サイエンスクリップ

強力なのに光でスパッと剥がれる接着剤誕生

2016.12.19

 のり付きの付箋を愛用している人はどれくらいいるだろう?貼りたいところにペタッとくっつき、剥がしたいときにすぐ剥がせる、しかも剥がした跡が残らない。そんな付箋を思わせる剥がれやすさを持ちながら、工業的にも利用できるほど強力な接着剤が、今年7月に誕生した。京都大学大学院理学研究科の齊藤尚平(さいとう しょうへい)准教授が、「光で剥がす」という斬新な発想でデザインした。その接着剤の分子構造は、きちっと並んで崩れにくいのに、光を当てると簡単に崩れてしまうという。そんなユニークな性質を持つ、全く新しいタイプ接着剤を紹介する。

従来の「熱を利用する接着剤」、その課題は?

 のりで貼る。テープを貼る。シールを貼る。切手を貼る。日々の生活に「貼る」ことは欠かせず、「接着」は私たちの生活と切っても切れない関係だ。接着とは接着剤を使って物と物を接合することを言う。

 接着剤には多くの種類がある。例えばのりやボンドのように常温で液状やペースト状をしているタイプや、アイロンで貼り付けるアップリケのように、常温では固体で、熱で溶かして使うタイプもある。後者は「ホットメルト型接着剤」と言い、工業的にも電子部品をつくるときの仮固定によく使われている。このタイプは、剥がしたいときに熱をかければ溶けて剥がれるので仮固定にもってこいだが、高温になると溶けるので使用に制約がある。剥がれてほしくないときに剥がれてしまうものは、困りものである。

 一度固まった接着剤をもう一度液状にする「熱以外の何か」がこの課題を克服できるかもしれない。齊藤さんは、その答えを「光」に見出した。

固まった接着剤を、光で溶かして剥がす

 開発された接着剤は、接着剤のイメージとは似つかずの粉末状で、うす黄色をしている。例えば2枚のガラス板を貼り合わせるときには以下の手順で接着するという。

図1.ガラス板2枚を貼り合わせるときの接着剤の使用方法(写真は接着面積と接着層の厚みの計測のため円形の穴にサンプルを詰めているが、実際に使う時にはその必要はない。) 
出典:Nature communications(Supplementary Figure 16.)
図1.ガラス板2枚を貼り合わせるときの接着剤の使用方法(写真は接着面積と接着層の厚みの計測のため円形の穴にサンプルを詰めているが、実際に使う時にはその必要はない。)
出典:Nature communications(Supplementary Figure 16.)

 その接着剤が溶ける様子は、論文が掲載された「Nature communications」ウェブページの最後にある「Supplementary Movie 1」で見ることができる。その映像では、ぴったりとくっついた2枚のガラスの接着部にドライヤーで熱風をかけても剥がれないが、光を当てると一瞬で剥がれることが分かる。

 光のマジックのようなこの現象のカラクリは、「液晶」にあるという。

 液晶というとテレビやパソコンのディスプレイを連想するかもしれないが、もともと物質の状態を表す用語で、しっかり固まっているわけでも、さーっと流れてしまうわけでもない固体と液体の間の状態を言う。固体では分子がきちっと並んでいるのに対し、液晶ではそれなりに秩序だって並んでいる。

図2.経済産業省ケミカルワンダータウンの画像を一部編集
図2.経済産業省ケミカルワンダータウンの画像を一部編集

 液晶状態は、ちょっとした刺激で分子の並びが崩れて液体になりやすい。開発された接着剤の場合、「光」がその刺激となる。この接着剤は70?135℃で液晶状態になるので、完全に接着した後、動画のようにドライヤーでこの温度域まで温め、光(紫外光)を当てると、固まっていた接着剤が溶け、ガラス板は剥がれるというわけだ。

