ハイライト

スギ花粉ワクチンは実現間近(谷口 克 氏 / 理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター長)

2008.02.15

谷口 克 氏 / 理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター長

理化学研究所 科学講演会(2008年2月2日)講演から

理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター長 谷口 克 氏
谷口 克 氏

 21世紀に入り、これまで蓄積された免疫学の成果をもとに、いかにして医療の現場、社会に還元するかが、大きな目標になってきた。

 対症療法しかないアレルギー疾患については、そのメカニズムを利用した根本治療予防法の開発が、国民にとっての重要課題となっている。日本では、最近50年間でアレルギー疾患は10倍になった。国民の20〜30%が花粉症に悩まされ、20歳代の80〜90%が花粉症予備軍になっていると言われる。アトピー疾患は、この15年で3倍に増えている。

 アレルギーを起こす物質は免疫グロブリン(IgE)である。40年前、石坂公成博士により突き止められたが、いまだに根本治療法は開発されていない。一方、アレルギー疾患の原因であるダニやスギに対するIgE抗体の保有者、つまりアレルギー発症予備軍は、1970年には国民の10%以下だったのが、2000年には80%以上にもなっている。こうした傾向は先進国に共通に見られる現象で、米国、ドイツ、スウェーデンなども国民の約20%が花粉症で悩まされている。

 なぜ、アレルギー疾患が急激に増えてきたのか? 疫学調査によれば、アレルギー発症に及ぼす環境要因としては、重要なものがいくつか考えられている。自動車の排気ガス成分に含まれるアジュバント(注1)物質、食品に含まれる抗生物質の間接摂取、抗原量の増大など、アレルギー疾患を増やす原因と考えられる環境要因は増える一方だ。

 理化学研究所の免疫・アレルギー科学総合研究センターでは、アレルギー発症メカニズムを解明し、それらの機序を制御することで治療する根本治療法・予防法の開発を目指している。スギ花粉症に関しては、既にワクチンの開発に成功している。スギ花粉症患者100人の血液サンプルを用いて行った試験の結果では、ほとんど(アレルギー)反応は見られず、食物、薬物などが原因で起こる急性アレルギー反応のひとつであるアナフィラキシーショックを起こす危険も極めて低いと予想される。

 さらに動物実験では、IgE抗体産生は顕著に抑制され、予防効果が期待できただけでなく、既に上昇しているIgE抗体産生に対してもそれ以上の上昇は抑える効果が確認された。現在、臨床試験を行うためのGMP(注2)サンプルを作製するため、スポンサーを求め、協力してもらえる企業を探しているところだ。

 アレルギー疾患が増えた原因として「衛生仮説」というのがある。乳幼児期までの感染や、非衛生的環境がその後のアレルギー疾患の発症を低下させるという疫学調査結果に基づくものだ。日本では結核がほとんどなくなった1970年を境に、逆に免疫疾患が増え始めている。6歳時点で結核菌に陰性だった人がぜんそくにかかる率は、陽性の人に比べ高い。子だくさんで狭い家に育った人や農家で暮らした人にエネルギー疾患は少ない、といったデータが基になっている。ドイツでは、現在は同じところに住んでいるのに西ドイツ出身者の方が東ドイツ出身者よりアレルギー疾患患者が多いという報告もある。

 結核菌を弱毒化したBCGワクチンは、結核予防のために用いられているが、われわれは、BCGワクチンの接種によってアレルギー症状が緩和するという臨床試験結果も得ているだけでなく、マウスを使ってBCGワクチンがアレルギー症状を抑制する仕組みも解明している(注3)

 アレルギー疾患は文明病ともいえるわけだ。しかし、現代人に文明生活をやめなさいとは言えない。だから、われわれとしては「スギ花粉ワクチン開発に協力してほしい」と呼びかけているところだ。

 注釈

  • 注1):アジュバント=アレルギー症状を引き起こす抗原による抗体の産生能力を高める物質
  • 注2):GMP=薬事法に基づく医薬品等の品質管理基準
  • 注3):理化学研究所の関連プレスリリース 2006年12月18日「結核菌ワクチン『BCG』がアレルギーを抑制する機構を解明−衛生仮説によるアレルギー増加を実験的に証明」
理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター長 谷口 克 氏
谷口 克 氏
(たにぐち まさる)

谷口 克(たにぐち まさる)氏のプロフィール
1974年千葉大学大学院医学研究科博士課程修了、80年千葉大学医学部附属高次機能制御研究センター教授、96年同医学部長、2001年同大学院医学研究科免疫発生学教授、理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター長併任、04年から現職。日本学術会議会員。86年に免疫システムを制御している重要な細胞である「ナチュラルキラーT(NKT)細胞を発見するなど免疫分野で多くの業績があり、基礎研究成果の臨床応用に強い意欲を持つ。97年には日本免疫学会長も。著書に「新・免疫の不思議」(岩波科学ライブラリー)、「谷口教授の免疫ポイント講座」(医薬ジャーナル社)、「病に挑戦する先端医学」(ウェッジ選書)など。

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