レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第44回「イギリスで学んだ場づくりの大切さ」

2013.03.21

嶋田一義 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 電子情報通信ユニット フェロー

嶋田 一義(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 電子情報通信ユニット フェロー)

 科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS)の仕事は、国が研究開発投資をすべき分野をデザインするという、大変やり甲斐のある仕事です。私は、この仕事をよりうまくやれるようになりたいと思い、昨年半年、イギリス政府ビジネスイノベーション技能省(BIS)に研修に行かせてもらいました。

The Innovation Spaceのメンバーと筆者(前列左端)
The Innovation Spaceのメンバーと筆者(前列左端)

ファシリテーションサービスの専門部局

 何を学んできたかというと、会議のファシリテーションです。ファシリテーションは「円滑にする」という意味で、ここでは、会議を円滑に運営する技術をいいます。BISには、「The Innovation Space」(1)という、内外の人たちが集まってワークショップを行う専門施設があります。プロのファシリテータが常駐していて、会議の設計と運営を支援しています。ここは企画部門ではありません。ひっきりなしに入ってくる支援のリクエストに応えるのが仕事です。こういうサービス部門はイギリス政府の中でも珍しく、2013年現在、日本政府の中には見当たりません。

 The Innovation Spaceは、その前身であるFuturefocusが設立された2000年以来、10年以上の長い歴史を持ち、行政担当者に利用され続けています。ここでファシリテーションの方法論を学ぶ行政官も多くいます。この場は、業務を支援する施設であり、新しいスキルを身に着けることのできる訓練施設でもあるのです。私はここに半年滞在し、ファシリテータやこの施設のマネージャーがどんなことを考えて何をしているのかを、一緒に仕事をさせていただきながら間近で観察してきました。

ファシリテータの仕事

 The Innovation Spaceに常駐するプロのファシリテータは、行政官ではありません。私がお世話になった2人の女性ファシリテータは契約職員で、女優さんだった方と企業のコンサルタントだった方でした。タイプは全く違う2人でしたが、共通しているのは、「クライアント(会議の責任者である行政官)の話をよく聴く」という点です。会議をファシリテートするには、最終的に到達したい目標、それに向かうステップ、その中で会議に集まる人から「何を引き出したいのか」「障害になりそうなことは何か」ということを、会議の主催者(クライアント)と一つ一つ考える必要があります。それはクライアントですら、はっきり認識していないことが多いそうです。当日のパフォーマンスよりも、事前にクライアントと目標を共有するプロセスに、ファシリテータのプロフェッショナリティがあることを何度も教えられました。彼女たちは、支援する立場にあるので、「こうすべきではないか」といったことは言いません。クライアントの想いに耳を傾け、質問し続け、発言を可視化していきます。そうしているうちに、クライアントの頭が整理され、その会議でやるべきことが決まってきます。会議当日は、参加者の様子に気を配っています。彼女たちは、政策の専門家ではありませんが、話を聞けば、クライアントが何を考えているのかは理解できます。組織内部に常駐していると、組織のヒエラルキーやその人の置かれている状況などもわかります。そういうデリケートなことに配慮してあげるお母さんのような気遣いによって、クライアントから強い信頼を獲得していました。彼女たちも、英国の未来を左右する政策の作成を円滑に進める手助けができることに、大きな喜びを感じていました。

「場」づくりの大切さ

 BISのDirectorは、The Innovation Spaceの機能を重視しており、「組織発展の心臓にする」と言っていました。なぜこれほどまでに、ここが重視されるのでしょうか。たくさんの人が集まってくる会議をうまく運営できるか否かは、その成果を大きく左右する非常に大事なスキルです。会議がうまくいかなくても、賢い事務局があらかじめ結論を準備していれば、一件落着に見えるかもしれません。しかし、参加者の知恵が引き出せなかった事務局案には、2つの問題が潜んでいます。1つは、内容が事務局の視野に留まることです。これは事務局に視野の広い専門家が数人いれば、ある程度回避できるかもしれません。しかし、もう1つの問題は、参加者がその結論を自分が出した結論だと思えないため、これを心から“我がコト”ととらえられないということです。その結果、その結論は魂が入っていない単なる報告書で終わってしまうのです。BISの人たちは、その業務の中で「Stakeholder engagement」をとても重視していました。これは関係者を同じ問題意識に引き込むことを意味しますが、この要請は切実でした。英国政府は予算が大きくカットされる中で、業務の遂行に追われています。一刻も早く成果を出したい案件が山積みの中、無駄な議論をしている余裕はないのです。その結果、The Innovation Spaceのような施設を有効活用して、「動く」提案を作ろうと考えているのだと私は考えます。

