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死の谷越える技術シーズ(湯浅新治 氏 / 産業技術総合研究所 スピントロニクスグループ長)

2009.07.17

湯浅新治 氏 / 産業技術総合研究所 スピントロニクスグループ長

第34回井上春成賞贈呈式(2009年7月15日、井上春成賞委員会主催)受賞者あいさつから

産業技術総合研究所 スピントロニクスグループ長 湯浅新治 氏
湯浅新治 氏

 賞の対象となった研究を始めたのは2000年ごろで、私の属する産業技術総合研究所が新しい組織としてスタートした時期だ。産業技術総合研究所の最も重要な責務とされたのが、基礎科学の研究成果を製品化、実用化までつなげ、社会に還元することだった。よく言われることだが、基礎科学の成果と実際の製品化、産業化の間には非常に深い隔たりがある。いわゆる「死の谷」だ。「研究者は死の谷を渡れ」「死の谷に飛び込め」。当時の吉川弘之理事長によく言われた。

 私のような基礎研究ばかりやってきた人間が、死の谷を渡るにはどうしたらよいのか。まずは基本となる画期的な研究成果が必要だろうと考え、科学技術振興機構の基礎研究援助プログラムである「さきがけ」に申し込んだ。2002年初めから「さきがけプログラム」を始め、04年の初めに基礎研究としては画期的な成果を挙げることができた。

 いよいよ、そこからら死の谷を渡ってこの成果を産業化につなげないといけない。パートナーとして組ませていただいたのが、製造装置メーカーのキヤノンアネルバだった。製造装置メーカーというと装置を作っているだけと思われがちだが、現在の製造装置メーカーは量産技術の開発という非常に重要な責務を担っている。基礎研究の成果を量産化技術に結びつけるには例えば生産効率、生産スピード、コストあるいは信頼性、歩留まりといったいろいろな重要項目を満たさなければならない。だから基礎研究成果を量産技術に高めるのは非常に難しいことだ。 

 今回キヤノンアネルバの非常に優秀なエンジニアの方々と研究させていただいた結果、わずか1年で基礎研究を量産技術に結びつけることができた。いったんこういうものが量産技術としてできてしまうと産業界としての非常に大きな流れとなり、基礎研究成果からわずか3年後にはハードディスクの磁気ヘッドとして実際に製品化することができた。そこに至るまでキヤノンアネルバやデバイスメーカーの賛同者、協力者に非常に汗をかいてもらった。

 非常にうまく死の谷を渡ることができたのはなぜか。今回、酸化マグネシウムというよい技術シーズに巡り会えたことがこのような結果につながったのだが、私の感想はよい技術シーズの周りには優秀な賛同者、協力者が自動的に集って来るということだ。そういう幸運、仲間に巡り会えたことがこのような結果になったと感謝している。

産業技術総合研究所 スピントロニクスグループ長 湯浅新治 氏
湯浅新治 氏
(ゆあさ しんじ)

湯浅新治(ゆあさ しんじ)氏のプロフィール
1968年生まれ、91年慶應義塾大学理工学部物理学科卒、93年同大学院理工学研究科修士課程修了、96年同大学院理工学研究科博士課程修了、博士(理学)取得、工業技術院電子技術総合研究所研究官、2001年産業技術総合研究所主任研究員、04年から現職。科学技術振興機構の研究制度「さきがけ」の支援で04年、絶縁体層に酸化マグネシウムの単結晶を用いたトンネル磁気抵抗(MTJ)素子を作製し、電気抵抗変化率(MR比)を飛躍的に高める成果を挙げた。この成果を基にキヤノンアネルバ社とMTJ素子の量産技術を開発、キヤノンアネルバ社の装置はハードディスクメーカー各社に導入され、磁気ヘッドの製品開発、生産に使用されている。キヤノンアネルバ社とともに第34回(2009年度)井上春成賞を受賞。

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