レポート

《JST共催》その「リアルタイム」は本当にリアルタイム?〜5G時代の情報の鮮度について考えた〜

2019.10.29

石井敬子 / JST「科学と社会」推進部

 インターネットでのリアルタイム情報発信が活発に行われるようになってきた。甚大な被害を出した台風15号や19号が上陸した際も、刻々と変化する台風の位置、雨や風の強さ、ダムや川の状況について気象庁や自治体などのウェブサイトで発表される情報を不安な気持ちで追い続けた人も多かっただろう。インターネット環境があれば、どこにいてもリアルタイムで災害に関連するリスク情報を入手できる。しかし、そのリアルタイムは「絶対的な意味でのリアルタイム」ではない。それはどういうことか。今手元で見ている情報は、実は少し前に生成されたデータであるという。そうしたことを知り、モノのインターネット(IoT:Internet of Things)における「情報の鮮度」について考えるサイエンスカフェが9月20日に開催された。

 このサイエンスカフェは、毎年お台場で開催されるサイエンスアゴラの連携企画の一環として、文部科学省が主催、科学技術振興機構(JST)が共催して文部科学省(東京都千代田区霞が関)内の「情報ひろばラウンジ」で定期的に開催しているもので、今年度3回目を数える。

講師の中山悠さん
講師の中山悠さん
ファシリテーターの原祐子さん
ファシリテーターの原祐子さん

 今回の講師は、東京農工大学准教授中山悠さん。中山さんは、次世代ネットワークとソフトウェアについて研究している。ファシリテーターは、東京工業大学准教授の原祐子さん。原さんはモバイル端末の設計をする研究者で、やはり情報ひろばラウンジで昨年開催された、IoTが実現する未来をテーマにしたサイエンスカフェで講師を務めている。

5Gの「超高速」「低遅延」「超多端末接続」で変わる生活

今見ているのは、いつの猫?
今見ているのは、いつの猫?

 「今見ているのは『いつの猫』でしょう?」。冒頭、中山さんが見せてくれたのは、こちらを見つめる可愛い猫の画像。これが、飼い主が職場でスマホの「見守りアプリ」で見ている映像だとした場合、猫はもうIoTカメラのレンズを覗いてはいないかもしれない。こうしたことを考える指標として近年、デジタルデータが生成されたときからの経過時間を表す値が検討されているという。この「情報の鮮度(AoI:Age of Information)」と呼ばれる指標の活用を考えるにあたって、中山さんはまず、第5世代移動通信システム(5G)について解説してくれた。

 5Gは、2020年春ごろに一般向けに提供が開始される。増加し続けるモバイルネットワークデータ量に対応する通信システムで、「超高速」「低遅延」「超多端末接続」といった特徴を持っている。これらの性能を生かして4K・8Kといった高精細映像の伝送や自動運転サポート、遠隔医療などを実現し、さまざまなサービスを生み出すことが期待されている。

5G時代のサービス。高速性、低遅延性などを生かして新たにさまざまなサービスが展開されるといわれている
5G時代のサービス。高速性、低遅延性などを生かして新たにさまざまなサービスが展開されるといわれている
(出典:第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF) https://5gmf.jp/about-5g/ 訳語は筆者による)

情報の「鮮度」を表す新しい指標「AoI」

 「5Gの提供にともない、より多くのモノがインターネットに接続されていく。そうなると、利用者はより高いリアルタイム性を期待するでしょう」と中山さん。ただし、リアルタイムといっても5Gでさえタイムラグはあるという。地球で見ている太陽の光が8分19秒前の光であるというのと同様に、今目にしているデータは実は少し前に生成されたデータである。光の伝搬による遅延と同じように、物理的距離による信号の伝搬遅延、ルーターやサーバーといったネットワーク上にある機器におけるパケット処理に関わる遅延など、さまざまな要素が積み上がることにより情報の遅延が生じるという。「このような情報の『鮮度』を表す新たな指標、つまり情報の発生時刻からの経過時間を表す値がAoIです」と中山さん。猫の話が、今日の主題につながった。

