レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「新幹線の地震対策」第3回「耐震補強と早期検知システム」

2011.10.06

宮下直人 氏 / 東日本旅客鉄道 常務取締役 鉄道事業本部 副本部長

土木構造物(高架橋、トンネル等)の耐震補強

宮下直人 氏 東日本旅客鉄道 常務取締役 鉄道事業本部 副本部長
宮下直人 氏(東日本旅客鉄道 常務取締役 鉄道事業本部 副本部長)

 弊社の新幹線は比較的新しく、高架橋構造とトンネルが大部分になっています。高架橋の柱が地震でいたむ場合のタイプは2つあります。「せん断破壊先行型」は、約45度の角度でせん断力が加わり、折れ落ちてしまうという壊れ方のタイプです。もう一つは「曲げ破壊先行型」といって、柱の先端部や根本部分など、モーメントの一番強いところにしわ寄せがいって、クラックや割れが生じるタイプです。どっちが怖いかと言うと、圧倒的に前者の方が怖いのです。後者は高架橋の全体はゆがみますが、線路自体がそんなに大きく変形することにはなりません。高架橋の破壊タイプを柱の太さや鉄筋の数、コンクリート圧縮強度などから計算して、この柱はせん断破壊先行型か曲げ破壊先行型かを調べ、せん断破壊先行型のものを最優先で耐震補強しようと決めました。

 耐震補強の進捗状況は、新幹線については、せん断破壊先行型のものはすべて補強しようということで、2007年度までに18,500本の高架橋柱の全てに鉄板を巻いて補強し、相当な地震が来ても崩落しない強度にしました。今回の東日本大震災では東北新幹線の補強した高架橋柱は1本も折れませんでした。在来線については、地震の確率が高いと言われる南関東エリア、仙台エリアで2008年度までに12,600本の柱の全てで巻き終わりました。曲げ破壊先行型に対する補強については、南関東エリア、仙台エリアの新幹線、在来線ともに、まだやっている最中だったので、今回の東日本大震災でも一部に被害が出ています。

 耐震補強といっても現実は、高架橋柱の周りにすでに店舗や事務所などができているところもあって、事務所を撤去しないと工事ができない場合や構造的に鉄板を巻けず、サンドイッチにしてボルトで閉め込むような工法を取る場合もあります。高架橋以外の土木構造物に対しても、例えば駅舎については、古い時代に建ったものほど耐震性能が弱いので鉄骨ブレース(筋交い)を入れたり、高架橋の下に駅舎がある場合は柱に鉄板を巻いたりして工事を進めています。駅舎については186棟が補強の対象で、今は146棟まで終わっています。

早期地震検知システム

 次に、列車を早く止める仕組み、新幹線の「早期地震検知システム」についてです。どういうことかと言うと、特に今回のような海洋型地震の場合は、なるべく早く地震のP波(初期微動、縦波)を海岸地震計でキャッチし、その電気信号を地震のS波(主要動波)が到達する前に変電所に飛ばして、新幹線への送電を切り、非常ブレーキを掛けるというのがこのシステムです。在来線は違いますが、新幹線では電気を落とせば非常ブレーキが掛かる仕組みになっています。

 さらに地震計は海岸だけでなく、当然、新幹線の沿線にもかなりの数を置いています。JR東日本の管内では、海岸地震計が太平洋側に9個、日本海側に7個を置いてあり、沿線地震計は東北新幹線区で50個、上越新幹線区で22個、長野新幹線区では9個を置いています。この沿線地震計については、さらに改良を加えた点があります。

 以前は、沿線地震計はそれぞれ独立して担当区間だけ電気を止めていました。今はP波検知により、震源やマグニチュード、強さから、これだけのエリアが運転中止となるぞと警報範囲を想定し、その範囲への送電を一斉に止めるようなシステムに変えています。例えば内陸部の盛岡での地震を検知して、仙台付近にいる新幹線を早めに止めることも可能です。これを私どもは「地震計ネットワーク化」と言っています。

 それから、さらに少しでも早く列車を止める改良にも取り組んでいます。先ほどの「早期地震検知システム」では、海岸地震計で地震波を検知して、電気信号を飛ばし、新幹線への送電を止めて、非常ブレーキを掛けさせるわけですが、地震発生から列車停止までにはタイムラグがあります。そのタイムラグを少しでも減らそうと、海岸地震計のマグニチュードを推定する時間を1秒短縮したほか、車両が非常ブレーキを動作させるまでのシステムも、じかにブレーキを掛ける仕組みに変えて1秒縮めたことで、はかない努力ではありますが、以前よりは2秒短縮できています。新幹線は1秒間に70メートル以上走りますから、2秒で140メートルは稼げることになります。

 在来線の早期地震検知システムでは、非常ブレーキは運転手がマニュアル操作で掛けますが、それまでに地震発生を運転士に知らせる仕組みを作っています。このシステムには新幹線の沿線地震計、海岸地震計の情報も取り入れ、さらに、気象庁からの緊急地震速報のデータも取っています。それらを受信するサーバーが、先に基準値に到達した方の情報をトリガーとして、緊急停止が必要な区間を推定し、列車無線を使って「止まれ、止まれ、地震です」という自動音声で運転士に伝えて、緊急停止を指示します。

 さらに、首都圏と仙台圏では「防護無線一斉発報機能」といって、運転台でピーピー、ピーピーという音を鳴らして、エリア内の列車に一斉に緊急停止を知らせる無線システムを加えて整備しています。首都圏では東京タワー他2カ所にそのアンテナを持っていて、圏内全域で一斉に列車が止めることができます。以上が、列車の緊急停止の仕組みの概要です。

早期地震検知システムの概要

脱線しても逸脱を防ぐ

 次に、万が一、車両が脱線しても、逸脱させずに、被害を最小限にする取り組みです。先ほどもお話しした通り、新潟県中越地震では脱線した「とき325号」の台車部品が車輪のガイドになり、逸脱を免れたことがヒントになりました。台車の下にある車軸の軸端の外側にL型部品を取り付け、これを「L型車両ガイド」として、脱線した場合、レールをここでくわえ込み、車両を逸脱させないようにする仕組みです。これは2008年度に全ての新幹線車両に取り付けが終わりましたので、乗るときに見ていただけると、こういった角(つの)があるのが分かります。

 新潟県中越地震では、新幹線の脱線した車輪がレールの留め金(レール締結装置)を次々と踏みつぶし、壊してしまいレールが転倒したために編成の後半の車両が脱線してしまいました。その対策として「レール転倒防止装置」を開発しました。 留め金が破損しても、レールの転倒や大幅な横方向へのずれを防ぎます。レールが転倒しないので、仮に車輪が脱線しても車両のL型車両ガイドがレールをくわえながら進むことで、車両も大幅に横方向に逸脱することはありません。

 レールとレールの「継ぎ目」部分についても、新潟県中越地震では脱線した車輪がボルトを飛ばして継ぎ目が外れてしまいましたが、ボルトの頭が隠れるように継ぎ目板につばを付けるなどして、脱線した車輪がぶつからないよう、継ぎ目板の厚みや形などの構造を変えました。

L型車両ガイドの設置
宮下直人 氏 東日本旅客鉄道 常務取締役 鉄道事業本部 副本部長
宮下直人 氏
(みやした なおと)

宮下直人(みやした なおと) 氏のプロフィール
東京都生まれ、東京都立西高校卒。1977年東京大学工学部卒、79年日本国有鉄道入社、96年東日本旅客鉄道(株)新潟支社運輸部長、2006年鉄道事業本部運輸車両部担当部長、08年執行役員鉄道事業本部安全対策部長、10年から現職。

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