レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第76回「政策を合理的に導くためのデータプラットフォーム構想」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 科学技術イノベーション政策ユニット 原田裕明 氏

掲載日:2016年12月26日

原田裕明 氏
原田裕明 氏

私は現在、「科学技術イノベーションにおける政策のための科学」という事業に関わっています。この長い名称の事業について手短に説明すると、新しい科学研究や画期的な技術開発を促すための国の政策を、できるだけ合理的に立案していこう、そのために必要な方法論を作っていこうというものです。

科学技術イノベーションの政策立案・実施の流れは社会の中から課題を拾い、政策を実行し、社会に作用する、というサイクルから成ります(図1)。このサイクルは他の政策立案でも同じでしょう。この中で、「現状の把握・分析」の部分に現状を見るためのデータが必要となります。また「政策の決定・実施」の後では「社会・自然」に与える影響を評価することも必要です。

私が属するチームでは、特に政策を立案する際の客観性の裏づけとなるデータベース群を使いやすく整備した上で、いろいろな数値シミュレーションを行って、政策の効果を事前に測れるようにすることを目標として進めています。私たちの構想では、このようなデータベースやシミュレーターを含む環境全体を「データプラットフォーム」と呼んでいます。

図1.科学技術イノベーション政策を作るための基本的な流れ
図1.科学技術イノベーション政策を作るための基本的な流れ

すでに文部科学省の関係では、学校・大学の定員数や進学率などの教育の基礎データ、競争的研究資金(優れた提案を選んで研究資金を支給する仕組み)のデータ、科学技術の未来予測に関するデータ、研究の成果である論文のデータ、出願特許のデータなどさまざまなものが蓄積されつつあります。このようなデータベース群を有機的につないでいくことで、わが国の科学技術の現状をリアルに表すデータの集合を作ることができます。 そのようなデータの中から物事の因果関係を探り、客観的な根拠を示しながら、最も有効と考えられる政策を合理的に導く、というのが私たちの考える「データプラットフォーム」の理想像です。

私たちはこの「データプラットフォーム」を、省庁(とりわけ科学技術イノベーションに関係が深い文部科学省)の中で、実際に政策立案に携わっている担当者の方々に使ってほしいと考えています。マーケティングの用語を使うと、その方々はデータプラットフォームの重要な想定ユーザーということになります。

タイヤのブランコ

ここで別の業界を見てみましょう。コンピューターのソフトウェア開発では「要求定義」という重要なプロセスがあります。顧客がコンピューター・システムにどのような機能を望むかを聞き取り、それを設計書に正確に反映させる作業です。大勢の関係者の聞き取りから、本当に必要とされる機能を正しく分析しておかないと、コンピューター・システムができあがった後になって大きなトラブルを招きます。ここで重要なのは、それぞれの要求を正しく把握すると同時に、システム全体が目的にかなう働きをすることを保証することです。ある特定の部分だけが際立って素晴らしくても、全体のバランスが崩れては意味がありません。さらに、多数の人が関係した仕事では各人の解釈に違いが出てきます。図2の絵はすでに40年前にこの要求定義の難しさを風刺したものです。タイヤのブランコがほしかった顧客が目にしたものは……。

図2.ブランコのさまざまなイメージ  [出典※]
図2.ブランコのさまざまなイメージ [出典]

デザインのセンス

政策の立案においても、現場を動かす仕掛けから始まって、それが積み重なって社会全体の変化に至るという過程を「デザイン」するセンスが求められると、私は考えます。デザインしようとする「政策」の「顧客」は「国民」ですが、国民全体の要望を的確につかむことが容易でないことは明らかです。まず現実の社会において互いに利害が絡む多数の人びとの意見を一つの「顧客のニーズ」として単純に集約することが至難です。さらに問題は政策の効果が現われるまでに時間がかかることと、政策の効果を測る適切な尺度を見つけにくいことです。

このように複雑で捉えどころのないものをデザインするためには、人や社会の入り組んだ関係を現場目線でリアルに見るとともに、高い視点から全体を俯瞰することの両方が必要です。「一本一本の木を詳しく見ると同時に、森全体の形を見る」と例えることもできます。一本の木を詳細に観察するには、もちろん政策立案者が現場を見るのが一番ですが、それだけでなく、各所の政策研究者の協力によって詳しい事例の記録が徐々に蓄積され、利用できるようになってきています。また、森全体を見ようとするときには、データプラットフォームが提供しようとするさまざまな調査データ群が役立つはずです。今や、「木と森を両方見る」ための環境が整いつつあるといえるでしょう。そしてデータを使って論理的に政策立案が行われれば、解釈の間違いから予期しないものができあがるのを避けることもできるでしょう。

オープンな環境へ

このように「政策のための科学」のデータプラットフォームは、政策の立案という複雑で難しい仕事を少しでも合理化できるよう、支援していこうとするものです。しかしさまざまな政策立案者からの多種多様なリクエストに答えるためには、データプラットフォームが提供しようとする基本機能だけではおそらく足りないでしょう。オープンな環境の中で、多くの研究者も参加して、研究事例や研究用ツールがどんどん蓄積され、そこからまた政策の立案者がヒントを得る、といった成長の仕組みが理想的です。それによって、データプラットフォームが政策の立案者と、政策の研究者との意見交流の場となることもできます。将来的には、政策作りの専門家に限らず、広く国民の知恵を借り、理解を得る場にもできるでしょう。

現在、以上のような構想のもとで、データプラットフォームの設計を進めています。想定ユーザーが求めるものを整理して、試作とユーザー評価を繰り返しながら、有用なものに近づけていく予定です。もちろん、そうした活動の中でおかしなブランコを作ってしまわないように注意することはいうまでもありません。

※ 出典 THE PROJECT CARTOON.com BETAギャラリーにあるHow Projects Really Work (version 1.0)から引用。

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