サイエンスポータル SciencePortal

アーカイブ - レポート - 「科学技術政策世界の動き」 欧州編

第2回「社会と科学-フランスにおける事例」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 津田博司 氏

掲載日:2009年11月19日

1999年にハンガリーのブダペストで開催された世界科学フォーラムでは、「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」が採択され、「社会の中の科学・社会のための科学」という科学の新しいあり方が宣言された。この宣言以降、各国において社会と科学の関係を見直す動きが顕著になっており、その一つがサイエンス・コミュニケーションに関する取り組みの進展であり、政策レベルでは、科学技術・イノベーション政策の決定プロセスに多様な社会の関係者(ステークホルダー)を関与させる試みである。本レポートでは、上記2つの視点からフランスにおける事例を紹介する。

 

サイエンス・コミュニケーションに関するフランスの事例

フランスでは、サイエンス・コミュニケーションの一環として、2006年に科学技術高等研究院(IHEST:Institut des Hautes Etudes pour la Science et la Technologie)を設立した。IHEST設立の背景には、ヒトES細胞研究などにかかわる生命倫理の問題、科学技術のブラックボックス化、若者の科学技術離れなど科学と社会との距離が広がりつつあるとの認識が政府にあったことにある。

IHESTでは、社会と科学との関係を再構築することを目的に、議会、中央・地方行政機関、大学、公的研究機関、マスコミ、一般企業、NPOなどさまざまな社会セクターからの代表者約50人(概ね35歳~50歳の責任あるポストに就く者)を聴講者として毎年公募し、約8カ月にわたる講習プログラムを実施している。聴講者の参加費は一人6,000ユーロであるが、ほとんどのケースで聴講者の所属機関が負担しているとのことである。本講習を通じて科学とその進歩の問題点をすべての社会セクターで共有し、社会における科学のポジションとその役割を共通理念として長期的な視野で社会に浸透させることを意図する。これにより「科学文化」を根付かせ、国全体の科学レベルを向上させることを目的としている。

 

フランスにおけるステークホルダー参加型政策決定プロセス

フランスでは2007年10月、環境グルネル会議円卓会合が開催され、今後のフランスの環境保全および持続可能な発展に向けた具体的な対応策が決定された。この円卓会合並びにここに至るまでの多くの会議には、社会を構成するさまざまなステークホルダーが参加した。

政府は、2007年7月に環境グルネル会議の正式な発足を発表し、気候温暖化への挑戦、生物多様性の保全、健康への公害影響防止の3つを基本テーマとして検討することを決めたが、議論は3つのステージに分かれて4カ月にわたって展開された(図1)。

環境グルネル会議の全体プロセス
図1. 環境グルネル会議の全体プロセス
ワーキンググループ構成略図
図2. ワーキンググループ構成略図

 

ステージ1では、提言作成のために6つのテーマ毎のワーキンググループ(WG)が設置され、各WGには、社会を構成する5つのステークホルダー(市民団体(NGO,NPO)、国、労働組合、企業経営者、地方公共団体)にその分野の専門家らを加えた6つのグループが置かれ、各グループには各ステークホルダーを構成する異なる組織から8人程度の代表者が参加した。これにより、1つのWGは総勢50人を超える構成となった。(図2)。WGでは、必要に応じて分科会を組織するなどして議論を行い、2カ月間のうちに40のプレナリー会合、13のワークショップ、多数のヒアリング調査などを実施した。こうした議論を経て、WGごとに提言が発表され、これら提言をベースにステージ2に移行した。

ステージ2はコンサルテーションに特化し、地域会合の開催やインターネットによるパブリックコメントの収集などが行われた。地域会合では、地域のステークホルダー(地方自治体、企業、市民団体、住民など)による検討会が19の都市で開催され、全地域の参加者は16,900人に上った。また、インターネットによるコンサルテーションでは、サイト上にテーマ毎のフォーラムが設置され、公開された17日間の間に72,334件のアクセスがあり、11,704件のコメント記入があった。さらに、担当閣僚がチャットや仮想空間“セカンドライフ”を活用し、市民との直接対話を展開した。

また、WGの提言は議会においても検討され、その模様はWebを通じてライブ中継されたほか、科学アカデミーや国の諮問機関、学会、OECDなど31機関に送付され、これら機関からの意見も同様にWebにて公開された。

このように幅広い意見聴取が行われた後、環境グルネル会議は意思決定フェーズであるステージ3へと進んだ。ステージ3は円卓会合であり、気候変動との戦い、生物多様性と自然環境の保全と管理、経済成長と健康・環境保護の両立、環境責任民主主義の展開の4つのテーマに分かれ2日間にわたり議論を行った。

テーマごとの円卓会合には、首相や閣僚、ステージ1のWG議長らに加え、市民団体(NGO、NPO)、国、労働組合、企業経営者、地方自治体の代表者が参加した。最終的にテーマごとに提言書がまとめられ、最終セッションではサルコジ大統領より結論が発表された。提言書には268項目の具体的な行動計画が明記されたが、これらの施策はプログラム法(グルネル1)および暫定環境法(グルネル2)として立法化され、法的な担保が与えられた。また、財政基本法および修正財政法に盛り込まれ、財政的な措置も同時に行われた。

環境グルネル会議のように多様な社会のステークホルダーが政策形成に関与し決定していく手法は、フランスにおいても一般的ではない。特にその参加の規模および多様性は過去に例を見ないものである。これまで往々にして中央政府が政策を決め、トップダウンに実行してきたフランスにとっては革新的な出来事であり、実際にサルコジ大統領はそのスピーチにおいて「環境グルネル会議の手法は政府の意思決定の全く新しいアプローチであり、われわれの手法における革命である」と述べている。

環境グルネル会議はその後の報道でも成功と評価されているが、この政策決定手法を政府が他の分野にも積極的に取り入れており、既に「就職グルネル会議」や「海洋グルネル会議」、「電子グルネル会議」などへと波及している。

環境グルネル会議の成功の鍵は、強力な政治的なリーダーシップの存在と政府によるキャンペーン活動、さらに決定プロセスの透明性にあると思われる。就任直後で高い国民支持率を背景としたサルコジ大統領の強力なリーダーシップがなければ、数カ月の間にあの規模の会議を全国レベルで展開することは不可能だったと思われる。また、新聞やWeb、フリーペーパーなどのメディアを通じた政府のキャンペーン活動は、国民の興味を喚起し関与を維持するのに有効であった。さらに、提言や議論の過程は動画も含めてすべてWeb上に公開されたことにより、市民に安心感を与えるとともに市民が自分の問題としてとらえる動機付けになったのではないかと思われる。

 

  • (注1) グルネル(Grenelle)は、各社会セクターの代表者による大規模な会合を意味する一般的な表現。1968年の5月危機の際、政・労・使の代表者がパリ・グルネル通りにある労働省で協議し、賃上げや労働時間短縮などを取り決めたグルネル協定を締結したことが語源。

 

ページトップへ