レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第86回「再生可能エネルギーの大量導入で変わる社会」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター ナノテクノロジー・材料ユニットフェロー 小名木 伸晃 氏

掲載日:2018年7月31日

小名木 伸晃 氏
小名木 伸晃 氏

民間企業から科学技術振興機構の研究開発戦略センター(CRDS)に移って1年数か月が過ぎました。研究・開発をしてきた前職との最大の違いは、研究内容や開発すべき技術が立体的に見えるようになったことです。ここでは、ひとつのテーマについて複数の有識者から話を聞くことが普通です。私自身、今は研究活動をしていませんが、さまざまな見方に触れることにより、研究・開発をより深く、幅広く見られるようになったと思っています。

CRDSの仕事は、世の中がどう動いているのか、それならばどうするべきかを調べて考え、「具体的に何をすればよいのか」を提案することです。たとえば、新しい化合物半導体材料が電力変換に有望そうだ、だからこの領域を強化しよう、というようなことです。そのためには物事を遠くまで見通すことが必要です。ものごとが立体的に見られるようになったことは、そのためにたいへん有益です。

私は企業の技術者でしたので、企業側の考え方や人のネットワークにはそれなりに恵まれていました。そして今はCRDSで、大学の方々とのネットワークに触れることができています。この両者が自分の中で融合しつつあることを実感しています。

私が担当する領域の一つは、環境とエネルギーに関わっています。特に、このさき電力がどうなっていくのか、そのためには材料やデバイスはどうしたらよいのかを、この1年ほど調査しつつ考えています。その中で重要と感じたことを、いくつか書いてみます。

再生可能エネルギーの普及で、電力の流れが変わる

世界で新しく導入される電力設備の投資額において、再生可能エネルギー関連の伸びが著しくなっています(*1)。再生可能エネルギーの発電コストが大きく下がり、既存の火力発電や原子力発電にコストのうえで対抗できると予測されています(*2)。その結果、再生可能エネルギーが大量に導入されると、何が起きるか。そのひとつが、経済原理に基づく電力の流れです(*3)。

ふつう電気は、発電所から利用者に向かって一方向に流れるだけです。ところが、再生可能エネルギーを大量に導入すると、この電気の流れが変わります。経済原理が持ち込まれ、それで決まるルートで電気が流れるようになるのです。

風力や太陽光は時間と共に変動しますから、これによる発電量も大きく変動します。一方、火力発電所などの電力はきわめて安定しています。使う側の立場で考えると、電力は変動しては困ります。ですから変動しない電力には高い価値があります。風力や太陽光による電力は変動しますから、そのまま工場の電源や家庭の冷暖房には使いづらい。したがって価値は低い。つまり、火力の電力は高価で、風力などは安価な電力として扱われることが自然です。

しかし、もし家庭に蓄電池があったらどうでしょうか。変動する電力であっても、いったん蓄電池にため、そこから電気を取り出せば安定して使えます。ですから、蓄電池を持つ家庭は、変動する電力を買っても差し支えないわけです。大電力が必要な利用者は、すべてを蓄電池に頼ることは難しいでしょうから、多少高価でも安定した電力を買って使う。一方で、蓄電池を持つ家庭は、変動しやすいが安価な電力を買って使う。時々刻々と変動する電力価格をにらみ、安いときに電力を買って蓄電池に充電しておくといった使い方もできます。あるいは、蓄電池にためておいた電気を、出回る電力が不足しているときに高く売ることもできます。こうして、経済原理に基づく電力の流れができるのです。これは面白い。目からうろこでした。

電気を「ためる」ための技術革新が必要

再生可能エネルギーが大量導入される時代には、たくさんの風車と太陽電池が必要になります。同時に、電気の貯蔵庫となる「エネルギーバッファ」も導入しなくてはなりません。わかりやすい一例が、上に述べた蓄電池です。

このほかに、太陽光や風力で得られた電気のエネルギーを熱に変えて保存し、必要なときにその熱を使って発電する方法も試みられています。電気のエネルギーを使って加熱した液体を魔法瓶にためておき、電気が必要なときに、その液体の熱で水蒸気を作って発電させるのです(*4)。熱を蓄えるには、高温になると溶けて液体状になる「溶融塩」とよばれる種類の物質を使います。火力発電は、火力による熱で作った水蒸気でタービンを回して発電します。溶融塩を使う方法では、太陽光や風力のエネルギーを熱として一時的に蓄えるわけですが、そのあとは火力発電と同じです。発電から電力が必要になるまでの時間差も、この方法だと問題になりません。コストが高い蓄電池も使わずにすみます。

