サイエンスクリップ

プリンターで生産可能!絆創膏型体温計

2015.12.17

 皮膚に貼り付けても違和感がないくらい薄く柔らかく、体温計として使える「フレキシブル温度センサー」が、東京大学大学院工学系研究科の横田知之(よこた ともゆき)特任助教と染谷隆夫(そめや たかお)教授、米国テキサス大学ダラス校のワルター・ボイト(Walter Voit) 教授のグループとの共同研究によって開発された。体温領域で0.02度の感度を持ち、0.01秒のスピードで応答する。耐久性にも優れる上に、印刷技術を使い低コストで大量生産も可能なため、医療をはじめさまざまな方面で活躍しそうだ。

その正体は?

 上の写真の黒っぽい四角形の部分をよく見ると…。

 縦に12個、横に12個、計144個の小さな点の集まりである。この点は、本センサーの決め手となる「ポリマーPTC」と呼ばれるもので、ポリマー(ポリエステルやポリエチレンに代表される高分子の有機化合物)に、グラファイトという電気を通す物質を混ぜたペースト状の温度センサーインクだ。この1点1点で温度を測る。

 ポリマーPTCに使われるポリマーは、固体のモノマーと液体のモノマーからできている。モノマーは、ポリマーの構成単位で、特定の分子が結合したもの。おもちゃのブロックに例えると、モノマーが小さなブロックの塊で、ポリマーがそれを規則的につなぎ合わせたものにあたる。今回のポリマーは、たった5度の温度変化で電気抵抗が5?6桁も変わる特殊なもので、この性質が温度センサーに生かされている。体温計に利用するために、固体モノマーと液体モノマーの比率を85:15にすることで、電気抵抗に大きな変化をもたらす「5度」の温度変化領域を、体温領域の「摂氏36?41度」に調整することに成功した。

高温になると電気抵抗が上がるポリマーPTCの仕組み。
図.高温になると電気抵抗が上がるポリマーPTCの仕組み。温度が上昇するとつながっていた導電性物質が分離すると共にポリマーが膨張し、抵抗が大きくなる。センサーは抵抗率の変化が非常に大きいため、複雑な読み出し回路を必要としない。

シンプルな製法で低コスト・大量生産も可能に

 フレキシブル温度センサーは、前述の温度センサーインク(ポリマーPTC)を基盤に塗っただけのシンプルなつくりだ。イラストのように、インクを乗せたい部分を切り抜いた型紙(フィルムマスク:イラスト中緑色の部分)を基盤上に置き、その上からインクを延ばし(1)、フィルムマスクを剥がすと型通りにインクが乗る(2)。これをインクジェット印刷(印刷したい部分にインクを吹き付ける方式の印刷機)に応用すれば、大量生産による低コスト化が実現できる。

ウェアラブル(装着できる)からインパーセプティブ(装着感のない)へ

 「ウェアラブル・デバイス」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。現在さまざまな開発者が商品化を進める腕時計型デバイスや指輪型デバイスは、歩数や心拍数、睡眠時間などを記録する端末として期待されている。これらは「身に付ける」という特性を生かし、皮膚の上に装着することでより詳しい生体情報を読み取ることができる。

 今回開発されたフレキシブル温度センサーは、ウェアラブル・デバイスをさらに一段進化させた形態だ。基盤には、とても柔らかく薄い高分子フィルムが使われているため、付けている感覚がほとんどない。またフィルムに印刷したインク状の温度センサーは、フィルムをくしゃくしゃに丸めても壊れないので、複雑な皮膚の動きにも対応できる。さらに、120度で殺菌処理しても機能を損なうことがないので衛生的にも安心だ。このように身に付けていることを忘れてしまうほど軽量でフレキシブルな電子デバイスを、今回の成果を生み出した研究チームを率いる染谷教授は「インパーセプティブ(imperceptive)」なデバイスと名付けている。

柔らかい発想で、電子回路も柔らかく

 医療機器といえば、無機的な機械で硬く冷たいイメージを持つ人も多いだろう。医療機器に限らず身の周りの電子機器は、シリコンなどの硬い板の電子回路が基になっていて、それを守る躯体を強固にする必用がある。電子回路は、小型化、演算スピードの向上、消費電力の低減が実現され、電子機器そのものの能力はどんどん向上しただが、果たしてそんな硬質な形態が使う人にとって一番使いやすいものなのか?私たちはそれを使いこなしていけるのか?

 そんな"技術の先走り"への違和感を、いち早く察したのが染谷教授だ。「曲がらず、落としたら割れてしまう回路をもっと使いやすくしたい」という新しい発想で、 薄く強靭な電子回路(有機トランジスタ集積回路)の開発に、今世紀初頭から取り組んできた。

 2003年、染谷氏らはロボットへの応用を想定し、人の皮膚のように圧力や温度を感知する薄膜センサー「E-skin」の開発に成功した。その後、より高性能のE-skinを模索する中、「ロボットに貼る」から「人に貼る」へ視点をシフトし、装着感を追究したセンサーを開発した。また、そのセンサーを、印刷技術を使って製造するためのインクの開発にも成功した。

 そうしたこれまで培ってきた知識と技術により、今回の使う人に寄り添うフレキシブル温度センサーの開発に至った。この度の成果について染谷氏は、「皮膚を含む生体組織にセンサーを直接貼り付けて、表面温度の分布を大面積で簡単に精度良く計測する技術が実現された」と語る。

本センサーの実用化に向けた次のステップは、センサーの均一性の向上や、さまざまな環境下での長期的な耐久性向上だ。その行く手には、フレキシブルデバイスへの電力供給やワイヤレスによるデータの転送といった課題がある。だが、3年以内の実用化を目指しているという。生体に調和するエレクトロニクスの開発から、しばらく目が離せない。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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