぼ同義)とのつながりです。われわれ研究者が研究成果をどのような形で伝え、市民に利益になるような形に持って行けるのか。また逆に私たちが市民の思いとは裏腹な行動をしていないか市民からのフィードバックを受ける。このような研究者と社会の相互理解を目指した活動が「科学技術コミュニケーション」である、とここでは一応の定義をしておきたいと思います。

 今でこそ、声高に「科学技術コミュニケーション」が言われていますが、私が研究所に勤め始めたころには、そんな話は全くありませんでした。研究所の一般公開は以前からあったのですが、私の経験では1990年代後半あたりの研究機関の縮小・改革がきっかけで、研究成果を伝える動きが徐々に盛り上がってきたように思います。自分たちの研究所や研究分野を守るために自分たちがこんなことをしているぞ、ということを社会にアピールしていきたい、といった動機が一連の流れの始まりであった、と私は認識しています。

 それから今世紀に入って、動物衛生研究所(当時は家畜衛生試験場)も独法化されました。さらに「ゆとり教育」が浸透したこともあり、いわゆる「科学離れ」の問題への対応も求められるようになってきました。さらに、メディアが科学の話を正しく伝えてくれないという問題も出てきました。国立天文台では2002年度から研究者とメディアが対話するという試みを行っています。このころから研究成果をいかに社会・市民に伝えていくかという「パブリック・アウトリーチ」という考えを、研究の中に取り入れるようになっていきました。そのころに東京大学地震研究所はアウトリーチ推進室を設置しています。

 今、アウトリーチという言葉は下火になって、2005年くらいから科学技術コミュニケーションの時代に入ってきました。これは、どちらかと言うと双方向型、つまり研究者から情報を伝えるだけでなく情報の受け取り手である市民から研究者へのフィードバックをも対象として取り入れ始めたと考えられています。

科学技術コミュニケーションをめぐる問題

 実際、科学技術コミュニケーションを進めていくにはいろいろな問題があります。まず一般市民で科学技術に興味を持っている方は結構おられるのではないかと思いますが、その興味の中身について尋ねてみると、意外とその仕組みや理由についての理解までは進んでいない。また災害、事故、感染症といったネガティブな話題に関しても食いつきが悪い。結局、楽しい話は興味を持つけれども楽しくない話は聞きたくないわけです。

 でんじろう先生のような科学実験ショーは、それなりに人気があって私も似たようなことをやっていますけれども、何か違和感があります。その違和感の原因と いうのは、とにかく結果がすぐに見えないと怒られてしまうことが結構あること。結果にインパクトがあると、ワーッと喜んでくれるのですけれど、なぜそうなっているのかというところには興味がない。ひどい親御さんになると、子どもに科学工作などを作らせて子供がうまくできなかったりすると「うまくできたものをちょうだい」と完成品をいきなり要求するのです。実際そういった親御さんを少なからず経験しています。結果が良ければオーライ。途中の考え方とか「どうして?」「なぜ?」というところがない。結局、科学ではなく単にエンターテインメントとして見ているだけなのかも知れないな、と最近感じています。

 子どもたちは学校で暗記することについてはトレーニングされているけれど、自分で課題を設定するとか、考えるということになると勉強ができていた子が途端に手も足も出なくなったりする。そういった自分で考えることに慣れていないという問題があります。世の中「科学嫌い」とか「理科嫌い」とか言われているけれど、実は「思考嫌い」あるいは「理屈嫌い」なんじゃないか。順序だてて物事を考えることを嫌う、つまり頭を使いたくないんじゃないかと感じています。

伝えるべき情報はよく考えて厳選すること

 研究者も研究者でいろいろ都合があり、新型インフルエンザを例に挙げますと研究者は情報量が多いですから伝えたいことをたくさん持っているわけです。実際、市民向けのシンポジウムでウイルスの系統樹とか塩基配列をザザーッと示した研究者がいます。これでは市民が引いてしまい、伝えるべきことも伝えられなくなってしまう。伝えたいことがたくさんあることは分かるのですが、市民の関心とはなかなかかみ合いません。

 本当に市民にとって必要な情報、特に危機管理情報は個条書きで5個くらいしか覚えてくれません。そういった情報を正しく伝えるには、あれもこれも周辺情報も含めて垂れ流すのではなく、伝えるべき情報はよく考えて厳選しなければなりません。このあたりが研究者のとても陥りやすい間違いのひとつです。

