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ノーベル賞受賞者は人類の力を信じ高齢化社会に悲観しない「科学が拓く明るい長寿社会(The Age to Come)」をテーマに「ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2019」開催

サイエンスライター 早野富美

掲載日:2019年5月15日

「ノーベル・ウィーク・ダイアログ」。これはノーベル賞授賞式の前日にスウェーデンで2012年から毎年開催されている知る人ぞ知る催しだ。その日本版とも言える一般向けの公開シンポジウム「ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2019」が3月17日にパシフィコ横浜会議センター(横浜市)で開催された。日本での開催は4回目で、日本学術振興会とノーベル財団傘下の組織である「ノーベル・メディアAB」が共同主催した。今回は「科学が拓く明るい長寿社会(The Age to Come)」をテーマに活発な議論が展開された。ノーベル賞受賞者らの発言は、人類の力を信じ、高齢化社会にも決して悲観しない深く貴重な示唆に富んでいた。

シンポジウムは、2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑さん(京都大学高等研究院副院長・特別教授)をはじめ、5人のノーベル賞受賞者を含む19人の有識者が国内外から集結し、壇上でそれぞれの立場から意見を述べた。この5人は、ティム・ハントさん(2001年ノーベル生理学・医学賞、沖縄科学技術大学院大学客員研究員)、エリザベス・H・ブラックバーンさん(2009年ノーベル生理学・医学賞、ソーク研究所名誉会長)、ランディ・シェックマンさん(2013年ノーベル生理学・医学賞、カリフォルニア大学バークレー校教授)、アンガス・ディートンさん(2015年アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞、プリンストン大学ウッドロウ・ウィルソン・スクール上席研究員兼ドワイト・D・アイゼンハワー経済国際関係名誉教授)といったそうそうたる顔ぶれ。司会進行はノーベル・メディアAB チーフ・サイエンティフィック・オフィサーであるアダム・スミスさんが務めた。

年輪がデザインされた壇上
年輪がデザインされた壇上

千人が収容できるというメインホールは満席で熱気に満ちていた。壇上にはさまざまな大きさの年輪のオブジェが飾られ、この日のテーマにふさわしいデザインが施されていた。シンポジウムは分子・細胞レベルから社会全体の仕組みの話題に至るまでさまざまな視点で有識者らの意見が飛び交い、有意義な1日となった。

少子高齢化が生むさまざまな問題がある

オープニングでは日本学術振興会理事長の里見進さんや、ノーベル財団専務理事のラーシュ・ヘイケンシュテンさん、文部科学大臣の柴山昌彦さんが開会のあいさつをした。里見さんは、広く一般の人に科学技術、学術への理解を深めるためにこのシンポジウムが企画されたなどと説明。ヘイケンシュテンさんは「老いても楽しく生きるためにはどうしたらいいのか」と問題提起し、世代間の絆や社会の仕組み、経済的機能を維持するための課題やその解決について議論されることに期待を寄せた。柴山さんは、高齢化は国際社会全体が取り組むべき重要な問題であると指摘した。

人口動態の専門家であるオックスフォード大学教授のサラ・ハーパーさんは「導入講演」で、少子高齢化による人口増加の問題が世界中で起きていると指摘した。国際連合の統計によれば、世界の中でアフリカ大陸のサハラ砂漠以南の国を除いて、それぞれの国の60歳以上の人口割合が2050年までには少なくとも25%以上になると推定されている。中でも日本はとりわけその割合が高く30%以上になる見込みだ。

人の寿命が延びることが社会の仕組みや経済にどのように関わってくるのか、さまざまな角度で考えていく必要がありそうだ。

導入講演を行うサラ・ハーパーさん
導入講演を行うサラ・ハーパーさん

高齢化はチャンスかそれとも深刻な問題か

ディートンさんは経済学的視点から「一番問題となるのは資金の問題。財源を確保することには多くの課題があるものの、長生きできるような世界ができたことは素晴らしい。大きなチャンスでもある」と明るい未来を述べた。プリンストン大学名誉教授のアン・ケースさんは「アメリカでは教育歴の差による悪循環が主な原因で、アルコールやドラッグに手を染める人や自殺する人が多く、その結果死亡率が上がっている」と指摘し、若い人ほどその状況は悪く深刻化していると指摘している。

