レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第84回「日本発のデザインバイオロジー確立に向けて」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット 山本秀明 氏

掲載日:2018年3月22日

山本秀明 氏
山本秀明 氏

本稿のタイトルにある「デザインバイオロジー」は、核酸(DNA、RNA)やタンパク質、脂質や糖といった生命を構成する生命分子そのもの、そしてそれらが織りなすシステムを、これまでより高い精度で合理的に設計、デザインするための科学体系、指針のことです。

そう聞くと、「核酸やタンパク質を『設計』する事例は、バイオの世界には、もうすでにたくさんあるのでは?」とお思いになる方もいるかと思います。もちろんこれは正しく、医薬品などの形で応用に至っているものも、たくさんあります。しかし、これらの多くは膨大なトライ&エラーの果ての産物であり、華々しいいくつかの成果も、多数の失敗例の山の上に存在しているのが実情です。医薬品開発で言えば、一つの医薬品が市場に出るまでに必要な費用は数百億円※1とされています。もちろん、このすべてが「設計」の費用ではありませんが、バイオの世界の設計技術が未成熟であり、さらに高い精度での設計指針が求められていることを示すわかりやすい事例です。

本稿で示す提言の目的は、この新しい、高精度の設計指針を生み出す土壌を整備すること、そしてそれを用いてより高い精度で目的の分子、システム、細胞を創成、利用することにあります。次節以降で、今この概念が必要とされる背景、先進事例および技術的な課題、取り組みやその波及効果について述べていきます。

バイオテクノロジーをイノベーションの源泉に

まず、社会的背景として、Bioeconomy、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)について触れます。

Bioeconomyは2009年にOECD(経済協力開発機構)が提言した概念で、バイオテクノロジーが貢献する市場、産業を指します。OECD加盟国の合計で2030年には1兆ドル強に成長し、また製造業がそのうち40%の4220億ドル規模まで成長すると予測されています※2

一方、SDGsは2015年の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年を期限とする国際社会全体の開発目標設定です。これに関連し、EUや米国では、輸送用燃料のうち一定の割合を生物由来のもので代替することなどを目標に盛り込んだ政策が進められています※3、4、5。仏政府が2040年までにガソリン車の販売を禁止することを2017年7月に表明※6したのは、まさにこの一環であり、皆様の記憶に新しいところでしょう。

これらの概念の普及浸透に伴い、欧米各国は、バイオテクノロジーをイノベーションの源泉となる重要領域と位置づけています。その中でも、バイオテクノロジーを活用した生物によるモノづくりは、省エネルギーで環境負荷の少ない持続可能なプロセスであることから、近年大きな注目を集めています。

これらの動きを受け、わが国においてもバイオ戦略策定に向けてワーキンググループが発足し、戦略案の検討や取りまとめが今まさに行われています。

ヨモギに含まれる抗マラリア薬を酵母に作らせる新技術

「バイオテクノロジーを活用した生物によるモノづくり」が、省エネルギーで環境負荷の少ない持続可能なプロセスとして注目を集めるに至った背景には、合成生物学と呼ばれる新しい流れの生物学の応用と、情報処理技術の発展、融合があります。

従来の生物学は、生物を構成する要素を「一つ一つバラバラにして」調べる要素還元的な手法が主流でした。しかし近年は、そのような生物学で得られた知見をバックに、遺伝子組み換え技術などを利用し、「つくって」調べる手法の合成生物学が急速に台頭してきています。特に、近年開発されたゲノム編集技術により、これまで遺伝子の組み換えが困難であった多くの生物に対して、その操作が容易に行えるようになりました。また、生物の設計図である「ゲノム」、これを丸ごと作ってしまおうという試みもあり、目的のゲノムを自由に設計して手に入れることが可能な時代は目前に迫っています。

これらの技術を駆使し、目的の物質を生産したり、これまでにない機能を付与した細胞を作って応用利用したりする事例、取り組みが近年、急速に増えています。著名な成功例として、米国のバイオベンチャーAmyris(アミリス)による抗マラリア薬「アルテミシニン」の大量生産法の確立が挙げられます。アルテミシニンはヨモギの仲間の植物に含まれる物質ですが、その含有量は少なく、そのほか、天候不順などの影響を受けて生産量が大きく変動する、収穫までに長い日数を要するという問題もありました。Amyrisは、取り扱いの容易な微生物である酵母に植物由来の遺伝子を導入することで、アルテミシニンの前駆体であるアルテミシニン酸を生物的に生産させ、さらにこのアルテミシニン酸を化学変換してアルテミシニンを得るという生産プロセスの確立に成功し、大きな注目を浴びました。

Amyrisの他にも、米国では産官学による研究開発、およびその産業化が急速に進められています。公的機関としてはDOE(米国エネルギー省)、DARPA(米国国防高等研究計画局)、NSF(全米科学財団)などが主導して、大学や研究所における研究開発プログラムを進めています。また産業界からは、IT企業を中心として関連するベンチャー企業への大規模投資が行われており、その額は米国において2016年だけで1000億円近くに上っています※7