飲み物を片手にリラックスした雰囲気の中で講師の話に聞き入る参加者
飲み物を片手にリラックスした雰囲気の中で講師の話に聞き入る参加者

 中山さんがグラフを示して解説したAoIの概念はこうだ。ある情報源から定期的に情報が送られてくることを想定しているグラフは、横軸が時間、縦軸がAoIの値。例えば温度計から気温のデータが1分おきに送られてくる場合を考える。データが生成されてから受信側に到達するまでには遅延が生じる。仮にその遅延が1秒だとすると、その瞬間のAoIは1秒だ。その後次のデータが届くまでの1分の間にAoIは増大していく。新しいデータが届くとAoIの値は、再び遅延による1秒となる。グラフはのこぎりの刃のようなギザギザの形を示すのが特徴だ。

AoIを表すグラフ
AoIを表すグラフ

 このAoIを用いた中山さんの取り組みの1つに生物多様性の保全に向けた動物モニタリングについての研究がある。AoIをうまく活用することで、限られたネットワークにおける最適なモニタリング間隔を理論的に導出できるという。

AoIで何ができるか、どんなサービスが生まれるか 参加者と研究者が語り合う

 AoIの概略が理解できたところでクロストークの時間となった。原さんから「新しい概念であるAoIをどのように活用していけるか議論していきましょう」と背中を押され、参加者たちは挙手して質問したり、付箋に意見を書いたりする。参加者からは、初めて耳にしたAoIについての率直な感想や、自由な発想による多面的な意見が述べられた。和やかな雰囲気で展開された対話の一部を紹介しよう。

 「AoI を使ってリアルタイムに生き物、例えば野生の猪や熊などの位置や動きを推定することは可能でしょうか」と聞かれた中山さんは、「AoI を使って、動物がどの時間にどの位置にいるかの確率分布をうまく計算するといったことも考えられるかもしれない。それができたら、精度の高い推定ができるかもしれない」と可能性を示唆した。他にも「バンド仲間と遠隔でセッションを楽しみたい。『遅延』を感じさせず、それでいて費用のかからない夢のような仕組みを検討してほしい」といった具体的な要望や、量子物理学にまつわるユニークな発想も飛び出して会場が沸いた。中山さんも原さんも大いに刺激を受けたようだった。

質問や意見が書かれた付箋は原さんによってカテゴリー分けされた
質問や意見が書かれた付箋は原さんによってカテゴリー分けされた

 続いてテーブルごとに話し合って意見をまとめるグループワークが行われた。原さんから告げられたテーマは2つ。まず、「情報を活用しようとするとき、その鮮度が低いと、どんなことが起こり得るか。また、影響が大きいのはどんな場合か」、そしてもう1つは「AoIをうまく活用した新しいアプリとしてどのようなものが考えられるか」というものだ。打ち解けた様子で活発な意見交換が行われている各テーブルに中山さんと原さんが加わると議論はさらに深まる。話し合いの時間として設定されていた15分があっという間に過ぎ、グループの代表者による発表の時間となった。

各テーブルのディスカッションに加わる中山さん(左)と原さん(右)
各テーブルのディスカッションに加わる中山さん(左)と原さん(右)
グループワークの様子。この日は、多様な立場の人々が30人ほど集まった
グループワークの様子。この日は、多様な立場の人々が30人ほど集まった

 1つ目の問いについては、「自動運転や遠隔手術などは『情報の鮮度』の影響が特に大きいだろう」というのが複数のグループの一致した意見だ。自動運転が実現したときに周辺の自動車からの情報や自分の車から発信される「情報の鮮度」が低ければ、たちまち追突事故のリスクが高まるし、ロボットによる遠隔手術に必要な情報のやり取りの遅れが人命に関わることは容易に想像ができる。これらのサービスの実現には信頼性の高い「低遅延」が絶対条件になる。

 また、情報のタイムラグがテロや犯罪に悪用されることへの懸念の声も聞かれた。一方、娯楽に目を向けるとインターネット上で行うインタラクティブなゲームなどもリアルタイム性の影響が大きく、費用の高額化にかかわらずより低遅延なサービスを求める利用者もいるだろうとの意見があった。

