レポート

農業者との信頼関係を築く技〜普及指導員という仕事〜

2013.01.21

福田尚子 / 中国四国農政局 生産部生産技術環境課 課長補佐

普及指導員って?

福田尚子 氏
福田尚子 氏

 皆さんは「普及指導員」という職業をご存知ですか。恐らく、ほとんどの方がご存知ないのではないでしょうか。

 普及指導員は農業改良助長法を根拠法とし、国家資格をもつ地方公務員(都道府県の職員)です。その業務は「直接農業者に接して、農業技術の指導を行ったり、経営の相談に乗ったり、農業に関する情報を提供したりする」ことで、現在、全国に約7千人の普及指導員がいます。

 私は国の出先機関で長年彼らの活動を見てきたのですが、その中でも心に残る二つの事例についてご紹介したいと思います。

既成概念を覆す

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 一つ目は、生産現場と消費者ニーズを確かな技術でつないだ事例です。

 普及指導員は、非農家出身であることをバネにして、消費者視点からマーケティングを行い、従来は長さ75センチで出荷する小菊を45センチの短茎にすることを提案しました。

 花の業界では、草丈が短くなるほど評価が下がり、45センチの小菊は規格外の“くず花”同然として扱われるため、農家は猛反発しました。

 しかし彼は、▽75センチで出荷した小菊が加工所で短くカットされ、切り落とされた茎が産業廃棄物になっていること、▽直売所用や仏花用には45センチで十分であること、▽小菊を短茎にすることにより栽培期間が短くなり、農家の経営上もプラスになることなどを、市場見学や客観的なコストのデータで農業者に示しました。

 産地の将来のビジョンを示しながら粘り強く説得する彼に、小菊農家もついには納得、今では短茎小菊の一大産地となっています。

農業に意欲とやりがいを

 もう一つは、農家女性の重労働解消と労働の適正な評価のために、「家族経営協定」(※)を地域に導入した事例です。

 「うちの家につまらない情報を持ち込むな」と、農家のお父さんにこっぴどく叱られたB普及指導員。でも、ここで諦めるわけにはいきません。「農家女性にも労働に見合う対価を」「農休日を」と毎夜毎夜、業務が終わってから農家を訪れました。

 最初は全く話を聞いてくれなかったお父さんでしたが、B普及指導員の熱意に負け、協定を結ぶことにしました。

 日々の暮らしにメリハリができ、お母さんが前より元気になったため、お父さんも今では「やってよかった」と思っているそうです。この地域では、全戸が家族経営協定を締結し、市長立ち会いの下、調印式を行いました。

※「家族経営協定」とは、家族農業経営にたずさわる各世帯員が、意欲とやり甲斐を持って経営に参画できる魅力的な農業経営を目指し、経営方針や役割分担、就業環境などについて取り決めるもの。わが国の農業は、家族経営が大宗(たいそう)を占めるため、経営と生活の境目が明確でなく、各世帯員の役割や労働時間、労働報酬などの就業条件が曖昧になりやすく、そこからさまざまな不満やストレスが生まれがちである。

 これら二つの事例は、普及指導員が農業者を動かした(=やる気にさせた)事例です。

 結果として、二つの産地に起こった変化は全く違うものであり、二人の普及指導員の農家へのアプローチの仕方も全く違います。二人に共通していたのは、やる気と情熱と、農家のためを思って諦めない心だったのではないかと考えます。

「見えない」のではなく「見せていなかった」

 このように、農業者や産地に対する支援をしてきた普及指導員ですが、外部からは「活動が見えない」、「普及事業はもう必要ないのでは」と言われて久しくなります。

 確かに普及組織は、外部へのPRがあまりうまくありません。でも、これには訳があります。

 そもそも農業改良助長法の目的に「農業者が農業経営および農村生活に関する有益かつ実用的な知識を得、…(略)…農村生活の改善に資することを目的とする」とあるように、普及指導員は「主役はあくまでも農業者であり、普及指導員は黒子であれ」と教育されてきたのです。そのため、普及指導員は活動報告をする際に「この地区では、農業者がこういった実績を挙げた」と、農家のみを主語にした報告をしがちです。本来は、「自分が働きかけたことによって、農業者のやる気を醸成した」ということが重要な情報であるにも関わらずに、です。

これからのあり方

 現在、農業・農村は、所得の減少、担い手不足の深刻化や高齢化といった厳しい状況に直面し、農業の食と環境を支える機能が損なわれかねない状況となっています。

 こういった状況下で、農業者や産地に対し、技術を核として適切なアドバイスを行う普及指導員の役割は、ますます重要になっています。

 今後は、「どのようにして農業者をやる気にさせたか」という情報を可視化してストックし、次世代の普及指導員の育成に活用するとともに、外部に向けて自分たちの業績をきちんと発信していくという「見せ方」が必要です。

 また、それらの業績を評価できるシステムの構築も急がれるところです。

 やる気と情熱で、農業者との信頼関係を築く普及指導員のコミュニケーション能力は、日本の農業・農村を守るために必要な能力であると確信しています。

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