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市民の感情に「科学的知見」を持つ科学者はどう向かい合うか―AAAS年次総会2018レポート

「科学と社会」推進部

掲載日:2018年3月9日

米国最大規模の国際科学フォーラムである「AAAS(米国科学振興協会〈American Association for the Advancement of Science〉)年次総会2018」が2月15日から5日間、米国テキサス州のオースティンで開催された。AAASは1848年の創設で、科学者・技術者と市民とのコミュニケーションを活性化し、社会課題に科学的な視点を提供することなどを目的としている。個人会員だけでも13万人を超え、科学誌「サイエンス(Science)」の出版元としても知られる。年次総会は米国内だけなく同国外からの参加者も多い。

今年のテーマは「科学発展:応用の発見(Advancing Science: Discovery to Application)」。期間中約10,000人が参加した。今年の年次総会では人工知能(AI)やゲノム編集、量子技術といった最先端の研究分野のセッションのほか、世界の科学研究が掲げる多様な課題についてのセッションも開催された。

人々の放射線への不安も題材に

その中で「市民の感情と科学的知見~ワクチンへの拒絶、福島県産農産物の風評被害、細菌との共生~(Exploring Public Fears and Myths: Vaccine Hesitancy, Food Safety in Fukushima, and Bacteria)」と題したセッションが企画された。科学的なエビデンスを提示しても一般市民は科学的知見に必ずしも沿わない情緒的・感情的な行動をとることがある。そうした市民に対して、科学者はどのような役割を果たせるか、を考えるのが企画の狙いだった。ワクチン接種を拒絶する人の問題や、福島第1原発事故が起きた福島県内で人々が放射線量に対して抱く不安や、日常生活における人間と多様な細菌との共生の問題を題材に熱心な議論が展開された。

セッションでジョンズ・ホプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院のトーマス・ハートゥング教授は、ワクチン接種を拒絶する人々の問題を取り上げた。具体的には、麻疹ワクチンの普及と同時期に自閉症患者が急増したことから、自閉症の発症は、麻疹ワクチンが原因であると市民が思い込んでしまい、子供へのワクチン接種を避ける親や医者が増えた事例が紹介された。

この中で教授は「有機野菜の売り上げと自閉症の症例数」、「カナダ出身の男優ジム・キャリーが出演した映画の本数と自閉症の症例数」という相互に科学的因果関係がない組み合わせを例示して会場を笑わせ、実際には因果関係がない2つの事柄のデータでも「相関関係」という形で(何度も)提示されると、市民は因果関係があると錯覚、誤解してしまうことがあり得ると説明した。その上で教授は、科学者によるソーシャルメディアやオープンフォーラムなどの機会を通じて継続して情報発信していく必要性を強調した。

市民と共に課題解決を

このセッションの共同主催者である科学技術振興機構(JST)副理事の渡辺美代子さん(日本学術会議副会長)は、2011年3月11日に起きた東日本大震災後の福島県産の農産物に対する風評被害や、被災地の人々が感じた放射線への恐怖とその克服への取り組みを紹介。科学者による支援の在り方について発言した。渡辺さんはこの中で、日本人の郷土を愛する国民性に言及した。そして、科学者が被災地の復興を支援する際は、科学的知見やデータを提供するだけではなく、被災者のほか、被災地から離れた地域の人々ら市民が抱く不安や恐怖、市民の願いやその背景を理解した上で市民と共に課題解決に取り組むことの重要性を強調している。

アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・コークのキャサリン・バックリーさんは、人間と細菌との共生関係というテーマを取り上げた。博士はまず、人間が体の内外で多様な細菌と共生関係を築くことで進化してきたと指摘した。その上で、近年は世界中で生活環境が整備され、また食品衛生も改善されてきたために、人間に必要な菌との共生関係が崩壊しつつあることを紹介。多様な菌との共生が重要で、発酵食品を含めて多様な食品を摂取することが必要で、人間だけでなく動植物に対しても抗生物質はどうしても必要な時だけ限定して使うべきであることを訴えた。

3人が事例紹介と解説をした後、3人がコメントした。ジョンソン&ジョンソン社のシーマ・クマーさんは、一般市民は科学者とコミュニケーションをする際は「科学者が何を伝えてくれたか」よりも、科学者の話に「自分がどう感じたか」が、より印象に残ることを指摘した上で、科学者のイメージを向上させるための努力が必要である、と強調した。

STEM教育の普及・徹底を

ユネスコ中南米・カリブ海地域事務所科学部長のリディア・ブリトさんは、科学的知見は、市民一人一人やコミュニティを取り巻く環境や文化、さらに尊厳といったさまざまな要素と組み合わせることで、市民が科学的事象に対して感じる恐怖心の問題に対処することができる、という考え方を披露した。その上で、市民が科学技術の恩恵を享受するためには、STEM(科学・技術・工学・数学)教育が普及・徹底することが必要、と述べた。

このセッションの共同主催者で、アイルランド政府主席科学顧問のマーク・ファーガソン教授は、人間の感情は科学的事実を受け入れられない状況に陥ることもあり、科学者は市民が科学的事実や知見を信じない時は注意深く粘り強く対応する必要がある、と指摘している。

このセッションは、午前8時の開始時間から立ち見する人が出るほどの盛況だった。「感情を持つ市民に対して、科学者はどのようにして科学的な事実を市民と共有していくか」―。盛況ぶりからこうした問題に対して科学者は高い関心を持っていることがうかがえた。参加者からのコメントの中に「話すことばかりではなく、人のことばに耳を傾けることが大切である」といった指摘があったことが印象に残った。

「科学的事実やデータを単に提供するだけではなく、社会課題の背景や人々のニーズを把握しながら課題解決に一緒に取り組むことが、社会の中で科学者に求められている」。約1時間30分のセッションを通じて参加した科学者はこうした役割を実感、共有したようだった。

写真1 会場の様子
写真1 会場の様子
写真2 集合写真:左から、進行を務めたエイダン・ギリガンさん、シーマ・クマーさん、リディア・ブリトさん、キャサリン・バックリーさん、マーク・ファーガソン教授、渡辺美代子さん、トーマス・ハートゥング教授
写真2 集合写真:左から、進行を務めたエイダン・ギリガンさん、シーマ・クマーさん、リディア・ブリトさん、キャサリン・バックリーさん、マーク・ファーガソン教授、渡辺美代子さん、トーマス・ハートゥング教授

(レポートと写真・「科学と社会」推進部 髙橋直大)

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