レポート

《JST主催》科学技術イノベーションによる課題解決、そして地方創生へ —「STI for SDGs」アワード シンポジウム

2019.08.16

関本一樹 / 「科学と社会」推進部

 科学技術振興機構(JST)が今年度創設した「STI for SDGs」アワードの公募締切が2週間後の8月30日(金)に迫った。このアワードは、科学技術イノベーション(STI:Science, Technology and Innovation)を活用して地域における社会課題の解決を目指す取り組みを表彰する制度だ。好事例を表彰してその内容を広く発信することで、その取り組みの社会への実装やビジネス化を促進するとともに、同じ悩みを抱える他地域への「水平展開」や、国連の「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」達成への貢献などを目指すものだ。文部科学大臣賞、科学技術振興機構理事長賞、優秀賞、それに高校生などの取り組みを対象とする次世代賞の授与を予定している。

 ここでは、去る4月16日に「第60回科学技術週間」記念行事の一環として、アワードの新設を記念して開催されたシンポジウムの模様を伝える。(主催:JST、後援:文部科学省、会場:富士ソフトアキバプラザ)

 SDGsは2030年までに達成すべき国際目標であるとともに、日本国内の各地域に山積する社会課題を解決し、明るい未来を実現するための道しるべとなる。そして、STI にはSDGsの達成のための有効な手立てとして大きな期待が寄せられている。

 今回のシンポジウムでは、STIを活用し、SDGsの達成に貢献し得る成果を上げた好事例などが紹介された。

 JSTの濵口道成理事長は冒頭の主催者あいさつの中で、2018年のSDGs達成度ランキング(※)で日本が15位だったことを引き合いに「日本は決してSDGsの先進国とは言えない。この評価を冷静に受け止め、総力を挙げてSDGsを達成するために、『STI for SDGs』アワードを創設することにした」「STIと人文科学・社会科学を組み合わせ、持続可能性を担保しながらWell-Being(良好性)をどう実現していくのか。今日は深く議論したい」と決意を述べた。
※国連持続可能な開発ソリューション・ネットワークが2018年7月9日に発表。日本は156ヶ国中15位だったものの、2017年の11位から順位を落とした。

JST・濵口道成理事長
JST・濵口道成理事長

 続いて、来賓の文部科学省・渡辺その子審議官(科学技術・学術政策局担当)(開催当時)があいさつ。「STIの成果が社会実装されることが、複雑な地域課題解決に結びつき、SDGsの達成やSociety5.0の実現にもつながる」と述べた。その上で「社会実装されるまでの過程で地元企業、行政、そして大学などのさまざまなステークホルダーが寄り添い、新たな価値を創造することが求められている」と共創の必要性にも触れた。

文部科学省・渡辺その子審議官(科学技術・学術政策局担当)(開催当時)
文部科学省・渡辺その子審議官(科学技術・学術政策局担当)(開催当時)

目標を一足飛びに達成するために重要なSTI

 続く基調講演のスピーカーは、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授が務めた。同氏は内閣府「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」幹事メンバーでもあり、SDGs研究の第一人者として知られる。

 蟹江さんは、SDGsの17色があしらわれたバッヂを付けた人々を目にする機会が増えたことを引き合いに、「SDGsが普及してきた」。SDGs採択後の4年間は国際的にも「普及・体制づくり」の期間と捉えられていたといい、ここまでの受け止められ方は「概ね好意的」だと評価している。

 蟹江さんは続いて、Society5.0や第4次産業革命などを実現するには共通のビジョンや目標が重要だと指摘。シリコンバレーでは「倫理」に関する議論が盛んであることにも触れ、「目指すべきビジョンや倫理的に正しい方向性が示されているものこそがSDGs」「SDGsを一足飛びに達成するためのヒントとなるのがSTIだ」とSTIへの期待を述べた。

従来の活動をSDGsから見つめ直す

 「地方創生とSDGs」については、クリアすべき問題に「SDGsの認知度」があると蟹江さんは指摘する。大企業への普及は進んできたものの、ある調査によると中小企業におけるSDGs認知度はわずか6%程度。一般市民の認知度19%と比べてもかなり低い結果だったという。だが実際は、中小企業が日頃営んでいる活動にもSDGsと親和性の高いものが多くあると、蟹江さんはみている。

 例えば3年前の熊本地震後、業績を回復させた企業の特徴をあるシンクタンクが調査したところ、マーケティングなどの経済合理性に関する取り組みは成否に大きな差を生まなかったという。大きく差を分けたのは、地域の持続可能性に関連する取り組みの有無だった。つまり、無意識でもSDGsの思想に近い取り組みをしているか否かが、本業の成否にも大きく関わるという。

