レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第63回 中国の「高等教育機関(大学)イノベーション能力向上計画」

2015.07.06

周少丹 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット

周少丹 氏

 「高等教育機関(大学)イノベーション能力向上計画」(以下、「2011計画」)は、「211プロジェクト1」と「985プロジェクト2」に引き続き、2012年5月に中国国務院により高等教育分野で打ち出された新たな国家戦略である。「2011計画」は、最先端技術の課題と国の重大な社会的課題に立ち向かい、大学の既存の重点分野・研究施設を生かして、国立研究機関、有力企業及び地域行政と「共同イノベーションセンター(コンソーシアム)」を構築する政策である。このようなコンソーシアムによって、大学、国立研究機関、有力企業および地域行政の四者間の壁を壊し、情報、知識、技術、人材および資本のモビリティを向上させ、横断的連携を促進することによって、参加側、取りわけ大学側のイノベーション能力を向上することを図っている。

政策の背景

 2006年以降、中国は「製造大国」の地位を確立しつつある。同時に、中国政府は資源依存型・労働集約型生産方式から脱却し、イノベーションによる国民経済の持続可能な発展へ転換することを決意した。しかし、中国では計画経済体制の後遺症で大学は人材育成、中国科学院は研究開発、企業は生産活動のみを中心に行ってきたため、三者間の連携が不足している。中国でイノベーションを興すために、大学は最先端の技術3に挑み続け、独自の研究開発能力を向上させると同時に、他の国立研究機関、産業および地域との連携を促進し、協調してイノベーション能力の向上を図る必要があると考えられる。

 2011年4月、胡錦濤国家主席は清華大学創立百年式典で「高等教育機関(大学)イノベーション能力向上計画」を提案した。2012年6月に、胡錦濤主席の指示の下で、教育部・財政部より「高等教育機関(大学)イノベーション能力向上計画の実施に関する意見(実施策)」として正式発表されたという経緯があった。

  1. 1990年代以降、中国の21世紀に向けて中国全土に「100余り」の重点大学を構築することから名付けられた大学重点化政策である。
  2. 1998年5月に、中国政府は複数の世界一流の大学や国際的に知名度の高い一群のハイレベル研究型大学を育成するために、実施した大学重点化政策である。
  3. 「国家中長期科学技術発展規画綱要2006〜2020年」で指定された8の先端技術分野を指す。具体的には、バイオ-テクノロジ、ICT技術、新材料技術、先進製造技術、先進エネルギー技術、海洋技術、レーザー技術、宇宙技術がある。

「2011計画」の目標と方向性

 大学の多分野、多機能(教育、研究および開発など)という優位性を活用し、積極的に国内外のイノベーションの主体と連携し、研究資源(研究施設、人材、技術および資本など)を効率よく統合し、横断的連携による新たな協力モデルとメカニズムを構築し、共同イノベーションを興しやすい雰囲気を形成することを目標としている。具体的には、全国範囲で数十カ所の共同イノベーションセンターを建設し、世界トップレベルの人材を集め、大きな成果を挙げて、学術研究の拠点、産業技術のR&Dセンターおよび地域イノベーション拠点を形成し、ナショナル・イノベーション・システムの構築に貢献する。

方向性:

  • (1)科学技術、経済および社会の発展における重要課題に挑戦
  • (2)大学の範囲を超えて、国立研究機関、有力企業、地域行政及び海外と全面的に協力
  • (3)大学と多様なイノベーション主体の協力を深化させ、新しい協力モデルを模索し、資源の共有と分野融合を促進し、人材育成と研究レベルの向上を実現
  • (4)制度改革に重点を置きながら新たな共同イノベーションモデルを模索し、大学イノベーション能力を一層向上

推進体制

 2012年6月、中国教育部(省)と財務部(省)は共同で、同計画を所管する合同指導委員会を設置した。合同指導委員会は高等教育機関(大学)におけるイノベーション向上のための戦略目標を設定し、各省庁間の調整および経費の投入などに関わる重大な決定を行う。合同指導委員会の下に「事務局」が設けられており、合同指導委員会が策定した戦略や方針に基づき、具体的な実施方法やプログラムのマネジメントを行う。また、事務局の中には、関係省庁、大学、国立研究機関、企業および地域行政からの関係者を集め、専門家諮問委員会が設置されている。専門家諮問委員会は、「2011計画」に関わる重要政策や実施制度に助言し、共同イノベーションセンターの選定に関する審査・評価を行う際の委員会メンバーを決める。

図1 推進体制図
図1 推進体制図

 2012年以降、年に1度の割合で共同イノベーションセンターの選定が行われている。共同イノベーションセンターは、科学技術の最先端を目指す「最先端型」、国のソフトパワーの向上を目指す社会科学系の「文化伝承型」、新興的戦略産業の促進および旧重工業基地の再建を目指す「産業型」および地域活性化を目指す「地域型」と4つに分類されている。

 共同イノベーションセンターの選定に際して、代表大学は他の大学、国立研究機関および有力企業などと共同で申請書類を合同指導委員会に提出する。合同指導委員会事務局が専門家諮問委員会に申請依頼し、専門家諮問委員会が申請の種類により、外部の関係者を集めて審査・評価委員会を設置し、審査を実施する。その後、審査・評価委員会は審査結果を合同指導委員会に報告し、合同指導委員会メンバーの合議により選定の合否が発表される。

 共同イノベーションセンターは、「最先端型」の場合は年間5,000万元(約10億円)、「文化伝承型」「産業型」および「地域型」の場合は年間3,000万元(約6億円)の助成金が国から支出される。助成期限は4年間である。

 合同指導委員会は目標管理・業績評価制度を導入し、定期的に中間評価を行う。中間評価の結果次第で共同イノベーションセンターはその選定資格を取り上げられることもある。共同イノベーションセンターの選定結果として、1期目(2013年)では14、2期目(2014年)には24の共同イノベーションセンターが選定されており、その分野は表1の通りである。

所感

 「2011計画」は国全体のイノベーション推進策というよりはむしろ、大学に特化したイノベーション能力を重視する政策であると考えられる。当政策は自然科学とエンジニアリングのみならず、社会科学系および地域多様性を考慮し、多額な研究資金が投入されることが特徴である。ただ、発足して3年未満のため、「2011計画」の成果を出すのは時期尚早である。こうした新しい取り組みから、興味深い連携モデルが生まれる可能性が高い。中国政府はいかにして「2011計画」をイノベーション能力の向上につなげていくかについて、引き続き注意深くフォローし、現地で調査する必要があると考える。

参考資料:

  1. 中国国務院,「高等学校创新能力提升计划实施方案」,2012年6月2日
  2. 中国教育部(省)、中国財務部(省),「教育部・财政部关于实施高等学校创新能力提升计划的意见」,2012年6月2日
  3. 中国財務部(省)「中央财政下拨2013年“2011计划”专项资金5亿元」,2013年10月17日
  4. 「2011計画」领导小组,「关于2012年度“2011协同创新中心”认定结果的公示」,2013年4月11日
  5. 「2011計画」领导小组,「关于2014年度“2011计划”专家综合咨询结果的公示」,2014年7月31日

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