サイエンスクリップ

骨折を治す?免疫系の意外な役割

2016.04.18

 「早く治らないかなあ」。骨折を経験した人の多くはそう思うのではないだろうか。骨折は治るまでに時間がかかり、日常生活や仕事に支障をきたす。高齢者にとっては寝たきりの原因になることもある。治癒期間の短縮は大きな課題だった。

 小野岳人(おの たけひと)東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学分野博士研究員(研究当時)と、岡本一男(おかもと かずお)助教、高柳 広(たかやなぎ ひろし)教授らの研究グループは、骨折が治る過程で免疫系が重要な役割を担っていると報告した。この成果を基にした治療法が開発されれば、骨折をもっと早く治せるかもしれない。では、外敵から体を守ることで知られる免疫システムが、果たして、どんなふうに骨を治すのだろうか。

骨の再生能力で骨折が治る仕組み

 私たちの体を支える200以上もの骨は、そのひとつひとつに再生する力が備わっている。多くの骨折がギプスで固定するだけで治るのは、骨の再生能力に任せているからだ。骨折の治るプロセスを、段階を追って見ていこう。

炎症期 修復期 リモデリング期
  • 炎症期 骨が折れると骨の中の血管も切れて出血し、折れた部分に血腫とよばれる血のかたまりができる。ここに免疫細胞が集まって、炎症が起こる。
  • 修復期 炎症が消えると、間葉系幹細胞が集まる。間葉系幹細胞は、骨、脂肪、筋肉、血管などさまざまな組織をつくる細胞の素となる細胞だ。これらが軟骨や骨をつくる細胞(軟骨細胞や骨芽細胞)に成長して、仮骨(かこつ)とよばれる未熟な骨をつくる。
  • リモデリング期 骨芽細胞と砕骨細胞(骨を壊して吸収する)が相互作用しながら、仮骨を成熟した骨に置き換える。

炎症期の免疫反応に迫る

 どのような免疫系の因子が骨の治癒に関わるのか?研究グループは、炎症期に骨折した場所に多く現れる「インターロイキン17」というサイトカインに注目した。サイトカインは免疫細胞がつくるタンパク質で、免疫細胞間の情報伝達を担う。私たちが言葉でコミュニケーションするように、免疫細胞はサイトカインでコミュニケーションしながら仕事をしている。

 もしインターロイキン17がなかったら、骨折の治りはどうなるのか?研究グループは、インターロイキン17を持たないマウスと野生型のマウスの大腿骨にドリルで穴を開け、治る過程を比べた。

写真.マイクロCTで解析した骨折部位の治癒過程。マイクロCTは、マイクロメートル単位の高い分解能で立体的なX線画像を撮影できるコンピュータ断層撮影(Computed Tomography)。小動物のCT撮影に向いている 提供:東京大学 高柳研究室
写真.マイクロCTで解析した骨折部位の治癒過程。マイクロCTは、マイクロメートル単位の高い分解能で立体的なX線画像を撮影できるコンピュータ断層撮影(Computed Tomography)。小動物のCT撮影に向いている 提供:東京大学 高柳研究室
写真.マイクロCTで解析した骨折部位の治癒過程。マイクロCTは、マイクロメートル単位の高い分解能で立体的なX線画像を撮影できるコンピュータ断層撮影(Computed Tomography)。小動物のCT撮影に向いている
提供:東京大学 高柳研究室

 上の写真を見ると、インターロイキン17が欠損したマウスは、野生型に比べ治りが遅く、修復中の骨がすかすかに見える。すかすかなのは、修復中の骨量や骨のミネラル含量が少ないからだ。インターロイキン17が、骨の再生に何らかの役割を持つことが分かった。

 具体的にどんな役割なのか?研究グループは、細胞を取り出し、生体内で起こる反応を再現した。すると、インターロイキン17が、骨の素になる間葉系幹細胞を増殖させ、かつ、骨芽細胞へと変化するのを助けていた。つまり、骨の再生の第一歩を後押ししていたのがインターロイキン17だったのだ。

インターロイキン17の出所を探る

 小野研究員らは、インターロイキン17がどの免疫細胞でつくられているのかを調べた。まずはその免疫細胞がありそうな場所を探すために、目的の細胞が緑色蛍光タンパク質GFP※を発現するように遺伝子操作したマウスで実験した。このマウスの骨に穴をあけ、組織標本をつくることで、目的の細胞がどこにあるのか顕微鏡で見えるようになる。これにより、インターロイキン17をつくる細胞は、骨の欠損部やその周りの筋肉組織にあることが分かった。

※ 緑色蛍光タンパク質GFP/紫外線などの光を当てると緑色に光るタンパク質。このタンパク質をつくる遺伝子を、観察したい細胞に組み込むと、光学顕微鏡で簡単に観察することができる。

 次に、どんな種類の免疫細胞なのかを調べた。マウスから目的の細胞を摘出し、「フローサイトメトリー」という方法で解析する。フローサイトメトリーでは、取り出した細胞を一列に並べて流し、細胞が出す蛍光を測定することで、ひとつひとつの細胞の情報を解析する。その結果、T細胞の一種「ガンマデルタT細胞」という免疫細胞が、インターロイキン17をつくっていることが分かった。

炎症期にできる血腫に、ガンマデルタT細胞(●)が集まり、骨の再生を助けるインターロイキン17(★)をつくり出している。
炎症期にできる血腫に、ガンマデルタT細胞(●)が集まり、骨の再生を助けるインターロイキン17(★)をつくり出している。

 ガンマデルタT細胞は、免疫反応で中心的に働く「T細胞」の一種だ。その割合は、T細胞の2~3%しかなく、本研究でも、解析に十分な質と量を得るのに 試行錯誤の連続だったという。ガンマデルタT細胞は、血液やリンパ組織だけでなく、皮膚や粘膜など私たちの体が外界に接する部分にも存在し、生体防御にも関与することが分かっている。最近ではガン免疫細胞治療にも使われる注目の細胞だ。そのガンマデルタT細胞に、骨の再生を助ける働きがあるとは、意外な発見だった。

骨折が早く治る時代を目指して

 今回の研究成果では、骨折という骨へのストレスを免疫細胞が感知し、損傷した骨の周辺で免疫反応が活性化して骨の再生がスタートする、その詳しい仕組みが分かってきた。 ここで関与が明らかになった「インターロイキン17」を人工的につくって投与したり、「ガンマデルタT細胞」を活性化してインターロイキン17の産生力を高めたりすれば、骨折の治りを早められるかもしれない。

 研究グループは今後、ガンマデルタT細胞が骨折部位局所に集まり活性化するメカニズムや、インターロイキン17による骨形成促進作用の分子メカニズムを明らかにしたいと考えている。しかし、ガンマデルタT細胞の数は非常に少ないため、少ない細胞数でも高精度な解析結果が得られるよう、感度の高い実験系を確立することが必要だという。

身近な問題として私たちにとって非常に興味深い研究だが、研究グループにとっても、多くの人が研究への興味を示してくれることが研究の原動力になっているという。さらに詳しい研究が進めば、骨折があっという間に治ってしまう時代が来るかもしれない。今後に期待したい。

サイエンスライター 丸山 恵
(記事中イラストも筆者による)

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