レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第66回「ICT、ビッグデータ活用による医療の最適化に向けて」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット 矢倉信之 氏

掲載日:2015年10月20日

1 現状認識:超高齢社会の状況

少子化・超高齢化の進展、それに伴う毎年の医療費・介護費の増大など、わが国の社会保障をめぐる深刻な状況については報道等で既に広く知られているかと思いますが、改めて具体的なデータで、まずは現実を直視してみて下さい。

表1は「高齢社会白書(内閣府)」「医療費の動向(厚生労働省)」「介護費等の動向(国民健康保険中央会)」などの資料を基に作成したもので、将来予測(1)は2025年または2040年の状況を予測しています。さらに長期の2060年の予測値も出ているところは将来予測(2)に入れています。

表1.少子高齢化・社会保障に関連する主なデータ
2010年 将来予測(1) 将来予測(2)
総人口 約12,800 万人(2010) 約10,700 万人(2040) 約8,700 万人(2060)
生産年齢人口(15 ∼64歳) 約8,100 万人(2010) 約5,800 万人(2040) 約4,400 万人(2060)
高齢化率(65 歳以上の高齢者()の割合) 23.0%(2010) 36.1%(2040) 39.9%(2060)
1人の高齢者を支える生産年齢人口 約2.8 人(2010) 約1.5 人(2040) 約1.3 人(2060)
死亡数 約120 万人(2010) 約167 万人(2040) 約154 万人(2060)
出生数 約107 万人(2010) 約67 万人(2040) 約48 万人(2060)
医療費 約36.6 兆円(2010) 約54.0 兆円(2025) -
介護費 約7.9 兆円(2010) 約19.8 兆円(2025) -

総人口は2010年をピークに既に減少を始めており、やがて1億人を下回るのは確実と見られていますが、これは主に少子化によるもので、65歳以上の高齢者数は今後もしばらくは増加を続け、2042年にピーク(3,878万人)※1 になると予測されています。そのため、人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は2013年には既に4人に1人以上(25.1%)となっていますが、2060年には約4割に、75歳以上に限っても4人に1人以上(26.9%)※2 になるとの予測も出されています。国民が負担する医療費・介護費も増加を続けています。

※1 出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)― 平成23(2011)年 ∼平成72(2060)年 ―」。

※2 出典:平成26年版 高齢社会白書

2 医療ビッグデータへの期待

このままでは、現状の医療提供体制を将来にわたって維持し続けるのが困難であるのは確実です。政府もさまざまな医療制度改革を検討・実施してきていますが、われわれはこの問題について、主に科学技術の面から何かできないか、有効な医療を効率的に、国民に広く提供し続けるためにはどのような技術の研究開発が、あるいは研究開発を支援する仕組みが必要か、などを検討しているところです。

そのために今着目しているのが、ICT(情報通信技術)や、健康・医療・介護に関連するさまざまなビッグデータを活用する技術です。

例えば現在、公的な医療ビッグデータであるレセプト情報・特定健診等情報データベース(通称:ナショナルデータベース = NDB)やDPC(Diagnosis Procedure Combination:診断と治療内容の組合せに基づく患者分類)のデータと、地域別将来推計人口のデータなどを用いて、都道府県別の将来の必要病床数の推計などが試みられています※3 。また同様に、介護保険のデータベースを活用した分析についても試みが始まっています。このような医療ビッグデータや、公的なデータに限らず人の生涯で発生するさまざまなデータを活用して、さらに詳細で精度の高い分析、将来予測や医療技術の評価が可能になれば、限られた医療資源(医療従事者、医療施設など)の配分の最適化に向けた、医療関係者・行政関係者の認識共有や納得感を得るためのさまざまなデータを示せるようになることが期待できます。

※3 出典:社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」など。

 図1.人の生涯で発生する健康医療関連データ
図1.人の生涯で発生する健康医療関連データ

3 一人ひとりに適切な医療を

またビッグデータは、さまざまなデータ解析の技術、例えば最近再び注目を浴びている機械学習や、データ収集技術、画像解析技術などを活用して、個人ごとの将来の疾病発症や重症化を高精度で予測するのに用いたり、類似症例を高速で検索して医師の診断・治療を支援するシステムの開発に用いたりすることも期待できます。

人は皆、どんなに健康で丈夫な体を持って生まれたとしても、歳を重ねるにつれてどこか具合が悪くなっていきます。下の図は、年齢と共に健康ステージが変化し、病気を発症後重症化すると、一時的に回復する場合があっても再び悪くなってやがて介護が必要な状態となり、最後は死に至る、という状態を示しています。特に重症化以降の丸く囲んだところが医療費・介護費が多くかかり、QOL(生活の質)も低下して患者本人も非常につらい期間です。ビッグデータを活用して個人ごとの高精度の予測、適切な二次・三次予防ができれば、この期間をなるべく短くし、自立して日常生活ができる期間をより長くすることができるようになるでしょう。

 図2.人の生涯で発生する健康医療関連データ
図2.人の生涯で発生する健康医療関連データ

ただ、「医療ビッグデータ活用」と言うのは簡単ですが、実際には、目的も構造も違うデータベースをどのように連携させるか、個人のデータの場合はどのように集め取り扱っていくか、活用できる技術を持った人材をどう育てていくかなど、課題はたくさんあります。われわれはこれらの課題を意識しながら、超高齢社会における医療の最適化に向けた提言が出せないか、調査検討を進めているところです。

超高齢社会の問題は、ビッグデータ活用で全てが解決するような簡単な問題ではないのはもちろんですが、質の高い医療を広く国民に提供し続けられるように、そのための方法の一つとして少しでも役に立てればと願っています。また、実際に効果を出していくためにはデータ活用に関する社会の受容性向上や、行政組織の垣根を越えたデータベースの連携が重要であり、個別の研究者の努力だけでなく国民を含めた国全体の意識の変化、それを導くための国のリーダーシップが求められることも申し添えておきます。

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