レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第67回「おもしろきことを求めて」

2015.11.24

宮下 哲 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センターナノテクノロジー・材料ユニット

宮下 哲 氏
宮下 哲 氏

「おもしろき こともなき世を おもしろく」。

 幕末の志士、高杉晋作の辞世の句として有名な言葉である。解釈の仕方は諸説あるようだが、私は「おもしろくない状況であるのならおもしろいと思えるように工夫すればいいじゃないか」と解釈している。私は常日頃からおもしろいことを求めている。それは関西生まれ・関西育ちという気質が原因なのか、単におもしろいことが好きなだけなのかよく分からないが、とにかくおもしろいこと、ワクワクするようなことが好きなのである。

 「おもしろい」という言葉にはさまざまな意味があり、人によって感じ方が異なると思うが、今回私は「新しいものを産み出すときのおもしろさ」について自身のこれまでの経験も踏まえて触れたいと思う。1つ目は、研究者として今までの常識を覆すような科学的発見をしたいという思いに起因する「おもしろさ」に関する話題であり、2つ目はその科学的発見を学術界の進歩に留まらせるだけではなく、社会全体に大きな変革をもたらすまでに発展させたいという科学技術振興機構(JST)職員としての思いに起因する「おもしろさ」に関する話題である。共通して言えることは、「私が考える“おもしろさ”とは知的好奇心をくすぐるものである」と言えるのではないかと思う。

「おもしろき」研究テーマを見つける難しさを痛感した研究者時代

 1999年春、私は大阪大学で4年次からの配属先を決めるための研究室めぐりをしていた。単に「これはおもしろい」と思える研究がしたいと考えていた。そんな折、物性物理学分野の世界トップクラスである川上則雄(かわかみ のりお)先生(現在、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻教授)に出会った。当時の私は川上先生のことをよく知らなかったが、他の先生から「彼は修士課程で大きな成果を残し、若くして大阪大学教授になった」という話を聞いて、川上研訪問の際に思い切って「どのようにして先生は大きな成果を出すようなテーマを見つけたのですか?」と聞いてみた。

 そのとき川上先生は、「真におもしろい研究テーマはどこに潜んでいるか分からない。しかもそれは自分で見つけねばならず、第三者が与えてくれるものからは本当に大きな喜びは得られない。そんな雲をつかむようなものをしっかりとつかみ取るためには常にアンテナを張り巡らしておくこと。確かなアンテナを張るためにも基礎学力・知的好奇心・探究心を磨きなさい。そしてもし本当におもしろいと思えるテーマを見つけたときには、昼夜を忘れるほど没頭し、誰よりも早く結果を出しなさい。なぜなら同じような時期にそのテーマをおもしろいと思っている研究者は世界に少なくとも3人はいる。彼らに先を越されては大きな喜びにはつながらない」とおっしゃった。

 この言葉に感銘を受けた私は即座に川上研究室への配属を希望し、幸運にも以後5年間、川上先生に師事することができた。結局、私の基礎学力・知的好奇心・探究心のいずれかが十分でなかったのか(全てが不足していた可能性も否めない)、川上研時代およびその後の分子科学研究所での博士研究員時代も含め、研究者としては「真におもしろきテーマ」に出会うことができなかった。ただ、「おもしろき」ことを見つける難しさだけは実感することができた。

JSTに入職して経験できた(経験できそうな)新たな「おもしろき」こと

 そして、心機一転、科学技術に関わる新たな「おもしろき」ことを求めて、JSTに入職したのが2009年秋。最初に配属された戦略的創造研究推進事業では、4年間CRESTを担当し、世界トップクラスの研究者やその関係者と出会うことができた。またその後の半年間の文部科学省出向時代には、それまでほぼ無関係であった法律改正の業務に従事することでこれまで接点のなかったさまざまな人との出会いがあった。やはり困ったときに助けてくれるのは「人」であり、「人」との出会いによってさまざまな考え方や知識が得られ、自分の視野が広がると感じた。JST入職以来の4年半で「人との出会いもまたおもしろきこと」ということを経験できた。

