レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第80回「2050年以降のエネルギー社会の予想を通して考えたこと」

2017.08.01

髙橋玲子 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 環境エネルギーユニット

 研究開発戦略センター(CRDS)の環境・エネルギーユニットに着任して間もなく、「2050年以降の世代が直面するエネルギー関連の課題を科学技術により解決するためには?」という課題をいただきました。大変重い課題だ…と思ったと同時に、こうした仕事に携わることができるチャンスもなかなかないだろうな、と感じたことを覚えています。このテーマに関わりながら、気づいたことをいくつか書いてみたいと思います。

未来予想はなぜ難しいのか?

 そもそも科学技術の未来予想はなぜ外れるのでしょうか、また、どうしたら当たるのでしょうか。この問いへのヒントを探るために、現代社会においてどのような科学技術が実用化されているかを1901年に予測した「二十世紀の豫言」※1を分析したことがありました。

※1「二十世紀の豫言」は1901年1月2〜3日付「報知新聞」の紙面で掲載された。

 すると、科学技術の分野によって正解度に差があることがわかりました。情報通信分野では、「無線電話が世界中に通じる」「電話には相手の画像が見える装置がつく」など大当たりです。それ以上に現在では、当時の「もしもし」の概念をはるかに超越した多くの科学技術が実用化されています。移動手段でも、「機関車は大型化し快適。東京・神戸は2時間半、ニューヨークには一昼夜」「大都会では鉄道は空中や地中を走る」など、これまた大当たり!これらの分野の正解度が高いのは、この文書が発表されたのはモールス信号の発明や鉄道開通など、通信や移動の斬新な手段が登場し始めた時期であり、ゴールの姿が想像しやすかったためかもしれません。

 ここで登場する未来の科学技術は当時の人びとの「願い」を満たす科学技術に他なりません。つまり、未来予測の的中率を上げるには、想像力を働かせて将来社会の姿を思い描きながら、その当時の人びとの「願い」をいかに的確に予想するかにかかっていることに、気付きました。

「エネルギー」の未来予想の難しさの背景にあるもの

 エネルギーの分野についても「薪、炭、石炭の燃料が電気に変わる」「琵琶湖やナイアガラの水を使い水力発電し、全国内に送電」など、事象に限れば予想は大きくは外れていません。しかし、定量的には正解でしょうか?なお、環境の分野については「サハラ砂漠は沃野に変わる」「気象観測技術が進歩し天災予測可。防止も可」など、地球環境問題を科学技術によって克服する難しさや規模感については、当時の人びとはかなり楽観的に捉えられているようです。

 エネルギーの未来予測が難しい理由には、単なる「願い」の予想以外にも、理由があるように思えます。それは、人びとの関心がエネルギーそのものの存在ではなく、エネルギー利用による動力、照明、空調、情報通信、輸送などの派生需要にあり、そこに価値を見いだすからではないでしょうか。そして、こうしたエネルギーの特徴が、質的・量的の両面でその存在を気付きにくくしているようです。エネルギーの恩恵が目に見えにくいにもかかわらず、エネルギーは全ての社会生活の根源を支えています。時々刻々と変化する必要量にあわせて完璧に供給するための巨大なシステム、それを支える技術にまで考えが及ばないのは、エネルギーの本質に起因する宿命なのかもしれません。

 私は以前、電力や交通などインフラシステムの環境影響を評価する手法開発に携わっていましたが、エネルギーがもたらす価値をどう可視化するかについて、幾度も悩みました。昨今注目を集める国連の持続可能な開発目標(SDGs)の17項目の一つにエネルギーも挙げられています。エネルギー問題に関しては、可視化の方法に社会の理解をいかに得ていくことができるかが、極めて重要な鍵になると考えます。

若手研究者は「未来のエネルギー社会」をどう見ているか

 昨秋、CRDSでは工学系の学会に所属する若手研究者約20名が、未来の社会像やキードライバーとなる技術について自由に議論するワークショップ「未来のエネルギー社会のビジョン検討」を開催しました※2。このワークショップの参加者から、「将来のエネルギーを語るには、社会の構造変革や人間の意識変化についての議論が大切」との意見がありました。このような意見が、工学系の第一線の研究者たちから自発的に発せられたことに望外のうれしさを覚えました。エネルギーの価値の可視化の議論が、社会との接点を巡るブレーキングポイント(突破口)になるのでは、と感じた次第です。

※2 関連リンク参照

 こうした参加者からの指摘も踏まえて、「未来のエネルギー社会のビジョン検討」の続編のワークショップをセミクローズドの形式で今年の秋に開催する計画をしています。今回は、工学系と人文・社会系の参加者が一堂に会して、未来のエネルギー社会に関する議論を展開する予定です。

 また、ワークショップの進め方にも工夫を加えるつもりです。未来について議論する方法論は、以前から欧米を中心に研究が進められています※3。こうした方法論を取り入れることにより、プロセスの可視化や、参加者の議論への参画の深まりが期待されます。今回は、「ホライズン・スキャニング手法」※4を参考にすることにより、今までは取りこぼしてきた(かもしれない)社会変化のきざしをとらえ、議論に活かしていくことを目指します。

※3 参考:科学技術・学術政策研究所「レポート:ホライズン・スキャニングに向けて −海外での実施事例と科学技術・学術政策研究所における取組の方向性」

※4 鷲田祐一編著『未来洞察のための思考法 シナリオによる問題解決』勁草書房

未来の願いにいかに応え、脅威にいかに備えるべきか

 エネルギーに関連する科学技術に限りませんが、「二十世紀の豫言」に登場する多くの「願い」が、科学技術により既にかなえられています。その一方で、技術的には確立していても、利用に社会の合意が得られない、経済的に成立しないなどの理由で、十分に人類に恩恵をもたらしていない科学技術も数多く存在しています。科学技術の方が先に開発されて、社会のニーズがあとからついて来ることもあります。このように我々の歴史においては、社会からの要求と科学技術の発展がバランスよく進んできたとは限りません。

 願いを満たすため以上に、深刻な状況(すなわち我々の生存への脅威)に対処するための科学技術利用の是非や開発の方向性について我々が判断を求められるのは、それほど遠い将来のことではないかもしれません。人類は全知全能の神ではない以上、歴史には多くの過ちが散見され、後世から見ると常に正しい判断をしてきたとは言えません。しかし、我々の現在の生活基盤は、先人たちがよりよい社会を築くために、必死に試行錯誤や交渉を重ねた歴史があったからこそ成立しているのです。こうした決断と達成に向けた努力に思いを馳せつつ、現実を直視し、ひたすらに最善の道を模索していくことが大切ではないでしょうか。そのような姿勢もまた、混沌とした未来のエネルギーの議論に必要不可欠と感じています。

「未来のエネルギー社会のビジョン検討(第二回)」の結果はJST CRDSのホームページ等で報告していきますので、ご意見やご感想をいただけましたら幸いです。

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