レポート

絶滅危惧種の保全と法制度

2013.03.15

大倉寿之 / WWFジャパン 事務局長付 草刈秀紀、WWFジャパン 広報室

 「絶滅危惧種」という言葉は、環境分野の用語としては比較的よく知られているものの一つである。絶滅のおそれのある野生の動植物に関する情報をまとめた「IUCN(国際自然保護連合)」のレッドリストや環境省のレッドリストなどが、公表されるたびに広く報道されるからである。そして、こうしたリストに掲載される種の数が増加の一途をたどっていることも知られている。

 では、種の絶滅を防ぐための取り組みは、どうなっているのであろうか。国内外の動向を概観し、必要な取り組みの提言を行ってみたい。

「増加する絶滅危惧種」

CBD・COP10の会議場 @H.Okura

 IUCNによってレッドリストが初めて公表されたのは1966年のことである。以来、改訂が重ねられ、絶滅危惧種に分類される世界の野生生物は、最新のリストでは2万種を超えるようになった。絶滅危惧種は2008年10月発表の16,928種から、2012年10月発表の20,219種へと大きく増えている。

 哺乳類、鳥類、両生類などの生物分類群ごとに専門家が、個々の種の絶滅リスクを評価し、カテゴリーに分けていく。「CR(Critically Endangered;ごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高い)」、「EN(Endangered;近い将来に絶滅の危険性が高い)」、「VU(Vulnerable;絶滅の危険が増大している)」の3つのカテゴリーに区分されるものを、一般に「絶滅危惧種」と呼ぶ。

 例えば、ジャワサイは1980年代から90年代前半までENに分類されていたが、96年にCRに分類されるようになり、絶滅のリスクが増大した。そして、WWF(世界自然保護基金)とIRF(International Rhino Foundation;国際サイ基金)は「ベトナムに生息していたジャワサイ個体群は絶滅してしまった」と2011年10月に発表した。ジャワサイの残る個体群は、インドネシア・ジャワ島のウジュンクーロン国立公園に推定50頭弱がいるだけである。

 ベトナムでは1990年代から保護区が設置されるなど、ベトナム政府による保護活動が行われていた。98年からはWWFも保護活動に協力し、生息頭数の調査などを実施し、わずかに8頭程度であると推定していた。こうした保護活動の努力にも関わらず、ベトナムのジャワサイ個体群は絶滅に至った。つまり、絶滅のリスクが高まる前の、早めの保護策が重要なのである。

 国内についてみれば、2012-13年にかけて公表された環境省の第4次レッドリストでは絶滅危惧種の総数は3,597種となり、第3次レッドリスト(2006-07年公表)の3,155種から442種も増えている。評価対象種のうち、両生類および爬虫(はちゅう)類の3割強、哺乳類の2割強、鳥類の1割強が絶滅危惧種となっている。メダカやハマグリ、ニホンウナギなど、かつては身近だった生きものも今ではレッドリストに掲載されている。

「国際社会の動向」

 種の絶滅を防ぐ国際的な取り組みの代表的なものとしては、1973年に採択された「ワシントン条約」と1992年に採択された「生物多様性条約」という2つの条約の下での活動が挙げられる。

 前者は、絶滅の恐れのある野生動植物種の国際取引を規制することで、その保護を図るものである。同条約には「附属書」があり、ここに掲載された種には、「商業取引の禁止」、「輸出国の許可書が必要」などの規制的措置が、附属書の3つの区分に応じて適用される。

 一方、生物多様性条約は“枠組み条約”の性格を有しており、条約自体は規制的措置を持たない。締約国会議で議定書が採択されて初めて、法的義務や措置を生じる仕組みとなっている。これに加えて、締約国会議で「決議」が採択されれば、それは締約国間の合意事項として一定の効力を発揮することになる。

 2010年10月に愛知県名古屋市で開かれた「生物多様性条約第10回締約国会議(CBD・COP10)」において決議された「愛知目標」はその一つである。同会議で策定された「生物多様性戦略計画2011-2020」に含まれる愛知目標は20の項目に整理されている。

 その<目標12>は「既知の絶滅危惧種の絶滅を防止する。特に減少している種の保全状況を改善する」となっており、絶滅危惧種を保全する取り組みを強化することが、2020年までの世界目標となっている。ただし、愛知目標には数値化された目標はあまり盛り込まれておらず、どのように履行するかは、各国の自主的な取り組みに委ねられている。わが国の保全をめぐる取り組みを見てみたい。

