レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第73回「環境分野における基盤技術の研究開発動向と今後の方向性」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット 松本 麻奈美 氏

掲載日:2016年7月15日

日本における環境問題への本格的な取り組みは、戦後の急速な高度経済成長期に生じた公害への対策から始まったといえる。戦後、日本では、工場から排出された水銀やカドミウムなどの重金属による水質汚染や、硫黄酸化物などによる大気汚染が、各地で深刻な被害をもたらした。その後、酸性雨やオゾン層破壊、地球温暖化など、人間活動による定常的な物質の排出が引き起こす地球規模的な課題が広く認識され、国際的な取り組みが行われるようになり現在へと続いている。こうした変化に伴い、人間が自然を汚染するという構図から、人間活動も「地球システム」の一部として捉える構図へと観点が推移し、その地球システムを持続可能にするための取り組みが行われるようになってきている。

このような拡大かつ複雑化する環境分野の現状を正しく理解し、またその課題に対処するため、観測・計測技術と予測・評価技術による科学的データの提示は今後いっそう重要な役割を担うことになると思われる。本レポートでは、さまざまな課題に共通する重要な基盤技術である観測・計測技術と予測・評価技術の、最新動向と今後の方向性について述べる。

[1]観測・計測技術

環境分野の観測・計測技術は、対象や手法が多種多様であり、時間的、空間的スケールもさまざまである。ここでは以下に三つの方向性を示す。

第一の方向性は、継続的に努力が続けられている「高感度化」である。例えば、微小な液滴をプラズマ内に導入できる噴霧装置や、ナノ流路での表面張力を利用した制御装置などが開発され、わずかな試料中の超微量成分の分析が可能になりつつある。検出方法に関しても、キレート樹脂の微量金属分析への利用などさまざまな工夫が行われ、これらが高感度化に貢献している。こうした技術により、省試料化や省試薬化が進んでいる。

第二の方向性は、「分析対象の拡大」である。低温プラズマが開発され、プラスチック、繊維、紙、生体など、熱に弱い物質の分析も可能となりつつある。また、散乱光の偏光特性を利用したエアロゾルの形状と組成の把握のように、通常行われるような物質の特定と量の検出のみならず、微粒子の形状や組成、状態の把握技術も進展している。

第三の方向性は、「網羅性と情報処理技術の融合」である。これまでの分析では、対象物質ごとに異なる手法が存在していたが、膨大な物質を同時かつ網羅的に把握できる手法の開発が進展している。それに伴い、大量のデータを処理する情報処理技術の活用が必然となり、検出や測定の自動化を行うソフトウェアの開発やライブラリの整備が進められている。こうした技術により、何があるかが不明でも存在する物質を網羅的に分析することが可能となり、有害物質を取りこぼしなく把握できる。また、増加し続ける管理対象化学物質の効率的なモニタリングも可能となってきている。

[2] 予測・評価技術

予測・評価技術については、過去および現在を再現し、未来の状態や起こりうる現象を予測するため、モデルの開発と、そのモデルを用いたシミュレーションが行われている。未来予測については以下の二つの方向性が挙げられる。

第一に、「モデルの統合」が大きな流れとなっている。代表的な例として、気候変動に関する取り組みでは、地球温暖化の予測または影響把握を目的として、関連する多種多様なモデルを統合した複雑な地球システムモデルが構築されつつある。地球システムとそこでの現象を把握するため、地球システムに作用する要素として土地利用などの人間活動も統合され始めている。今後はこのような人間活動の取り込みが重要となってくるであろう。

第二の方向性は、「モデルの比較」である。対象やスケールが異なるさまざまなモデルが開発され、その精緻化や高解像度化が進んでいる。代表的なモデルを相互比較する国際的なプロジェクトが存在するが、現状では不確実性をより縮小するための要素に関する各論的な研究や変数の追加が盛んに行われている。今後はそれらを整理し比較する取り組みが求められる。

[3] 1と2の技術に共通する重要ポイント

観測・計測技術と予測・評価技術に共通する二つのポイントについても取り上げたい。

第一に、モニタリングやモデルの運用を「長く継続して実施すること」が重要である。環境は変動に対し長期スパンで応答するため、長期の継続的な観測・計測と、その解析による予測・評価が欠かせない。観測・計測によるデータの積み重ねが、予測・評価技術を進展させる。長期継続のためには、観測・計測の効率化や自動化、広域化と、データの集約や共有、さらには、機器やネットワーク、データベース、モデルの維持管理が重要であり、そのための資金と人材の確保が求められている。

第二は、多くの利用者にとって「扱いやすい技術体系を目指さなければならない」という点である。高感度で精密な観測・計測技術や、精緻かつ複雑なモデル開発が、現象解明などの研究活動で重要な役割を果たす。一方で、地球規模で多地点かつ大量のデータを取得する技術とそのデータを用いた予測技術の場合、扱いやすさが重要となる。例えば、気候に関連する研究では、モデル計算に用いるためにネットワークによる同質のデータが必要であり、統一された観測・計測技術と、得られたデータの集約と解析が不可欠となる。このため、モニタリングや現場での観測を想定した安価、簡易、可搬的な観測・計測技術が重要となる。また、使いやすさを考慮した予測・評価モデルの構築が必要とされる。

現在、気候変動や大気汚染、生物多様性の減少など、地球規模でのさまざまな環境の課題が顕在化しつつあり、その解決やさらなる顕在化の抑制が急がれている。このような課題に対し、現状を把握し、将来予測を行い、そこから得られた知見に基づき、各課題に適した対策を行うことが科学技術の貢献として求められている。その期待に応えるための基盤技術として、観測・計測技術と予測・評価技術の重要性を訴えていきたい。

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