 ただ、どれだけ良いアクションでも、資金がなければ話は進まない。蟹江さんは、金融業界がSDGsを意識しつつある現状に触れながら、今後の課題は無意識のアクションをSDGsと結び付けて「見える化」するところにあると指摘した。

 では「見える化」、即ちSDGsを意識しながら目標設定をするにはどうすれば良いのか。この悩みに対して蟹江さんは「17の目標を一体のものと捉えた上で、経済・社会・環境のバランスを重視すると良い」とアドバイスしている。

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科・蟹江憲史教授
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科・蟹江憲史教授

〜海はいのち 「養殖王国えひめ」に向けた地域と愛媛大学の取り組み〜(愛媛大学)

 続く第二部では、国内各地のSDGs達成に貢献する3つの事例が紹介された。

 最初に登壇した愛媛大学南予水産研究センター長の武岡英隆教授は、愛媛県西部に位置する宇和海における産学連携の成功例を紹介した。愛媛県は海面養殖生産額が全国1位で、中でも宇和海は日本一の養殖産地と言われる。

 愛媛大学と宇和海の漁業者の関係は1984年にさかのぼる。養殖業が環境に与える負荷に問題意識を持っていた当時の漁業組合長が武岡さんのもとを訪れ、調査を依頼。以来、協働で様々な調査を実施し、重要な2つの成果を得たという。

 1つは、養殖適正量の提起だ。いかだから落ちる残餌(ざんし)などは、一定規模までは周囲の生態系を活性化すると分かっていたが、環境に悪影響が及ぶ分岐点を武岡さんらは突き止めた。この成果は1999年の「持続的養殖生産確保法」制定にもつながった。

 2つ目は“養殖に適した環境”のメカニズム解明だ。宇和海は、寒暖差の激しい2種の潮流により、海水温が激しく変動する。武岡さんらはこの変動の大きさに着目。養殖に好影響を与える要因の一つと結論付け、宇和海では海水温測定装置の整備が推進された。このシステムによって魚の状況に合わせた効率的な餌やりが実現し、環境負荷が低減されたことに加え、漁業者の経営を圧迫していた餌代も抑制されたそうだ。

 これらの取り組みが始まった1984年は、世界的には養殖業の黎明(れいめい)期。極めて先見的な取り組みであったといえる。

愛媛大学 南予水産研究センター長・武岡英隆教授
愛媛大学 南予水産研究センター長・武岡英隆教授

〜防災教育用ARアプリの開発・活用と地区防災ネットワーク構築への試み〜(大阪市立大学)

 次に、大阪市立大学都市防災教育研究センター(CERD)所長の三田村宗樹教授が登壇。まず「災害リスクは地形など、地域の特性によって大きく変わる」と重要な視点を述べた。しかし、一般的な防災訓練は特性が考慮されず、予定調和になっていることが少なくないという。そこでCERDでは、地域の災害リスクを考慮した訓練シナリオの構築を目指している。

 その1つが、AR(Augmented Reality:拡張現実)技術を活用したアプリケーションの開発だ。このアプリは、スマートフォンのカメラで写した風景の中に潜在する災害リスクを表示させるほか、仮想の火災や浸水などを発生させ、経時変化も示すことができる。三田村さんは「地図では利用者の想像力に頼らざるを得ない部分があった」と開発の背景を語る。このアプリは他地域での水平展開を目的にオープンソースとして公開し、機能の追加も可能にしている。

 一方で、全てを解決するシステムは存在しないと三田村さんは言う。各地域に適した仕組みを地域で考えることが重要だとし、CERDでは徹底した住民参加型の災害訓練を実施している。予定調和を解消し、持続的な取り組みとなるよう、地域全体で防災・減災力の向上を目指している。CERDは研究成果を社会実装させるため行政とも協働しているほか、公立大学のネットワークを活用し全国各地域との連携も推進している。

大阪市立大学都市防災教育研究センター 所長・三田村宗樹教授
大阪市立大学都市防災教育研究センター 所長・三田村宗樹教授

〜EdoMirai 江戸と未来をつなぐ食のシステムデザイン-地域の伝統を活かして新たなビジネスを創造-〜(立命館大学)

 最後に事例紹介したのは立命館大学食マネジメント学部 野中朋美准教授。野中さんはもともとシステム学を専門とする研究者。現在は、日本史を研究する鎌谷かおるさんとともに「EdoMirai Food System Design Lab.」を立ち上げて活動している。