「国内の動向」

 種の絶滅を防ぐためのわが国の法律としては、「絶滅のおそれのある動植物の種の保存に関する法律」(以下、「種の保存法」)がある。この法律の制定の経緯を理解するためには、少し歴史をさかのぼる必要がある。

 1989年にワシントン条約の第8回締約国会議が92年3月に京都で開催されることが決まったこと、および同年6月にブラジルのリオデジャネイロで開かれる「地球サミット」に向けて「生物多様性条約」を採択する動きが本格化したことを受け、国内でも早急に種の保存を目的とした制度を確立することが急がれる状況となった(*1)。

 こうした背景から、92年に「種の保存法」が可決成立し、同年6月に公布された。施行は翌年4月1日。以来、20年が経過するが、大きな法改正はなされていない。

 同法に対しては、WWFジャパンは法改正の要望書などを政府に繰り返し提出してきた。2011年12月22日の意見書、12年7月13日の要望書などである。

 13年になってからも、WWFジャパン以外にも日本自然保護協会や日本野鳥の会など複数のNGOから抜本的な法改正を求める意見が出ており、政府の真摯(しんし)な対応が望まれている。なお、第二東京弁護士会も13年3月、会として正式に同法の見直しを求める意見書を公表した。日本生態学会も改正を求める意見書を、同じく3月に政府に提出している。

 大きな法改正が求められる理由を、ここでは「種の指定」の問題に絞って述べたい。

 レッドリスト掲載種3,597種に対し、「種の保存法」における「国内希少野生動植物種」はわずか90種にすぎない。

 同法の国内希少野生動植物種の指定を受けることは保全措置の重要な一歩となる。捕獲や採取の禁止、譲り渡しの禁止、生息地・生育地への保護区の設定、保護増殖事業の実施などの規制的措置や絶滅を回避するための措置につながるからである。

 ところが、施行から20年が経過しても国内希少野生動植物種はわずか90種にとどまっている。絶滅危惧種の総数に対する割合は2.5%にすぎない。国内希少野生動植物種は、同法の第四条3項に定義があり、第六条に基づく「希少野生動植物種保存基本方針」によって選定の要件は示されているものの、誰がどのような手順で判断し、実際の指定にまで至るかのプロセスが不透明であると、かねてから指摘されている。

 同法第四条6項において、政令の制定にあたって、「環境大臣は、(中略)中央環境審議会の意見を聴かなければならない」としているが、審議会は必ずしも該当する生物の専門家で構成されているわけではなく、事実上、審議会の事務局が提案した候補種を追認する場となっている。

 このため、行政主導の種指定となっており、研究者やNGOなど専門的知見を有する立場の者であっても指定のプロセスに関与することができない。これが、レッドリスト掲載種の増加の一方で、国内希少野生動植物種の指定が進まない一因となっている。

 政府が策定した「生物多様性国家戦略2012-2020」(2012年9月28日閣議決定)には、2020年までに国内希少野生動植物種を25種増やすと記されている。しかし、第3次レッドリストから第4次レッドリストまでの6年間で絶滅危惧種が442種増えたことを考慮すれば、「目標値が小さすぎる」との印象は免れない。このペースでは、絶滅危惧種への法的対応は追いつくどころか、ますます後れを取ることになる。

 絶滅の恐れがあっても、種の指定を受けない大半の生物には法律に基づいた保全策が講じられることはなく、絶滅のリスクが高まっていく。絶滅危惧種の90%以上が法的な保護の対象外となっている。法律によらない保護施策もあるが、これに期待することは、いったん生物が絶滅してしまえば、取り戻すことは不可能であることを考えれば不十分である。しかし、これが日本の現状なのである。

「望まれる法改正」

 では、「種の保存法」に対して、どのような法改正をすれば、種の指定が進むであろうか。

 WWFジャパンをはじめとするNGOや第二東京弁護士会は、専門家からなる委員会を設置して、科学的情報に基づき、公正かつ透明なプロセスで種の指定がなされることを可能にする条文を追加することを提言している。

 「希少動植物種を専門とする学識経験を有する者で構成される希少種審査委員会を常設の機関として設置しなければならない。」という条文を設ければ、科学的見地から定期的に、種の指定が検討されるようになると考えられる(*2)。

