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日曜大工感覚で遺伝子を操作する「DIYバイオ」と社会のあり方

サイエンスライター 室井宏仁

掲載日:2018年11月19日

一般市民が日曜大工感覚でバイオテクノロジーの実験を行なう「DIYバイオ」が、日本でも広がりを見せている。その道の専門家ではない個人が「ゲノム編集」をはじめとした最先端のバイオ実験を行なえる環境がすでに整い、草の根で様々な取り組みが始まりつつある。これらの動きに代表されるバイオ技術のオープン化とは、そもそも何なのか。またそれで社会はどう変わるのか。東京都渋谷区の青山学院大学で9月に開かれたサイエンスカフェ「DIYバイオ/ゲノム編集カフェ」の様子をレポートする。

遺伝子組み換えが自宅でできる時代

カフェでは、早稲田大学理工学術院の岩崎秀雄(いわさき ひでお)教授をゲストに迎え、12名が2時間以上にわたって語り合った。まず、参加者全員がそれぞれの興味や関心事について自己紹介し、場が和んだところで、今年6月25日にNHK「クローズアップ現代+」で放送された「あなたが“夢の発明”の主役!? DIYバイオ最前線」の一部を視聴。その後、岩崎さんからの解説や事例紹介をはさみつつ、参加者との間で質疑応答が進行した。

DIYは「Do It Yourself (あなた自身でやる)」の略で、専門家や業者に任せず自分たちで何かを創作する活動や、その考え方を指す言葉だ。家具作りや電子工作では一般的になっているが、近年は生命科学の分野でも広がりはじめている。遺伝子の解析や合成にかかる費用が従来に比べ大幅に安くなったこと、インターネットの普及により個人での情報収集や学習が容易になってきたことなどが理由だ。岩崎さんも、自宅でDIYバイオを実践する一人だ。

写真1 カフェでは、岩崎さんが自宅に作ったDIYラボも紹介された。
写真1 カフェでは、岩崎さんが自宅に作ったDIYラボも紹介された。

一般市民が自由に実験を行なえるオープンスペースが、欧米にとどまらず日本国内でもすでに立ち上げられ、勉強会やワークショップも開かれている。ネット上では個人向けの遺伝子実験キットも販売されている。これらを利用し、自宅で遺伝子組み換え植物を栽培したり、培養細胞を増やして人工的に食肉を作ろうとしたりするといった多様な試みが始まっている。さらに、DIYバイオ向けの設備を使い、生命やバイオテクノロジーをモチーフとした芸術表現を模索するバイオアートという活動まで存在する。専門家だけに閉じないバイオ技術の「オープン化」が進んでいるのだ。

揺れる生命倫理と有象無象の科学情報

その一方で、生命倫理の枠組みを揺るがしかねない過激なケースも登場している。カフェでは、自分の体に改変された遺伝子を注射し、その様子を動画投稿サイトで公開した「人体実験」の例が紹介された。これについて岩崎さんは、「科学者や政府が独占してきた既存のバイオテクノロジーの枠組みを、自分たちの手に取り戻そうとする活動とも受けとれる」と説明する。

いま科学と社会のあいだには、科学そのものや科学に関する政策決定などに市民がより積極的に関与していこうとする「シチズンサイエンス」の流れがある。その一端とも見えるこうした先鋭的な個人による取り組みについて、それを規制すべきという意見と、従来のように規制を一方的に押し付けるのは望ましくないという意見があると岩崎さんは紹介し、「DIYバイオの是非やルールについて議論するには、数ある情報のなかから適正なものを選り分け、論点がどこにあるのかをたどる必要がある。そうしないと、たんに情報に踊らされることになりかねない」と課題を指摘した。オープンな動きであるがゆえに、科学的に裏付けの取れていない、キャッチーな情報も広まりやすいというわけだ。あふれる情報をどう共有し選別するか、また情報を受け取る私たち自身のリテラシーをどう育てていくのかという点が、今後ますます重要になってくるだろう。

現行のカルタヘナ法では「ゲノム編集」を扱いきれない

バイオ技術のオープン化に関する質疑応答のなかで、キーワードとして挙がったのが「カルタヘナ法」だ。正式名称を「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」という。