図3.開発された接着剤は、液晶状態でも接着力を保つが、光の刺激で液体になり接着力を失う。(プレスリリース画像を参考に編集)
図3.開発された接着剤は、液晶状態でも接着力を保つが、光の刺激で液体になり接着力を失う。(プレスリリース画像を参考に編集)

パワフルな接着力

 この接着剤、あっけなく剥がれてしまうのに、常温で1.6 MPa(メガパスカル)という強固な接着力を持つ。その強度は、先に紹介した動画のように2枚のガラス板に接着剤を1cm2分塗って貼り合わせたとき、一方のガラス板に16kgのおもりを吊り下げられる強さだ。液晶状態になる100℃でも、光を当てなければ1.2MPaの接着力を保つ。ちなみに、永久接着目的の家庭用瞬間接着剤には10MPaを超えるものがあるが、仮固定目的であれば1MPa を超えていれば実用に耐えると言われている。

 液晶状態でも高い接着力を保てる秘訣は、一つひとつの分子のV字型の骨格だ。V字の分子が重なって、見るからにかちっとした並びの「カラムナー液晶」と呼ばれる流動性の低い構造を作り出す。

図4.V字型の骨格でお互いに強く引き合い、高い接着力を生み出す。(プレスリリースより)
図4.V字型の骨格でお互いに強く引き合い、高い接着力を生み出す。(プレスリリースより)

 メリットはこればかりではない。接着面に接着剤を残さずに剥がすことができたり、使用後に160℃で30分加熱すれば接着力を落とさずに少なくとも3回は繰り返し使えるなど、実用的な特徴がそろっている。何カ月もかけて接着強度が落ちないかどうかはこれから調べるそうだ。

 ガラスのように透明な素材なら接着面に光を通すことができるので、研究チームは、スマートフォンなどに使われる透明な部品の仮固定用接着剤としての実用化を期待している 。

研究の今とこれから

 この接着剤のデメリットを挙げるとすれば、コストだ。かなり工程数の多い有機合成をして作るため、たくさんの量を得ることが難しい。しかし発表から数カ月たった今、齊藤さんは企業と共同で特許を出願し、大量合成法の確立に向けて動いている。発表当初とは異なる合成法で、大量合成への道筋が見えてきたそうだ。室温で光を当てるだけで剥がれる(室温で液晶状態を示す)接着材料シリーズの開発も始まっている。

 齊藤さんの視線は産業ばかりでなく、一般社会にも向いている。この分野で最終的に何を目指しているのか、という問いに対し、こう話してくれた。
「ディスプレイや車の製造プロセスに実際に用いられるようになったら、産業的にはインパクトが大きいと思います。ただ、個人的には、工場だけでなく、『光でモノを剥がせる』という概念が一般の人にとって身近に感じることができるほど生活に普及すると嬉しいです」

 親しみさえ感じてしまうそんな言葉の背景には、齊藤さんの研究への思いがある。
「この研究の魅力は、V字型の分子が、光を当てるとまるで鳥が羽ばたくように動いて反応することです。このナノスケールの分子設計(ナノメートル = 100万分の1ミリメートル)に私のオリジナリティがあります。分子の動き自体はナノスケールのできごとなのに、その変化がとてつもない数(約1017個)の分子集合体で増幅されると、眼で見て手で触れられるほどの現象となり、さらにそれが「技術」と呼べる社会的価値を生み出します。それが分子技術の醍醐味です」

 新しい分子の合成にはご苦労されているというが、このような研究者一人ひとりの純粋な探究心や未知なる物質創造への喜びや感動があって、大変な苦労も私たちの生活に欠かせない技術へと実を結んでいくのだと感じた。

おわりに

 光で物の性質をコントロールする、というのは経験的にあまりピンとこないかもしれない。しかし例えば光で硬くなる液体プラスチック(光硬化樹脂)のように、すでに生活に溶け込んでいるものもある。これまでにはない性質の接着剤が、スマートフォン部品の仮固定にとどまらず、新しい用途を切り開き、生活に新たな豊かさをもたらしてくれることにも期待したい。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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