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光時計が拓く世界(山本喜久 氏 / スタンフォード大学 教授、国立情報学研究所 教授)

2009.05.29

山本喜久 氏 / スタンフォード大学 教授、国立情報学研究所 教授

記者レクチャー会「量子情報技術の可能性」(2009年4月28日、科学技術振興機構 主催)から

スタンフォード大学 教授、国立情報学研究所 教授 山本喜久 氏
山本喜久 氏

 量子の世界の不思議さ、豊かさを利用する量子情報技術によってさまざまな新しい世界が拓かれる可能性がある。「エネルギーコストを極限まで低減した通信・情報処理デバイス」「極限精度を有する時間標準や計測技術」「個人情報が完全に保護されている量子暗号通信や量子中継」「現在のスーパーコンピュータでは不可能な複雑な問題を処理できる量子コンピュータ」などの実現が期待される。

 量子情報技術の全体を支えている物理学のフィールドは原子分光というサブフィールドで、物理学の中では小さい分野に思われがちだ。しかし、過去100年のノーベル物理学賞を見ると20数件がこの分野の業績に与えられている。量子情報処理技術は、ほとんどこの原子分光の分野から出てきた。

 原子分光の研究分野は次々と新しい概念を作ってきたが、ずっと変わらずに重要なものとして「時計」がある。現在使われているセリウムの原子時計は、1秒を15けたの精度で精密計測することが可能になっている。「極限精度を有する時間標準と計測技術」の実現という量子情報技術の大きな目標は、現在の原子時計の精度をさらに3けた上げて、時間を秒のマイナス18けたまで精密に計れるようにしたいということだ。

 周波数を時間の基準に使うのは同じだが、現在のセシウム原子時計はマイクロ波の周波数を基準にしている。これに対し次世代の原子時計は光の周波数を使うのが特徴。だから光時計とも言われる。これが実現するとどういうことが可能になるかというと、テラビットの大容量伝送ができるようになる。1本のグラスファイバーの中を、波長を多重化して伝送するには送り手の出したパルスをきちんと受け手が識別することが不可欠だ。隣のパルスと間違わずに、送られてきたのが確かにこのパルスだと見分けなければならない。このためにはクロック(時計)の情報をどう配送するかが非常に大事になってくる。それには送り手と受け手が高精度のクロックを共有しなければならない。ブロードバンドで大容量の光通信を実現するには、クロック信号の精度を上げることが重要になるということだ。

 衛星利用測位システム(GPS)も同じで、地上の地点情報をどのくらい高精度で分かるかは、時計の精度にかかっている。

 さらに、資源探索にもかかわってくる。原子干渉という現象を利用することで、資源探索法も大きく変わってくる可能性があるからだ。原子は粒子だが、量子力学の領域では波でもあるから、2つの経路を同時に伝わって一緒になると光と同じように干渉が起きる。しかし、光と異なる重大な特徴がある。光と違って原子だから質量があるということだ。原子干渉計は重力の影響を受けるということで、この性質を利用すると、干渉しまを調べることで場所によって重力がどのように変化するかが分かる。

 重力の変化を調べて、石油や天然ガスその他の鉱物資源の探索をすることは現在でも行われている。昔は潜水艦に積んでいたこともあるが、重力センサや磁気センサを航空機やヘリコプターに乗せて重力変化を調べる方法が使われている。原子干渉計が実現すると、資源探索が非常に精度よく、かつ短時間で可能になると期待されている。

 原子干渉というのはスティーブン・チューによって提案され、実証された。1997年に彼がノーベル物理学賞を受賞したときの受賞講演の中で、この方法を使えば石油探索が短時間でできるということを言い、その後10年間でこの技術が長足の進歩をとげた。その業績かどうか知らないが、彼はエネルギー長官になった。原子物理学がエネルギー政策にもつながっているということで意味がある。

スタンフォード大学 教授、国立情報学研究所 教授 山本喜久 氏
山本喜久 氏
(やまもと よしひさ)

山本喜久(やまもと よしひさ)氏のプロフィール
1973年東京工業大学電気工学科卒、78年東京大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。78-2003年日本電信電話公社(現NTT)、1992年からスタンフォード大学応用物理・電気工学科教授、99年からNTTR&Dフェロー、03年から国立情報学研究所情報学プリンシプル研究系教授をそれぞれ続ける。03年からは科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業CREST「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」領域研究総括も。

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