レポート

《JST共催》アマゾンの生態系を学び守る—「情報ひろばサイエンスカフェ」で地球の裏側の熱帯雨林を考える

2019.02.05

腰高直樹 / サイエンスポータル編集部

 南米、アマゾン熱帯雨林奥地のとある池。黒く透き通った紅茶のような水の中を泳ぐ1匹の小さな魚に、水中カメラを向ける。撮れた写真には魚が2匹写っていた。片方は実際の魚、もう一方は水面の裏側に反射する「鏡像の魚」だった。不思議なことに鏡像の魚のほうがはるかに明るく目立っていた。「ネオンテトラのような熱帯魚の派手な色は、水中にすむ天敵に鏡像を襲わせてあざむくためのカムフラージュなのではないか」。アマゾンの森の奥で生まれたこのアイデアは膨らみ、のちに魚の体色についての論文になった。

水中から写したネオンテトラ(下)と、逆さまに写る水面の鏡像(上)。鏡像を目立たせることで、魚本体を隠ぺいしていると考えられている(池田さん提供)
水中から写したネオンテトラ(下)と、逆さまに写る水面の鏡像(上)。鏡像を目立たせることで、魚本体を隠ぺいしていると考えられている(池田さん提供)
アマゾンの森と水辺の様子(池田さん提供)
アマゾンの森と水辺の様子(池田さん提供)

 学生時代の研究を振り返ってこう話すのは、魚の生態の研究をきっかけにアマゾン熱帯雨林にひかれ、現在はアマゾンの保全や研究のプロジェクトに関わる京都大学野生動物研究センターの池田威秀(いけだ・たけひで)さんだ。1月22日、池田さんによる「情報ひろばサイエンスカフェ」(文部科学省主催、科学技術振興機構共催)が文部科学省ラウンジで開かれた。ファシリテーターは科学コミュニケーターの本田隆行(ほんだ・たかゆき)さんが務めた。アマゾン熱帯雨林の今を知りこれからを考えるサイエンスカフェの模様をレポートする。

情報ひろばサイエンスカフェのようす
情報ひろばサイエンスカフェのようす
講師の池田さん
講師の池田さん
ファシリテーターの本田さん
ファシリテーターの本田さん

アマゾンの生物多様性と川

 地球の陸地面積のおよそ6パーセントといわれる熱帯雨林、その半分以上を占めるのがアマゾン熱帯雨林だ。この世界一の熱帯雨林には、地球上の生き物の種類の10パーセントがすんでいるとされる。まだ名前のついていない新しい生き物も続々と見つかる。池田さんによると、1999年から2015年までの間に、昆虫を除いた生き物でおよそ2200種の新種が見つかり、昆虫にいたっては1年で10000種も新種が見つかっている。このような生物多様性は、何がもたらしているのか。その一つに世界最大の流域面積を誇るアマゾン川の増水や氾濫が関わっていると、池田さんはいう。

 熱帯雨林には雨季と乾季がある。極端に違う2つの季節によって、アマゾンの川の水位は一年間で大きく上下する。雨季には川が増水・氾濫したり、沼地ができたりする。場所によっては森が10メートルも水没するのだという。

雨季と乾季の水位変化の模式図。雨季に浸水する森は「イガポ」と呼ばれる(池田さん提供)
雨季と乾季の水位変化の模式図。
雨季に浸水する森は「イガポ」と呼ばれる(池田さん提供)

 森が水に沈むと、面白い現象が起こる。「アマゾンの森を流れる黒くて透きとおった水の川には、栄養がほとんどなく、魚の餌となるプランクトンなどが豊富ではありません。そのため、水位が上昇する雨季になると、魚たちは餌を求めて一気に水没した森の中に押し寄せるのです」と池田さん。アマゾンの魚は森にすむ虫から木の実まで何でも食べる。コロソマという魚は植物の種を食べて排泄することで、植物の分布を広げることに一役買っていることが知られている。魚が森を維持する生態系に組み込まれているのだ。

雨季に水位があがってできたイガポ(浸水林)(池田さん提供)
雨季に水位があがってできたイガポ(浸水林)(池田さん提供)

 雨季と乾季がつくる環境変化によって生物多様性が高まるのには理由がある。「ずっと安定した環境では強い生き物が占有してしまい他が入り込めません。逆に不安定すぎる環境では、生き物がどんどんと入れ替わるだけ。その間くらいが、生物多様性が一番高まるとされています」と池田さんが紹介した。

 その他にも、アマゾンには多様な水質や土壌の川がありそれぞれですむ生き物が違うなど、世界有数の生物多様性を生み出す要素がそろっている。

性質の違う川の例。白い川(ソリモンエス川)と、黒い川(ネグロ川)の合流地では、水温や水質の違いにより混ざり合わずにしばらく蛇行する。2つの川ですむ生き物魚は全く違うという(池田さん提供)
性質の違う川の例。白い川(ソリモンエス川)と、黒い川(ネグロ川)の合流地では、水温や水質の違いにより混ざり合わずにしばらく蛇行する。2つの川ですむ生き物魚は全く違うという(池田さん提供)