合理的な設計指針の不在

技術の発展に伴い、Amyrisの事例のような華々しい成功例もいくつか登場しました。しかしその一方で、それでも解決できない合成生物学の課題も、また浮き彫りになってきています。端的に述べると、「生命分子、システムの合理的な設計指針が存在しない」のです。

Amyrisが成功した要因の一つとして、大量の試作酵母を作製、評価するためのプロセスをシステム化、自動化し、徹底的な効率化を図った点が挙げられます。これにより、あたかもパソコンのオーダーメード注文のように、任意のDNA配列を持つ酵母を設計、構築することが可能になり、一菌株を作製するのに必要なコストは数ドルにまで低下しました。

では、そもそもなぜ大量の試作品が必要だったのでしょうか? 植物がもともと作っている物質を酵母に作らせたいのならば、植物が持っているその遺伝子を酵母に入れてしまえばそれでよさそうにも思えます。しかし、これを実行しようとすると、一般に以下のような問題を抱えることが多いのです。

  • ①異種由来の遺伝子が宿主の中でうまく発現しない。
  • ②酵素の活性が低い。
  • ③目的産物の中間体量が生育過程で変動する。多すぎても少なすぎても細胞に悪影響。
  • ④商品化に向けた製造に適した細胞を、研究室の小規模な実験で評価、選抜することが難しい。

それぞれの内容の詳細についてはここでは割愛いたしますが、現在の生物学は、これらの課題を解決できる合理的な科学的指針を持ち合わせていません。そこで、大量の試作品を作成し、うまくいったものだけを選ぶという方法がこれまで取られてきたのです。

Amyrisの事例では、およそ30弱の遺伝子を操作し、植物由来成分の生産を検討しました。これは言い換えれば、目的の物質を生産するシステムが、天然にはすでに存在している場合での検討です。それでも、実用レベルの酵母を作成するまでに、およそ1億ドルを要したとされています※8。より複雑なシステム、例えば光合成能(関わる遺伝子数は数百~数千種と考えられています)や、天然にはまったく存在しないシステムを設計し、実用レベルの高い完成度まで磨き上げるには一体どれほどの資金を要するのか、皆目見当もつきません。

近年の合成生物学関連の技術向上は確かに目覚ましいのですが、それはあくまで天然に存在しているものを流用、改変して組み合わせて評価するための技術の範疇であり、依然として、その効率性には課題が存在します。より複雑な、あるいは天然に存在しないまったく新しい分子やシステムを設計、利用することは、時間や予算の制約から現段階ではほぼ不可能でしょう。実現するには、分子やシステムをより高い精度で設計するための指針の確立が必要不可欠と考えられます。

要素技術を統合して、日本発のデザインバイオロジーを

そこで今回提案するのは、生物学的知見の統合、構造化を通じた設計精度の向上です。具体的には、生命分子とシステムの関わりを整理していくことで、障害となる事項を明確にし、その回避策を考えていくというものです。具体例として、さきほどの課題①に対する取り組みの案を述べます。

教科書的には、生物の遺伝情報は「DNA→RNA→タンパク質」と伝達されていくことになっています。しかし、実際にはDNA(遺伝子)を導入したからといって、すんなりタンパク質までたどりつけるわけではありません。DNA、RNA、タンパク質のどの段階にも、生体内にはある種の品質管理のような制御システムがあり、異種遺伝子に由来する分子などは、場合によっては分解、排除されてしまいます。また、それらをくぐり抜けてタンパク質まで出来上がったとしても、それがもたらす様々な影響(合成、分解などの細胞内リソースへの負荷増大など)によって、細胞が健全に生育することができなくなってしまう場合もあります。これらの裏を返せば、さきほどの制御システムをすべてくぐり抜けて細胞が許容できるリソース内で機能するものを設計すれば、課題①は解決できると考えられます。

では、現状でそういったものを設計することはできるのか? というと、残念ながらNOと言わざるを得ません。しかし、その一つ一つの要素、DNA、RNAやタンパク質の制御、品質管理といった研究分野に関しては、日本人研究者も大きな存在感を発揮しています。これらの研究で解明された「障害となりうる生命システム」「その生命システムにひっかかる原理とその回避方法」を把握、統合していくことができれば、わかっている落とし穴を回避するための指針、ガイドラインは徐々に整備され、設計精度は向上していくでしょう。それでも設計精度100%を達成するのは困難だとは思いますが、予測通りに行かないその部分にこそ、新たな発見が眠っているとも考えられます。設計指針の策定と、その実践過程での新たな発見のサイクルを回すことで、本稿のタイトルに掲げた「日本発のデザインバイオロジー」を進めていけるのではないかと考えています。

その波及効果としては、生物を用いた有用物質の生産はもちろんのこと、生命現象をより高度に応用利用したバイオツールの開発による科学の深化が考えられます。これらにおける革新は食料、健康医療、環境、エネルギー、素材といった産業分野の成長、創出にもつながっていくでしょう。

このテーマについては今後、日本と海外の産官学における動向の調査を進め、具体的な研究開発課題と推進方法、社会・経済に与えるインパクトを考察し、刊行物としてまとめていく予定です。

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