 そして現在、私はJST研究開発戦略センター(CRDS) ナノテクノロジー・材料ユニットに所属している。CRDSは「我が国社会経済の持続的発展のための科学技術イノベーション創出の先導役となるシンクタンク」であり、ナノテクノロジー・材料ユニットの他、環境・エネルギーユニット、システム・情報科学技術ユニット、ライフサイエンス・臨床医学ユニットの4つの科学技術分野ユニットと、科学技術イノベーション政策ユニットおよび海外動向ユニットを合わせた6つのユニットで構成されている。4つの科学技術分野ユニットの主な業務は、(1)それぞれの分野の研究動向・政策動向を俯瞰・分析し、(2)国として推進すべき新しい研究開発戦略を提言することである。

 CRDSが提言する研究開発戦略とは、それを遂行することで我が国が直面している社会的課題(環境エネルギー問題、少子高齢化問題、資源枯渇問題など)の解決に貢献し、我が国の持続的発展につながるものでなければならない。政策決定者が研究開発投資する価値があると認め、研究者が熱意を持って取り組むものでなければならない。つまり、提言するわれわれだけでなく、政策決定者側や研究者側にとっても「おもしろき」内容でなければならない、というのが私の持論である。

 では、「おもしろき」研究開発戦略はどのようなもので、どのようにして産み出せばいいのか。私は「異分野融合・連携型」と「一流の研究者の議論を戦わせる場の設定」がキーワードになるのではないかと考えている。

 後者の「場の設定」に関しては、2003年と04年にCRDSが主催した2つのワークショップが大変参考になる。03年の会議では「物理系」、04年の会議では「化学系」のそれぞれ世界的に著名な(かつ、確かな“アンテナ”を持つ)トップサイエンティスト約30名を集め、夜を徹して将来の物質科学研究の未来戦略についての議論がなされた。そのアウトプットとして最も有名なものが「元素戦略」である。

 「元素戦略」は04年の会議で提唱され、07年にCRDSから戦略イニシアティブとして提言がなされた。その後、文部科学省・経済産業省による日本初の府省連携プロジェクト、JST戦略的創造研究推進事業(CREST、さきがけ)やJST国際科学技術共同研究推進事業(SICORP) などの大型予算プロジェクトへとつながっている。さらに、米国、欧州においても日本の「元素戦略」を参考にした同様の取り組みが開始されている。このことから「元素戦略」は、我が国だけでなく諸外国においても重要なテーマ、つまり「おもしろき」テーマであると認識されていると言える。

 また、前者の「異分野融合・連携型」に関しては、「元素戦略」を始め、当ユニットから過去に提言した「おもしろき」研究開発戦略である「分子技術」「空間空隙制御技術」「マテリアルズ・インフォマティクス」などは全て「複数分野の研究者が一体となって取り組むことで初めて新たな価値を創出できる」ことが共通点と言える。研究開発戦略が「おもしろき」ものであるためには「異分野融合・連携型」であることが1つの要素ではないかと考えている。

 したがって、「おもしろき」研究開発戦略を産み出すための一つのシナリオは、(1)基礎学力・知的好奇心・探究心を日々研鑽している一流研究者を一堂に集め、(2)ある程度専門性が近い研究者同士で意見を戦わせることで今後重要となる方向性を見出し、(3)得られた方向性が一つの分野に閉じていないかを総合討論で検証し、「異分野融合・連携型」のテーマを抽出すること、ではないかと個人的には考えている(もちろん、他にも有効なシナリオは多数あるはずである)。さらに重要なことは、その生産過程の初期段階から、研究者、政策決定者、そして研究者と政策決定者との橋渡しの役割を担うCRDSが三つ巴になって積極的かつ主体的に関わり、三者が「自分ごと」として認識することではないかと考えている。

 私は、このような新たな「おもしろき」研究開発戦略を産み出すポテンシャルを持ち、私の知的好奇心を大いにくすぐってくれるCRDSという環境の中で仕事できることを非常に楽しんでいる。「新しいものを産み出す喜び」を味わうために、私は今、ナノテクノロジー・材料分野の俯瞰活動の中で、物質科学分野の将来の研究目標や明確な方向性を検討するためのワークショップを「物理系」「化学系」それぞれで企画している。そのワークショップの主要メンバーは物質科学分野の未来を背負っていくべき若手研究者で構成する予定である。

 近い将来、このワークショップから産み出された新たな「おもしろき」研究開発戦略が戦略的創造研究推進事業などで実施され、日本中のトップサイエンティストが熱心に、かつ、楽しく研究に取り組んでいる姿を目の当たりにできることを夢見て、今回のローンチアウトを締めくくりたい。

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