 日本生態学会も「環境大臣に指定を具申する権限を持った(仮称)科学委員会を設置して、国内希少野生動植物種の指定を推進すべきである。」との意見書を公表している。

 また、京都府、徳島県、奈良県、島根県の希少種の条例に見られるような、市民からの種の提案制度を条文として設けることも、提言として出している。この4府県の条例では、府民・県民は絶滅の恐れのある種の指定を、理由を付して知事に提案できるようになっている。例示すれば、「京都府絶滅のおそれのある野生生物の保全に関する条例」では、第10条で府民による提案制度を認めている。「府民は、規則で定めるところにより、理由を付して、指定を行うよう知事に提案することができる」とある。

 「種の保存法」にも、「種の指定について意見を有する者は、国内希少野生動植物種の指定要件へ該当する理由を付して、その指定を行なうよう環境大臣に提案することができる」という条文を設けることが考えられる(*3)。

 こういった条文を追加すれば、種の指定が進み、わが国の絶滅の恐れのある野生動植物種に対する法的保全策が拡充するであろう。そうすれば、「愛知目標」という日本の自治体の名称を冠した世界目標の達成にも、貢献できると思われる。

 同法は、これまでに大きな法改正がなされていないことから、種の指定の手続き以外にも見直すべき点は多い。

 例えば、生息地等保護区の設定は7種9地区の約885ヘクタールにすぎない。保護増殖事業計画が策定されているのも49種にとどまる。また、ワシントン条約の附属書Ⅰ掲載種は「国際希少野生動植物種」に当たるが、「流通管理が甘く、不正な流通を規制するには不十分である」と、トラフィック イーストアジア ジャパンなどから指摘されている。

 WWFジャパンをはじめとするNGOは抜本的な法改正を求めて、環境省に要望書や意見書、パブリックコメントを提出してきている。

 2008年に施行された「生物多様性基本法」は、「種の保存法」の上位法であるが、附則の第2条で、関連法の見直しをうたっている。「生物の多様性の保全に係る法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」。そこには「種の保存」の文言もあり、同法も見直しの対象となる法律の一つである。

 環境省が本年3月時点で示している「種の保存法」の一部改正に関わる資料によれば、残念ながら、罰則の強化など、限定的な改正にとどまっている。上位法である生物多様性基本法に、「種の保存法」をはじめとする関連法に必要な措置を講ずることが明記され、なおかつ、施行から20年が経過することを踏まえても、抜本的な改正に向けた動きを加速すべきであろう。

 最後に、21年前に「種の保存法」が国会で可決された際の状況を点検しておきたい。

 衆議院環境委員会は1992年4月21日付で10の附帯決議を付けた。その一つに、「希少野生動植物種及び生息地等保護区の選定に当たっては、国の内外または官民を問わず、有識者並びに各種機関の知見を積極的に徴すること」とある。

 参議院環境特別委員会は1992年5月27日付で11の附帯決議を付けた。その一つに、「希少野生動植物種及び生息地等保護区の選定に当たっては、国の内外または官民を問わず、有識者、市民並びに各種機関の知見を積極的に徴すること」とある。

 そのほかの科学的調査や研究の強化、普及啓発の努力に関する附帯決議も含めて、その多くが20年来積み残しの課題となっている。法改正の動きのある今こそ、こうした課題を消化する好機であると思われる。

谷博之参議院議員が生物多様性条約に対応する国内法を問うた質問趣意書への回答をもとに作成。
種の保存法もそのひとつであることが明らかになっている。
谷博之参議院議員が生物多様性条約に対応する国内法を問うた質問趣意書への回答をもとに作成。
種の保存法もそのひとつであることが明らかになっている。

*1 『絶滅のおそれのある野生動植物種の国内取引管理』(環境庁野生生物保護行政研究会編集、中央法規出版、1995年)
*2 『絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律改正に関する提言』改正法第四条の3(第二東京弁護士会、2013年3月)
*3 WWFジャパンおよび日本自然保護協会の記者会見要旨(2013年3月4日)をもとに条文化

WWFについて
WWFは、約100カ国で活動している環境保全団体です。地球上の生物多様性を守り、人の暮らしが自然環境や野生生物に与える負荷を小さくすることによって、人と自然が調和して生きられる未来をめざしています。

ページトップへ