失われる森と異常気象

 「『アマゾンの森が減っている』というのは子どもの頃から何となく聞かされていますが、今はどうなのですか」と、ファシリテーターの本田さん。実は、長らく問題とされてきた森林伐採は現在も変わらず続けられ、森はどんどん失われているという。

 アマゾン熱帯雨林の6割はブラジルにある。そのブラジルでは2000年からの10年間で年平均26420キロヘクタールというペースで森が失われたという。1年間に四国の1.5倍の面積がなくなっていく計算だ。1970年から現在までの間に失われた森は、ブラジルの熱帯雨林のおよそ2割にも上ると考えられている。

 こうした森林伐採の7割を占めているといわれるのが、牛を飼う牧草地への転換だ。熱帯雨林は広大な牧草地に変わり、生産された牛肉は世界中に輸出される。こうした牛肉の一部は私たちの食卓にも上っているかもしれない。熱帯雨林の破壊といえばよく知られているのは焼畑農業だが、これらは今は大きな要因とは言えないようだ。池田さんによると、先住民族が行う焼畑農業には森を維持する工夫があり、熱帯雨林での持続可能な農業の手法として近年見直されてきているという。

焼畑農業で植えられたキャッサバ。多種の農産物と共に樹木を植える昔からの農業は、近年見直されている(池田さん提供)
焼畑農業で植えられたキャッサバ。多種の農産物と共に樹木を植える昔からの農業は、近年見直されている(池田さん提供)

 また、近年では異常気象も無視できない問題になってきたという。特に影響を受けているのが、生物多様性を支えるとされる川だ。熱帯雨林の大きな川の一つネグロ川では、2009年に50年ぶりの高水位を記録したが、翌2010年に今度はエルニーニョにより1902年以降の最低水位を記録した。2012年には、ネグロ川上流部で過去最高の水位を更新した一方でブラジル北東部には干ばつが起きる、など異常気象が続いている。干ばつなどは生態系に大きなダメージを与える可能性がある。

 それ以外にもアマゾンでは、人や環境に関わるが問題が日々起きている。違法伐採や金の違法採掘とそれに関わる争いごと、金の精製で発生する水銀による水質汚染などだ。これらの問題はどれも背後関係が複雑で、解決策がなかなか見出せないのが現状だ。

 熱帯雨林では、環境悪化により多くの生き物が絶滅の危機にある。池田さんは生態系を積み木崩しゲームの「ジェンガ」に例える。「生き物同士の複雑な関係は、まだ多くが分かっていません。グアムでオオコウモリが絶滅したら果樹が減少した、ドードーがいなくなったらとある樹木が減少したなど、想定外のことが起こります。生態系は何がきっかけでジェンガのように崩れてしまうかわかりません。生態系を保全することと、そのために必要な研究を持続的にしていかなくてはなりません」。

 池田さんは現在、「アマゾン・フィールドミュージアム・プロジェクト」と題した取り組みでアマゾンの自然に貢献しようとしている。アマゾン熱帯雨林の環境を保全しながら、多くの人が教育活動・研究・エコツーリズムの場として持続的に活用できる拠点を作ることが目標だという。

池田さんの活動地の一つ、クイエイラス・ステーション(中央右の白い建物)。アマゾンで唯一の黒い川の浸水林の長期観察施設や宿泊棟が備わっているという(池田さん提供)
池田さんの活動地の一つ、クイエイラス・ステーション(中央右の白い建物)。
アマゾンで唯一の黒い川の浸水林の長期観察施設や宿泊棟が備わっているという(池田さん提供)

コーヒーカップの向こうには

 今回のサイエンスカフェでは、アマゾンで起きている問題についてのディスカッションや、スマートフォンを使った質問・コメント募集などで意見交換をした。池田さんが会場全体に質問した「生物の絶滅はしかたがないのか?」という問いかけには、参加者たちの多くが人間による環境破壊による絶滅は良くないとしながらも、どう捉えてアクションしたらよいものかと、その後の意見は出しにくい様子だった。問題は生態系のように複雑だ。

ディスカッションのようす。池田さんと本田さんがテーブルをまわる
ディスカッションのようす。池田さんと本田さんがテーブルをまわる

 「サイエンスカフェでコーヒーを飲みながら熱帯雨林について考えているけど、そのコーヒー自体が熱帯雨林を壊した畑でできたものなのではないか」という意見が印象的だった。私たちの生活のまわりには、世界中の食べ物や製品であふれている。熱帯雨林をはじめとした世界の環境課題は対岸の火事ではない、そんな現実を実感するサイエンスカフェとなった。

サイエンスカフェで配られたアイスコーヒー
サイエンスカフェで配られたアイスコーヒー

(「科学と社会」推進部 腰高直樹)

ギジログ1
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ギジログ2
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ギジログ3
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ギジログ4
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サイエンスカフェをまとめた「ギジログ」(ギジログガールズ 記録)

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