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研究者の職業的責任感育成を(ニコラス・ステネック 氏 / ミシガン大学 名誉教授、米研究公正局 顧問)

2009.02.06

ニコラス・ステネック 氏 / ミシガン大学 名誉教授、米研究公正局 顧問

講演「誠実・正確・効率・客観性:研究助成機関の役割」(2月2日、科学技術振興機構主催)から

ミシガン大学 名誉教授、米研究公正局 顧問 ニコラス・ステネック 氏
ニコラス・ステネック 氏

 ニュースになっただけでも韓国、ノルウェー、ドイツ、米国、カナダなど各国で論文ねつ造などの研究不正が相次いでいる。日本も無縁ではない。大阪大学、早稲田大学、東京大学の研究者たちが研究不正行為で解雇などの処分を受けている。こうした事態が起きるたびに研究者からは懸念の声が表明されるが、研究全体に及ぼす影響についてはそれほど心配していないようだ。なぜか。研究者たちが心配しない5つの理由が考えられる。

 重大な不正行為はまれにしか起きないものだ。研究者の自己規制によって不正行為はチェックされている。不正は発見困難。不正は予防できない。研究の公正さ(インテグリティ)のレベルは高い—。こうした考え方が大方を占めていることから、研究者自身や政府のだれもがおかしいと思う事件が公になってからでしか、対応策をとることができない。大方の思っている5つの理由、前提条件が間違っているということだ。

 研究不正はまれにしか起きないという意見と、明るみに出たのは氷山の一角でしかないという意見がある。どちらが正しいかを判断する明確な裏付けは最近までなかった。しかし、2005年の6月にMartinsonがネイチャーに発表した論文で状況は一変する。この論文は、米国立衛生研究所(NIH)の研究助成を受けている6,000人に対して行った調査に基づくものだ。3,000人から回答を得ている。調査自体は研究不正を行う理由を知ることが目的で、不正行為がどのくらいあるかを調べるものではない。しかし、不正の頻度についての情報が得られる質問も含まれていた。過去3年にある(X)不正に手を染めたことがあるかという質問に対し、0.3%、つまり1,000人に3人がかなり重大な違法行為をおかしたと答え、さらに「疑わしい研究行為」(Questionable Research Practices)にかかわったという答えが5-15%あった。

 英国では、2001年にGeggieが、新しい医療コンサルタント304人を対象に調査を行った結果が公表されている。回答した55.7%が、研究不正を見たことがあると答え、過去に不正にかかわったという答えが5.7%あった。さらに18%が将来自分のキャリアのためになるなら不正行為を行うだろうと答えている。しかも、回答者の17%しか過去に研究倫理のトレーニングを受けていないことも明らかになった。

 ジャーナル・オブ・セル・バイオロジーの編集者であるRossnerも、同誌に送られてきた論文100のうちの一つ、つまり1%に情報の不正操作があったと発表している。

 米国では「珍しい病気(rare disease)」というのは、25万人に一人の発症率、つまり0.0004%の頻度でしか起きない病気を言う。これに対し、限られた期間のうちに重大な不正行為にかかわったか、見たことがあるという人は100人に1人あるいは1,000人に1人、つまり0.1-1.0%いることが、これまで明らかにされた調査で示されているということだ。珍しい病気の発症率と比べても、研究不正がまれな行為とは言えない。

 研究不正の起こる頻度1,000人に1人をさらに低めに見積もって、10,000人に1人としてみる。今後3-5年間で予測される研究不正の数は米国で1,500件、欧州で1,000件、日本で600件となる。実際に明るみに出る数は、米国で1年に20件、欧州で10件でしかない。日本ではどのくらいか。10件くらいか? こうしたことから考えれば、「研究不正はまれにしか起こらない」と研究者たちが思い込む理由の一つとなっている「研究あるいは研究者の自己規制が効いているから」という前提もあやしい。

 米国ベル研究所における研究不正の場合は、共著論文が数十あったが、他の共著者は不正をした研究者の結果を追試できなかった。不正にも気がつかず、論文の読者の1人が同じデータが別の論文に出ていることに気付いて通報し、研究所が調査委員会を設けて調べた結果、明るみに出た。サイエンス誌に載った7本、ネイチャー誌に載った8本を含む16の論文に虚偽のデータが含まれていることが分かった。このケースが示すように研究における自己規制というのは重大な弱点を持っている。直接の追試ができない研究が多く、自己規制のメカニズムが目的とする役割を果たしていないことを示唆している。