科学技術コミュニケーションの方法論

 これまで述べてきた通り、科学技術コミュニケーションは一方通行の情報伝達から双方向の「対話型」へ、そして相互理解を目指すものへと情報の流れ方が変わってきています。それに伴いコミュニケーションの場も講演会形式からワークショップ、さらにはサイエンスカフェへと少人数化、細分化が進んでいます。

 しかし、単に対話の場を設けただけでは十分な科学技術コミュニケーションができるというものでもありません。例えば専門用語を平易な言葉に置き換えたり、想定外の質問にも対処できるよう自分の専門分野の周辺の情報も把握しておくといったスキルや下準備が必要です。

 さらに研究機関がこうした活動を評価する場合、しばしば参加人数を実績として数値化して評価してしまいますが、これではサイエンスカフェのような少人数であっても「相互理解」の達成度を重視するような活動の評価を十分に行うことができません。研究機関が科学技術コミュニケーションをきちんと評価できるようになるまでには、まだ多くの課題を抱えています。

 評価の問題に限ったことではなく、研究者にも科学技術コミュニケーションに取り組むためのもっと強い動機づけが必要だと考えます。研究者による科学技術コミュニケーションの必要性の高い分野もあると思います。商業的に普及しにくい純学問的分野、例えば天文学のような分野であるとか、ネガティブな内容で普及しにくく、しかも多くの人に知ってもらいたいこと、誤解を招くと大きな問題を起こす危険のあるものなどです。

 医療や健康にかかわる情報や災害、伝染病などの危機管理情報などは研究者が積極的に情報を伝え、理解を求めていく必要性が高いと言えます。研究の意義について理解を求めたり、研究成果を社会に還元する活動に研究者自らが参加していくことには、どんな意味を持ちどんなメリットがあるのか、よく考えてみることです。

 とは言ってもすべての研究者が科学技術コミュニケーションに取り組む必要はあるのかどうか、現時点では判断しきれません。しかし研究活動を続けていれば、いつかはその必要に迫られる場面に遭遇すると思います。ですから科学技術コミュニケーションは研究者に必要なスキルとして身につけておくべきであると考えます。

 研究者を情報の「送り手」であると考えた場合、現実には情報の「受け手」である市民の数のほうが圧倒的に多いわけです。そこで「科学技術コミュニケーター」「科学技術インタープリター」などを養成することが、この数年、盛んに行われているわけですが、彼らに科学技術コミュニケーションを任せ切りにしてもよいのでしょうか? 研究者にはそれぞれの専門性があり、その立脚点も伝える内容も科学技術コミュニケーターとはやや異なるため「すみわけ」が可能であり、両者が共存することで、より市民に質の高い科学技術コミュニケーションを提供することができるのではないかと思います。

 また研究者や研究機関が積極的に科学技術コミュニケーションに取り組む中からアイデアや研究動機を得るチャンスを獲得し、新たなブレイクスルーをもたらす期待もあります。つまり市民にも自分たちにも双方にメリットがあることが、大きな動機づけになると考えます。

 研究者が市民に向けて語ることを義務と考えてしまうとコミュニケーションも成立しにくく、また研究者にとっても恩恵があまり期待できません。しかし対話を楽しみ、また対話の中から新しいアイデアの芽を手に入れることで研究活動の幅を広げていくような発展性のある活動として科学技術コミュニケーションをとらえて取り組めば、研究者にとってもこの活動がさまざまな可能性を秘めているものだと感じていただけるものと思います。自分なりに工夫したり考えたりしながら、楽しんで科学技術コミュニケーションに取り組んでくださる研究者が増えてくれることを願います。

動物衛生研究所疫学研究チーム主任研究員 小泉伸夫 氏
小泉伸夫 氏
(こいずみ のぶお)

小泉伸夫(こいずみ のぶお)氏のプロフィール
人獣共通感染症、特に高病原性鳥インフルエンザに関する対消費者のリスクコミュニケーションに取り組んでいるほか科学技術コミュニケーションやGIS(Geographic Information System:地理情報システム)の手法を用い、風評に起因する経済損失の軽減を図り畜産業の危機管理を行っている。

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