余った電力で水を電気分解し、エネルギーを燃料となる水素の形に変えてためておくことも試みられています。化学物質としてエネルギーを保存する試みです。また、やはり太陽光を使うのですが、それで発電するのではなく、植物の働きをまねて、二酸化炭素と水から有機物を作る、水素ガスを作る、などを目的とする人工光合成の試みもあります(*5)。

再生可能エネルギーを大量に導入するうえで大きな課題と思われるものを、いくつか並べてみます。

  • 蓄電池の最大の問題はコスト。携帯機器用とは桁違いに大きな容量が必要です。たいへん高価になります。また、リチウムイオン電池は、たびたび火災事故を起こしています。大型の蓄電池で火災が起こると大変です。火災の起きない蓄電池を作る必要があります。
  • 風車の適地は、海の上が多い。台風で壊れず、潮風で腐食しづらいこと。海の中に安価に設置する方法を見出すこと。海底から硬い柱を立てたら、費用がかかりすぎるのではないでしょうか。
  • 風車の効率を上げるには、大直径化が必須です(*6)。ですが、そうすると軸受けの負荷が大きくなります。直径100メートルの羽根を支える軸受けは、壊れてもおいそれとは交換できません。強い軸受けを作るにはどうするのでしょうか。また、軸受けに過剰な負荷がかかりづらい構造とは、どのようなものでしょうか。
  • 発電したエネルギーを水素などの物質に変換する(*7)には、変動する電力で化学反応を安定に継続させないといけない。効率、寿命などが課題。
  • 半導体スイッチ素子の問題。太陽電池や蓄電池は直流、送電などの電力システムは交流です。電気の流れを自在に制御するには、交流直流変換を低損失で行う半導体デバイスが必要です。いまのところ、高効率な半導体は高価です(*8)。
  • 廃棄物の問題。太陽電池や蓄電池、風車などが大量に導入されれば、新たに開発される効率の高いデバイスなども含め、寿命を迎えるものが遠からず大量に出てきます。廃棄、リサイクルの問題が生じるのです。あとになって困らぬよう、捨てる、分解する、リサイクルすることを最初の研究段階から考えておくことです。
  • このように、再生可能エネルギーには、その導入に向けた課題がたくさんあり、使いにくい一面もあります。しかし、二酸化炭素の排出を減らし、化石燃料依存度を下げてエネルギー安全保障を確保することなどを考えると、その大量導入は不可避なのではないでしょうか。課題は多いですが、これはつまり科学技術の進展に期待されているということでもあり、やるべきことがたくさんあります。

発電・送電システムが根本から変わる新しい社会

たとえば電気自動車。走るための電力を火力発電所で作っていれば、二酸化炭素の排出場所が車から発電所に移るだけです。しかし、電気自動車のバッテリーを、再生可能エネルギーを家庭で安く購入してためておくための蓄電池と考えたらどうでしょう。そうすれば、家専用の蓄電池を使わなくてもよいかもしれません。新しい電力の流れの中に電気自動車を組み込んでしまうと、電気自動車は、たんなる走る道具を超えた新たな社会的役割を担うことになります。そのためには充放電の繰り返し可能回数を伸ばし、電池の寿命を長くしないといけません。また、急に遠出することを考えたら、いつも満タンとは限らないから、数分で急速充電できることも必要です。

電力系統に電気の一時貯蔵タンクとなるものを組み込むと、電力線に流すピーク電流を小さくすることができます。いまと同じ電力線で、もっと多くの電力を送ることができるともいえます。風力や太陽光の適地は、人のあまりいない、そこで電力を使わない地域に多くあります。そこで生まれた電力を直接、電力線に投入すると、電力線には大きな負荷がかかります。ですが、一時貯蔵タンク(たとえば蓄電池)を設ければ、ちょろちょろと長い時間に分散して流すことで、多くの電気を送ることができます。

今回は述べませんでしたが、製鉄は二酸化炭素をたくさん出しています。石炭を使って、さびている状態から使える鉄にするからです。一方、さびた鉄から酸素を外すことは、電気分解でもできます。二酸化炭素を出さない再エネ由来の電力が安価になれば、これで精錬できます。つまり別の製鉄方法もあり得そうです。ここにも大きなフロンティアがあると思います。

エネルギーという社会の基本が変われば、いまとは違う新しい日本が、そして世界がやってくるはずです。未来社会のあるべき姿をきちんと描き、そのときまでに何を準備しなくてはいけないのか。よく考えれば、わかることも多いはずです。そこには科学者、技術者にとってたいへん大きなチャンスが広がっており、ワクワクするような世界です。

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