レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第34回「フローニンヘンの戦略的邂逅(かいこう)」

2012.05.24

的場正憲 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

的場 正憲(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 的場 正憲

 1911年4月にカメルリング・オンネス教授(オランダの物理学者、フローニンヘン出身)により超伝導が発見されてから100年後の2011年4月より、非常勤フェロー(兼務)として、研究開発戦略センター(CRDS)に勤務しております。所属は「電子情報通信」ユニットです。本務では、慶應義塾大学理工学部の物理情報工学科教授として、電子物理研究室を主宰し、教育・研究活動を行っています。2011年9月まで、理工学部広報委員長として、戦略的広報活動も行っていました。

初めての戦略的邂逅

 思い起こせば、15年ほど前(1996〜97年頃)、僕は、オランダ北部にあるカメルリング・オンネスの母校フローニンヘン大学で、高温超伝導母物質A2CuO2Cl2 (A=Ca,Sr,Ba)の電子状態に関する光電子分光学的研究を行っていました。もっと具体的に言えば、「-(A2Cl2)-(CuO2)-」という繰り返し構造で表現できる層状物質のCuO2平面(高温超伝導が発現する舞台)の電子状態に関する「真理の探究」研究でした。

 翌年には帰国し、当時新設されたばかりの物理情報工学科で自分の研究室が持てることが、幸運にも決まっていました。新規な熱電エネルギー変換物質や超伝導物質の探索・設計や探索的材料物性・デバイスに関する「価値の創造」研究を行うことになっていましたが、具体的な戦略的研究テーマ(勝負物質群)はまだ決まっていませんでした。実験の合間、無機化学系の論文に掲載されている結晶構造(機能発現の舞台)をパラパラ見ながら電子物性(発現する機能)を妄想したり、高温超伝導等の機能が発現する舞台となる結晶構造を逆妄想したり、(今になって考えてみれば)データマイニング&逆問題解法的な視点で、必死になって、勝負物質群を調査していました。

 あるとき、1981年に福井謙一教授とノーベル化学賞を共同受賞したロアルド・ホフマン教授の”Solids and Surfaces:A Chemist’s View of Bonding in Extended Structures”[1]という「固体と表面の理論化学」的教科書を読んでいるとき、p55〜65付近で「-A-(M2P2)-」という繰り返し構造を有する「なんかイイ感じの層状物質群AM2P2 (M=Fe, Co, Ni, Cu)」にめぐりあいました。M2P2層のM原子は2次元正方格子を組んでいて、なんとも言えないくらい強く惹かれてしまう結晶構造でした。ちょうど、週刊朝日では、村上春樹さんのエッセイ「週刊村上朝日堂」が、95年11月10日号〜96年12月27日号にわたって連載されており、「ハンブルグの電撃的邂逅」(96年11月22号, p68-69)と題したエッセイが掲載されていた頃です[2]。このエッセイでは、否も応もなく激しく心を惹かれた理想的女性とのバーでの出会いが「ライトニング・ストライクス的な劇的邂逅」と村上春樹的に表現されていますが[2]、僕の場合の邂逅は、魅力的な人ではなく、魅惑的な結晶構造を有する層状物質群だった訳です…。

運命の邂逅

 帰国した翌年(98年)の秋頃、物理情報工学科1期生の研究室分け説明会があったので、フローニンヘン大学で邂逅した「なんかイイ感じの層状物質群AM2P2」および関連物質の結晶構造「-A-(M2X2)-」や「-A-(M’O2)-A-(M2X2)-」(A=Sr,La; M’,M=Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn; X=P,As,S)などを描画ソフトATOMS for Windowsを使い、魂込めて綺麗に描いてスライドを作り、説明会で披露しました。このスライドに大変興味を持ってくれた学生さんがいました。後に、東京工業大学応用セラミックス研究所の細野研究室で鉄系高温超伝導体を発見した神原陽一さん(物理情報工学科1期生;現慶應義塾大学理工学部物理情報工学科准教授)です。まさに運命の電撃的邂逅でした。