カルタヘナ法は、もともと生物多様性の保全を目的としたカルタヘナ議定書の批准に際して成立した日本の法律で、特に遺伝子組み換え生物の取り扱い方について定めている。企業や大学で行う遺伝子組換え実験の大部分はカルタヘナ法に基づいて規制されているが、DIYバイオなどで個人が行なう実験のなかには、現状で規制が及ばないものもある。岩崎さんによれば、自分自身に組み換えDNAを注射するさきほどのケースも、必ずしも違法とは言いきれないという。参加者の一人は「病原性を持つ菌などを培養する環境も手に入れられるので、テロの温床になるリスクがあると思う。オープンな実験スペースで、参加者の身分や目的も含めた環境をどう制御するのかが今後の課題ではないか」と述べた。

いま注目されている「ゲノム編集」にも、現行のカルタヘナ法でカバーしきれない部分がある。ゲノム編集とは、人工的に合成した酵素で生命の設計図であるDNAを切断し、任意の新たなDNAを作成する技術だ。酵素の合成に特別な設備を必要としないこと、DNAに含まれるほぼあらゆる遺伝子を改変できることから、農林水産業や医療にブレークスルーをもたらすと期待されている。一方で、その簡便さから、犯罪などの非合法な目的に使用される懸念も、かねてより指摘されている。特にゲノム編集の場合、そこに本来はない遺伝子を外から持ち込まずに特定の遺伝子を破壊できるため、その遺伝子改変が自然に起こったものなのか、人為的に引き起こされたものなのかを判別できなくなる可能性がある。

このように技術開発がルール作りに先行し、社会実装に向けた議論が追いついていない事例を考える際は、過去、ある科学技術が登場したとき、当時の社会がどう対処したのかがヒントになる。例えばドーピングの規制。現在、多くのスポーツでドーピングは厳しく規制されている。それには、ドーピングの体に対するリスクだけでなく、ドーピングが野放しになったとき社会に発生しうる悪影響に歯止めをかけるという目的もある。岩崎さんは、ドーピングに関する議論が、ゲノム編集や関連技術の線引きを考えるうえで参考になると指摘し、「法律それ自体だけでなく、そもそもそのような取り決めが必要とされる経緯や、その過程でどういう議論があったのかを学んでほしい」と訴えた。

DIYバイオは科学を「文化」に高める鍵になるか

カフェでは、日本におけるDIYバイオのあり方にも議論は及んだ。2010年代以降、日本でもDIYバイオを実践できる施設が増えてきたが、資金や運営の問題などで十分に活用されていないケースも見られる。そんななかで、DIYバイオは社会にどう広がっていくことができるのか。岩崎さんが提案するモデルのひとつは「昆虫採集」だ。

「日本には、昆虫を愛するという世界にも類を見ない文化がある。昆虫ファンも多く、虫の採集や分類がさかんに行われている。例えば、自分で昆虫からDNAを抽出して種類の確認に役立てることも、DIYバイオで可能になるのではないか」

現在の分類学では、DNAの情報を元に生物の種類を特定したり、系統樹を作成したりすることが一般的になっている。ここにアマチュアの昆虫ファンがDIYバイオを活用することで積極的に参画することが可能になるかもしれない。これは、各個人が好奇心や興味を追い求めてDIYバイオを利用する可能性の一例だ。

海外では、DIYバイオの設備を用いて食品の産地偽装を暴いた例もある。カフェでも、「遺伝子組換えを使ってビタミンCたっぷりのフライドポテトを作れないか」「海外の酵母を持ってきて培養し、それからパンを作って食べてみるのはどうか」など、参加者たちが思い思いのDIYバイオのアイデアを披露した。

写真2 カフェ後半でのディスカッションの様子。
写真2 カフェ後半でのディスカッションの様子。

一口にバイオといっても、その守備範囲は広い。食品や医療の分野は言うに及ばず、私たちの生活のあらゆるところにバイオの要素があるといえる。そのなかで、個人が興味を持って調べたいと思うことを実際に実験して追究できるようになれば、生命科学に関わる技術や社会について、それぞれが一市民として活発に、そして冷静に議論しあえる下地を作ることにつながるだろう。「科学を文化に」というキャッチフレーズは、近年しばしば叫ばれている。文化を「すべての人が見聞きし、触れることができるもの」と捉えるなら、DIYバイオは、生命科学を文化にまで昇華させる重要な鍵ともなりうる。

もちろんそれを実現するためには、ただ一方的な技術規制の枠組みを決めるのではなく、個々の事例に付随する懸念材料について、社会との関係をじゅうぶんに検討することが欠かせない。岩崎さんは、「大切なのは、DIYバイオをどうやって規制するのかというのではなく、想定されるリスクに対してどう社会が対処していくかをよく考えることだと思う」と締めくくった。

(サイエンスライター 室井宏仁)

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