ファシリテータがいる会議(左)といない会議(右)のアナロジー
ファシリテータがいる会議(左)といない会議(右)のアナロジー

CRDSの仕事を振り返る

 CRDSのフェローである私は「優れたファシリテータとなり、会議の参加者と独創的な提案を作れるようになりたい」と思い、この研修を企画しました。しかし、6か月の研修を終え、当初の青写真には少し誤解があったことに気づきました。CRDSのフェローは、自律的に提案を作って発信していくミッションを持っているので、私が学んだファシリテータの役割とは違います。一方で、会議を企画した時に、その会議を上手に設計しなければ、提案書に魂が入らないことも事実です。つまり「CRDSの業務にはファシリテータが必要で、フェローがその役割を担うわけではない」というのが、現時点での私の考えです。

 フェローが会議の主催者とファシリテータの役割を両方担えばよい、という考えもありえます。しかし、私はこれまでの経験から、それは非効率だと思います。

 図を見てください。右はファシリテータのいない会議、左はいる会議の象徴的な図です。BISで以前働いていたデザイナー(2)に描いてもらいました。緑色がファシリテータで、腕章をしているのが会議の主催者です。ファシリテータがいない会議は、主催者が皆を一定方向に引っ張っていくことに多くの力を割いており、自分が議論の輪に入ることができません。参加者もあまり自由には話せません。ファシリテータがいる会議では、議論がしやすくなるばかりでなく、主催者も議論の輪に入って、全員の知恵を上手に引き出して整理することに集中できます。CRDSのフェローは、会議の主催者ですが、多数の参加者を集めて会議を実施する際、裏方仕事で疲れ果てて、会議の内容を考える暇がなくなる例を、これまでたくさん見てきました。これは大変もったいないことです。こうした会議運営を支援するのが上手な人(ファシリテーター)は世の中にいます。そういう人たちの専門性や経験を活用して、会議を運営するのが得策です。

これから努力したいこと

 上手にファシリテートされた場では、素晴らしい経験が得られます(私も自分で経験したからこそ、こういう場の運営をしたくなったのです)。ひいては、参加者が「こういう議論をまたCRDSでしたい」と思うようになり、「こういう議論を一緒にやりませんか?」と話を持ってきてくれるようになるかもしれません。それは、CRDSのフェローがゼロから情報を集めるよりも、ずっと効率的に情報が集まる仕組みができていくことを意味します。CRDSは、全科学技術分野をカバーするには、あまりにも小さなチームです。そういう工夫は不可欠でしょう。また、提案を実施に移す段階を考えてみましょう。私達が提案を持っていく行政機関はそれぞれ独立に動いているので、提案を聞いてくれるとは限りません。そういう人たちと手を結んでいくためには、行政機関側から「一緒にやろう」と頼まれるほうがいいわけです。

 創造的な対話の場の運営は、ノウハウや経験の蓄積が必要で、地味で骨の折れる仕事です。しかし、さまざまなステイクホルダと手を結ぶには、提案を作るだけでなく、「あそこに行って議論したい」と皆が思うような「場」を作ることも価値が高いと思いませんか。そういう「場」を提供する努力こそが重要なのではないかと、私は考えるようになりました。では、その「場」づくりに必要なものは何か? それは、簡単には言えません。「Ba」というのはとても複雑な概念です。イギリス以外に、オランダの機関(3)やデンマークの機関(4)も訪問しましたが、それぞれ違った運営がなされており、特徴が違います。CRDSに最適の方法を試しながら、つかんでいくしかありません。うまくいったものを、いつかまたご報告したいと思います。

1) The Innovation Space (UK, Department for Business, Innovation and Skills);
2) Beatrice Baumgartner-Cohen; http://baumgartner-cohen.com/
3) LEF Future Center (The Netherlands, Ministry of Infrastructure and Environment);http://www.rijkswaterstaat.nl/over_ons/lef_future_center/
4) Mindlab (Denmark, Ministry of Business and Growth);http://www.mind-lab.dk/en

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