 米研究公正局(Office of Research Integrity)は、昨年6月英科学誌「ネイチャー」に研究不正に関する研究結果を報告した。研究不正は3%くらい起こっている。しかし、3回に1回は報告されていないという内容だ。研究不正については「自己規制が効いている、きちんと報告されている」と言われるが、これについてはかなりの改善が必要ということだ。

 「研究不正は見つけられない」という5つの理由のうちのもう一つについてはどうか。ノルウェーのラジウム病院で起きたケースは、多くの患者の誕生日が同じだったなど、虚偽のデータを真実らしく見せることすらやっていないし、ベル研究所の場合もいろいろなところに同じデータを使い回ししながら、ところどころ変えるという工作すらしていない。

 韓国ソウル大学のケースもまた、データのつじつまを合わせることすらしていない。さらにこれらの上司、共同研究者も実験やデータを見ることさえしていない。研究者がやるべきことをきちんとしていれば、不正の発見は難しくないことがしばしばあるということだ。

 もう一つの理由「研究不正は防げない」という見方はどうか。これもまた米国の例がそうでないことを示している。

 さて、最初に述べた「研究不正はまれにしか起きない」と考える5つの理由のうちの最後、「研究の公正さのレベルは高い」についてはどうか。これは非常に重要なことだ。なぜなら政治や政策決定者が看過してきた部分だからだ。研究現場の調査から99%の研究者は重大な研究不正に手を染めないことは分かっている。しかし、1%は手を染めている。10-15%は、疑わしい研究行為にかかわっているのだ。これを看過するということは、公的研究資金を無駄にすることであり、こうあるべきだという規範に違反することだ。さらに研究成果の価値を損ない、場合によっては大衆の健康や安全を危険にさらすことになりかねない。「研究の公正さのレベルは高い」と言われるが、残念ながら高くはない、ということだ。

 ではどうすべきか。欧州科学財団(European Science Foundation)は3つのことに力を入れている。まず研究不正の報告があったときの対応手順を作っておく。研究の公正を育成するための基準あるいは行動指針をつくっておく。3番目が国の主要な研究機関は最良の研究活動を推進する手段を講じることだ。政府や研究助成機関が一番大事と考えているのは、研究不正の報告があったときの対応手順の作成だろう。主要国の半数はこうした対策を講じていると思う。ただし、国によって大きなばらつきのあることが問題だ。日本への提言のひとつは、国の政策を策定し、国際的な活動にも積極的な参加を続けることだ。

 また、実効のある行動指針と最良の研究の実践に力を入れることを提言したい。2006年に日本学術会議がまとめた「科学者の行動規範」を拡大、改善していくことが必要だ。

 さらに研究機関は変革するのが遅く、腰が重いところがある。変化を促すために政府と研究助成機関に対し、次のことを提言したい。

 まず、研究機関に対し、研究不正対策を自ら作ることを求めること。報告、監督のメカニズムを確立すること。研究機関が研究の公正を育成するための積極的なプログラムを作るよう求めるか強く奨励すること。研究不正対策を作り、いったんことが起きたときに学術誌や学会に報告するようなところまで責任を広げていくことだ。

 研究における公正を育成するには全関係者をこの重要な仕事に巻き込むことが必要となる。そのようなプロセスの中で研究不正に対する取り組みの重点も変えなければいけない。

 今までのように不正行為があってから対応するやり方から、研究者の職業的責任感を育成していく方向へと、重点を変えていくべきだ。

ミシガン大学 名誉教授、米研究公正局 顧問 ニコラス・ステネック 氏
ニコラス・ステネック 氏
(Nicholas Steneck)

ニコラス・ステネック(Nicholas Steneck) 氏プロフィール
1970年米ウィスコンシン大学で博士号取得、80年初頭、ミシガン大学の奨学金に関する公正委員会(後に研究公正における公共健全福祉諮問委員会)の議長を務め、91-93年米国健康福祉省の研究倫理委員会座長。2007年9月ポルトガル・リスボンで開かれた「米研究公正局-欧州科学財団・研究不正に関する世界会議」の行事計画を作り、共同議長を務めた。現在、ミシガン大学歴史学科名誉教授、連邦政府の研究公正局顧問のほか、ミシガン州健康福祉省の研究倫理と公正プログラムの理事(会長)も。著書に「ORI研究倫理入門」(日本語訳:丸善)など。

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