 近年、江戸は極めて高い持続可能性を持った都市だったと評価されている。これを支えたのは、SDGsでも重視される経済・社会・環境の3つの側面だったという。技術の進歩、一般人の知識向上、文化水準の高さ、経済の発展などがピークに達したのが江戸時代で、首都・江戸に凝縮されたためだ。その結果、江戸時代の食文化には大きな変化が生じた。日本酒を例に取ると、容器(甕から樽)・運送手段(陸路から水路)が進化し保存技術が発達した結果、奈良時代から続いたにごり酒は、清酒へと進化を遂げた。

 ただし、江戸時代には各地域にも素晴らしい食文化が根付いていたことを見逃してはならないと野中さんは言う。各地の食文化が江戸で交わり、江戸の持続可能性を育んだことからも、持続可能性とはサプライチェーン全体を俯瞰して評価されるべきもので、この歴史的な経緯は現代にも通ずると、野中さんはシステム学の見地から指摘した。

 野中さんは今後も、地域の食文化を歴史学で紐解きながら、足りない情報をシステム学の見地で補い、新しい食のあり方を提案していくという。

立命館大学食マネジメント学部/EdoMirai Food System Design Lab・野中朋美准教授
立命館大学食マネジメント学部/EdoMirai Food System Design Lab・野中朋美准教授

 続いてJST「科学と社会」推進部長の荒川敦史さんが、「STI for SDGs」アワードや「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs)」をはじめとする社会課題解決への貢献を目指したJST事業を紹介した。荒川さんは「SOLVE for SDGs」を通じてソリューションが生まれ、「STI for SDGs」アワードから全世界へ水平展開されるような成功事例が生まれることを期待していると述べた。

JST「科学と社会」推進部・荒川敦史部長
JST「科学と社会」推進部・荒川敦史部長

異口同音に語られた「対話・協働」の重要性

 次に、登壇者によるパネルディスカッションが行われた。ファシリテーターは科学コミュニケーターの本田隆行さんが務めた。

 まず、いずれの事例でもキーワードになっていた「協働」についてやり取りがあった。漁業者と協働し成果を上げてきた武岡さんは「地域課題解決には人のつながりが重要」と断言。野中さんも「各地で名産品が生まれる背景には、歴史や地理的な理由が必ずある。これは歴史学者との協働で学べたことだ」。三田村さんも2人の意見に賛同するとともに、協働の難しさを「我々は専門的な言葉を使いがち。だが、それでは相手に伝わらない」と語った。

 これに関連し荒川さんは「言語の違う人たちを結ぶ『場』を作るところでJSTは役に立ちたい。昨年、JSTが様々なステークホルダーとともに立ち上げた『未来社会デザイン・オープンプラットフォーム(CHANCE)構想』などは、SDGsという共通言語のもとに集まれる場」と、JSTが手掛けてきた事業の意図を説明した。

 協働の意義については蟹江さんも「SDGsに必要な総合的な視点は、一人ではなかなか持てない。協働は足りないところを補完してくれる」と述べている。

 一方で本田さんは「ステークホルダーごとにタスクがあり、難しさも伴うはず。(この課題に対する)秘策はないか」と問題提起した。

 これに対し蟹江さんは「秘策はなかなかない」と前置きした上で、「参考になる先進事例が分かるようなプラットフォームが必要」。プラットフォームは、ソリューションを持つ人と悩みを持つ人をつなぐ環境にもなるとして期待を寄せた。

 またこの日は、会場からもスマートフォンを通じて登壇者に質問できるシステムが取り入れられ、質問を通じて各地でのベンチャー企業の貢献や、一般市民にもSDGsが認知されることがもたらすメリットなども話題になった。

科学コミュニケーター・本田隆行さん
科学コミュニケーター・本田隆行さん
パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子

 閉会挨拶で登壇したJSTの真先正人理事(開催当時)は「自然や資源を大切にしながら業を行うことは、SDGsの基本思想と合致している。日本各地で行われている課題解決に向けた地道な取り組みにも「STI for SDGs」アワードを通じてスポットライトを当て、他地域との連携に発展することを期待したい」「このシンポジウムがSDGs達成に向けたヒントをもたらし、一つでも多くの社会課題解決に貢献すれば、主催者として嬉しい」などと総括した。

JST真先正人理事(開催当時)
JST真先正人理事(開催当時)

 基調講演の締めくくりとして蟹江さんは次のように語っていた。

 「SDGsで最も重要な本質は「変革」。SDGsが書かれている2030アジェンダにも『我々の世界を変革する』との一節がある。今までの延長だけでは、変革をもたらすのは難しい。SDGsから目標を設定し、一足飛びに何ができるかを考えることから変革が生まれる。変革を生むために、今年からはSDGsの本格的な推進に取り組んで欲しい」。

 STIはSDGsの達成にどう貢献し、地方創生をどのように実現していくのか。SDGsは普及の4年間が終わり、推進のフェーズが幕を開ける。

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