アンガス・ディートンさん(左)とアン・ケースさん(右)
アンガス・ディートンさん(左)とアン・ケースさん(右)

日本大学人口研究所教授の齋藤安彦さんは、「今は高血圧などの慢性疾患を患っていても生活機能が維持できていれば自立した生活が送れる。社会の中で孤立せず、絆を維持して精神的な健康を保つことが重要だ。自立によって長期介護の回避が可能になれば経済的負担も減る」と述べた。

東京大学高齢社会総合研究機構特任教授の秋山弘子さんは「100年あればその中で夢を探し、自分の能力をすべて発揮できるチャンスだ。長寿に向けた新しい人生設計が必要になる」と語った。

秋山弘子さん(左)齋藤安彦さん(右)
秋山弘子さん(左)齋藤安彦さん(右)

サイバニクス技術を使った下半身装着型のロボットスーツを壇上で披露したのはCYBERDYNE(サイバーダイン)株式会社代表取締役社長/CEOの山海嘉之さん。サイバニクスとは神経科学、ロボット工学、IT技術などを融合した新学術領域で、山海さんがその領域を確立し、命名した。

ロボットスーツの隣に立っている男性が片足を上げると、ロボットスーツも片足の部分が上がる。こうしたデモンストレーションが行われた。実際には体の一部を動かさなくてもそれを想像するだけでロボットスーツは動くようになっている。脊髄損傷や高次の脳機能障害で、体を自由に動かせなくても、その人がこのロボットスーツを着用し、動かしたい体の動きを想像すればその通りに動かすことができる。ロボットスーツはすでに実用化され、実際に病院でのリハビリに使われている。山海さんは、今後はスーパーコンピュータを介して患者とロボットをつなぎたいと考えているが、実現するためには個人情報の共有といった倫理的課題が残りそうだ。

ロボットスーツのデモンストレーションを行う山海嘉之さん(右)
ロボットスーツのデモンストレーションを行う山海嘉之さん(右)

150歳まで生きる人が出てくるかもしれない

私たちはなぜ年を取るのだろうか。こうした素朴な疑問について、科学的な観点で答えたのはニューカッスル大学名誉教授のトム・カークウッドさんとブラックバーンさんだ。

カークウッドさんは加齢に伴う疾病の研究や、人はなぜ、どのように老いるのかなどの研究をしている。「年を取る」ということは、時間の経過に伴い体の中でいろいろなことが起き、死のリスクが高まることだという。体の中で受けたダメージが蓄積されて、徐々に身体的な機能が落ちて脆弱性が高まると疾患にかかりやすくなる。一方で、体は生存するために受けたダメージに対して修復機能も併せ持っている。修復には大きなエネルギーが必要だが、エネルギーが十分だとそれだけ健康を維持することができ、生きる可能性が高まる。

司会進行のアダム・スミスさん(左)、パネリストのエリザベス・H・ブラックバーンさん(中央)とトム・カークウッドさん(右)
司会進行のアダム・スミスさん(左)、パネリストのエリザベス・H・ブラックバーンさん(中央)とトム・カークウッドさん(右)

染色体の末端に「テロメア」と呼ばれる領域がある。ブラックバーンさんは、このテロメアの研究で2009年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。テロメアは細胞分裂を繰り返すたびに徐々に短くなるため、命を測る尺度ともいわれている。これまではテロメアは減るだけだと考えられてきたが、減り方を抑えたり、逆に長くしたりもできるようだ。ブラックバーンさんは、適度な運動、バランスのとれた食事、そして社会参加がテロメアにも良い効果があると説明した。テロメアが減る速度を抑えることができればそれだけ細胞の健康も維持され、体を修復するためのエネルギーも生成できることになる。

「人間がこれからも長生きできるかどうかは、人体の修復、保護、メンテナンスのシステムをどこまで進歩させることができるかが鍵だ。今後は150歳まで生きる人も稀に出てくるかもしれない」とブラックバーンさんは述べている。