 AoIを活用したアプリについては、津波予報の精度が上がることを期待する声が聞かれた。至る所に設置されたライブカメラから送られてくる津波の映像を解析して予知することが可能になるのではないかというものだ。また別のグループからは、「パーソナルモビリティが現実化し、交通全体のより複雑な管理が必要になってきたとき、そのオペレーションにAoIが活かせるのではないか」という未来社会をイメージした意見もあった。中山さんも、「まさに、そうだと思う。交通が複雑化すると突発的で局所的な変動に対応するためにAoIが重要になってくると考えられる」と専門家らしい見解を示している。

人の感情を意識した開発が求められる

 2つ目の問いには、自分の言葉に対する相手の反応が瞬時に分かるアプリについて2つのグループが言及した。授業中の生徒の反応や、異性との会話における感情の変化をリアルタイムに捉えられたら、即座に次の一手を打てるというもの。これには、中山さんだけでなく、あちらこちらからぜひ欲しいとの声が上がり会場は笑いに包まれた。

 この提案に関連して「情報発信からのリアクション時間を数値化することで情報の評価や人間の心理・行動の理解に活用できるのでは」といった問いかけもあった。また、他のグループは、生活に合わせてオンデマンドでスポーツ観戦を楽しむことにも慣れているとした上で、逆に同時に楽しまないといけない理由を考えたときに「リアルタイムで喜びを分かち合いたいかもしれない」とアスリートの心理を想像してみたという。これらの発表に中山さんは「人の感情も意識しながら情報の鮮度の活用を考えていかないといけないですね。大いに参考になります」。参加者たちの柔軟な発想に感心した様子だった。

 AoIという新しい概念について考える場が非常に人間くさい話題で盛り上がってきたところで「今の通信速度に十分満足している」という意見が出てきた。続く、「本当にリアルタイムで手に入れたい情報とタイムラグがあっても良い情報で扱いを分けるべきでは」との指摘には、ほとんどの参加者が大きくうなずいていた。

 これを受けて中山さんは「電話は会話が成り立つように、Webブラウジングなどより優先してパケットを転送する、といった制御は以前から行われているが、今後は情報によってよりきめ細かい制御が必要になるかもしれない」と今後の進むべき方向の1つを示した。

 中山さんは、「5Gを背景としてリアルタイム性のあるサービスが期待されますが、AoIという観点で見ると、一概にはリアルタイムとは言えないということに気づいていただけたと思う。AoIは、まさに始まったばかりの概念なので、皆さんからいただいた新しい観点を参考に使い方を考えていきたいと思います」と1時間半にわたったサイエンスカフェをまとめている。

 最後に原さんは、「IoTを考えるときに、ネットワークだけ、端末だけというのではなく、すべてを統合して検討する必要がある。新しい指標があるということを踏まえて、その先にあるモバイル端末をどう設計するべきか、多様な考えを取り入れながら研究を進めていきたいと思います」と組み込みシステムの研究者らしい展望で締めくくった。

 サイエンスカフェを振り返るようにグラフィックレコードに見入る参加者に話を聞いた。「生活の中でリアルタイムがどこまで必要かを考える良い機会になった」「超低遅延が必要な場面でしっかり生かされるためには通信のすみ分けが必要だと思った」「AoIという新しい概念がどう活用されていくのか注目していきたい」。5Gサービスをはじめとする次世代の低遅延のインターネット環境により、さまざまな恩恵がもたらされることへの期待が感じられた。

グラフィックレコード(ギジログ)のそれぞれの似顔絵の隣で、中山さん(左)と原さん(右)
グラフィックレコード(ギジログ)のそれぞれの似顔絵の隣で、中山さん(左)と原さん(右)
ギジログ1
サイエンスカフェをまとめたギジログ(「ギジログガールズ」の加藤麗子さんと高良玉代さんによる)
サイエンスカフェをまとめたギジログ(「ギジログガールズ」の加藤麗子さんと高良玉代さんによる)

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