 彼の卒業論文テーマとして、「-A-(M2As2)-」や「-A-(MO2)-A-(M2As2)-」などの探索的物性研究を選ぼうとしましたが、X=Asを選択するのには研究室には十分な設備もなく怖かったので、「-(Cu2S2)-A-(M’O2)-A-」や「-(Cu2S2)-A-(M’O2-AO-AO-M’O2)-A-」が自然に交互積層した遷移金属混合アニオン化合物(オキシサルファイド)という物質を中心に、機能開拓研究を行いました。その結果、新奇な層状磁性半導体を開発できたものの、残念ながら、高温超伝導という機能は開拓できませんでした。しかしながら、99年4月〜2005年3月の6年間(学部4年〜博士3年)にわたる研究で博士学位を取得した神原陽一さんは、05年4月から博士研究員として、[-Cu2S2-La2O2-]構造が交互積層した層状透明半導体等の研究で世界を先導していた東工大・細野研究室に加わり、挑戦的な探索的物性研究を続けました。そして、08年初頭に、Fe2As2ユニットとLa2(O,F)2ユニットが自然に交互積層した[-Fe2As2-La2(O,F)2-]構造を有する新規な鉄系高温超伝導体を発見し、電子が創発的に活躍できるような(高温超伝導が発現できる)神がかり的な舞台設計を披露してくれました[3,4]

CRDS勤務について 〜人・研究課題・社会的期待との邂逅〜

 CRDSでは、「電子情報通信」ユニットに所属し、エレクトロニクス等の電子情報通信分野の俯瞰(ふかん)と重要研究開発課題の抽出、社会的期待に応える研究開発課題の検討などの業務に携わっています。第4期科学技術基本計画の大きな柱である「課題達成型イノベーション」を強力に推進できるような研究開発戦略を、科学技術と社会的期待との運命的な邂逅を通じて、戦略的に立案する試みがCRDSで始まっており、そのための邂逅ワークショップ[5]にも参加しました。また、異分野融合のユニット横断チーム活動として、2011年度は「細胞ICT」チームに所属し、情報通信技術(ICT)およびナノバイオ技術の今後10年から20年の進展を見据えた上で、これらを融合した診断・治療統合技術の可能性やそれを実現するために必要な基礎研究領域・研究課題を探りました[6]。2012年度は、「マテリアルズ・インフォーマティクス」チームに所属し、実験物質科学(合成、物性評価)、理論物質科学、計算物質科学、およびデータ科学を統合して戦略的物質開発を加速させることを目指す米国の壮大な国家戦略「マテリアルズ・ゲノム・プロジェクト」[7]等の調査を行っています。

 よくよく考えてみると、僕がCRDSに勤務していることも運命的な邂逅で、とても不思議な体験です。1996年のフローニンヘンの戦略的邂逅から16年経ちましたが、時間が止まってしまったような不思議な錯覚に陥ります。CRDSのデスクで書類をまとめていると、ひょっとして僕はパラレルワールドの別世界に入り込んでしまったのではないだろうか!? と思うことがあります。社会的期待と研究開発課題との「ライトニング・ストライクス的な劇的邂逅」を見出した瞬間に、96年のフローニンヘンの街に逆戻りするような…、そんな劇的な結末が僕を待っているのかもしれません。

参考文献
※1 R. Hoffmann:<i?“Solids and Surfaces: A Chemist’s View of Bonding in Extended Structures”, (Wiley-VCH, New York, 1989) p.55‐p.65.
※21 村上春樹, 安西水丸:「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」(新潮社, 1999). 週刊朝日1995年11月10日号~1996年12月27日号に連載されていたエッセイをまとめたもの.
※3 Y. Kamihara, T. Watanabe, M. Hirano, and H. Hosono:J. Am. Chem. Soc. 130 (2008) 3296.
※4 神原陽一:鉄系高温超伝導体発見秘話、日本物理学会誌 66 (2011) 753.
※5 JST-CRDS編:2011年度邂逅ワークショップ実施報告書, CRDS-FY2011-WR-10.
※6 JST-CRDS編:科学技術未来戦略ワークショップ報告書「細胞ICT」, CRDS-FY2011-WR-09.
※7 G. Ceder:The Materials Genome Project PDF(the DOE workshop, Bethesda, July 26, 2010)

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