脳の健康は日常生活のトレーニングにある

体の健康も大切だが、脳の健康も重要だ、と強調したのは東京大学大学院教授の藤垣裕子さん。藤垣さんは「脳の老化防止は可能なのか、また脳の能力を向上させることはできるのか」と東北大学加齢医学研究所所長の川島隆太さんに尋ねた。

藤垣裕子さん
藤垣裕子さん
川島隆太さん
川島隆太さん

川島さんによると、認知機能の中でも重要な「注意」能力が20歳代から低下し始めるが、脳のトレーニングによって認知機能を高めることができるという。時間配分しながら調理をするように、脳の中でいくつかの処理を同時に行うことが有効なようだ。川島さんは、エアロビクスのような「有酸素運動」や、栄養バランスの取れた「食事」、質の良い「睡眠」などが認知機能の向上には有効で、認知症の予防にもつながるという報告があると紹介した。

パーキンソン病を基礎科学から理解する

続いて2013年ノーベル生理学・医学賞を受賞したシェックマンさんが「パーキンソン病原因解明への挑戦」をテーマに講演した。シェックマンさんは、近年パーキンソン病を遺伝子や細胞レベルで理解するために基礎科学の側面で研究プログラムを率いている。

パーキンソン病研究の講演を行うランディ・シェックマンさん
パーキンソン病研究の講演を行うランディ・シェックマンさん

バイオ医学の分野では、がんや心疾患などの疾患に対しては大きな前進がある。一方でシェックマンさんは、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患は重篤な疾患であるにもかかわらず、原因や進行などについては分かっていないことが多い、と指摘した。

パーキンソン病は、体の動きに異常が現れた時は既に神経細胞が死滅し、細胞の数が減少している。その進行は何十年も前から始まっている。細胞が死滅する原因が分かれば疾患の進行を食い止めることができ、治療につながるかもしれない。シェックマンさんはこのように期待を寄せた。

高齢者は負債でなく資産

プログラムの最後にノーベル賞受賞者5人によるパネルディスカッションが行われた。「長寿社会は未来に向けてどのように展開していくのか」について活発な意見交換が行われた。そして将来へ向けての夢も語られた。

ノーベル賞受賞者によるパネルディスカッションの様子。右からパネリストのランディ・シェックマンさん、ティム・ハントさん、本庶佑さん、アンガス・ディートンさん、エリザベス・H・ブラックバーンさん、一番左は司会進行のアダム・スミスさん
ノーベル賞受賞者によるパネルディスカッションの様子。右からパネリストのランディ・シェックマンさん、ティム・ハントさん、本庶佑さん、アンガス・ディートンさん、エリザベス・H・ブラックバーンさん、一番左は司会進行のアダム・スミスさん

テロメアについて語ったブラックバーンさんは、高齢者は負債ではなく資産となることを目指すべきだと主張。沖縄科学技術大学院大学客員研究員で、2001年にノーベル生理学・医学賞を受賞したティム・ハントさんは、父親の死亡した年齢を自分が今5歳超えているのは医療や薬学の発展が大きいとコメントした。

経済学的視点から意見を述べたディートンさんは、「高齢化によってパーキンソン病のような病気が問題になってきたが、人類はそれに立ち向かうものだ」と強調している。それに対してシェックマンさんは10年後には神経変性疾患の原因や進行の様子などの解明が進み、新たな評価ができるだろうと今後の研究に意欲を見せている。

最後に司会のスミスさんが「あと、どのくらい生きたいですか」とパネリストらに尋ねた。本庶さんが、「今のところは120歳です」と答えると会場内は拍手の嵐が巻き起こった。

ノーベル・メディアCEO代行のローラ・シュプレヒマンさんが閉会のあいさつをした。「私たちはノーベル賞受賞者の(研究の)おかげで長い人生を送っています。人類の生活をより長く、そしてより健康にしたのは、ノーベル賞受賞者が人生をかけて研究をしてくれたおかげです」と感謝のことばを述べてシンポジウムを締めくくった。

(サイエンスライター 早野富美)

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