レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第18回「mother of scienceとしての計測技術」

2010.12.28

丸山浩平 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

丸山 浩平(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 丸山 浩平 氏

 ヒトiPS細胞の作成、鉄系超電導物質の発見など、日本が誇るサイエンスの成果に注目が集まっている。このような花形とされるサイエンスを実は支えているのが、筆者が科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)で調査・分析を担当している「計測技術」である。皆さんは「計測」に対してどんな意識をお持ちであろうか?

社会における計測の意義

 もともとわれわれの日常生活は測る活動に依存しているので、一般の方のほうがその有効性を認めているのではないだろうか。例えば、朝起きれば時計で時間を知り、料理をする際には計量カップや計量スプーンで測り、熱っぽければ体温を測り、外へ出掛ければ携帯電話のGPS機能によって自分の居場所を特定できる。また、商業、貿易などの経済活動でも計測は欠かせない。原材料の輸入など国際商取引では、規格をもとに測ることで売買が成立するし、工業製品の工場では歩留まり向上のために生産プロセスを監視している(自動車や家電品は、生産コストの10〜15%を計測に費やしていると言われる)。

 さらに、社会の安全・安心を支えるためにも計測は欠かせない。空港でのセキュリティー・チェック、コンビニエンス・ストアの防犯カメラなどである。このように、計測は社会の人類活動において異なる相手・対象・現象などを越えて客観的な情報を取得する一種のコミュニケーション手段として位置付けられる。

学術研究における計測の意義

 学術研究の世界でも、自分が成した発明や発見を論文などのかたちで客観的に外部へ伝えるため、「計測」によってデータを取得するという行為は必要不可欠となる。しかしながら、計測技術を使う立場からつくる立場へと移ると、その状況は変わってくるようだ。

 「所詮、計測なんて脇役でしょ?」
「昔から計測はテクノロジーにすぎない、他のサイエンスの世界から見ると格下だ」
「計測技術の開発者って、あんまり評価されないんだよね」

 本来であれば、サイエンスを支える計測技術を新たに開発する研究者・技術者は、もっと称賛を浴びてもいいように思える。これまでバイオセンシングを研究開発してきた身からすると、そのような評価は本質を捉えていない気がする。

 計測は「mother of science」。これは吉川弘之センター長から教わった言葉であり、われわれ「CRDS計測技術に関する横断グループ」が2010年度の活動コンセプトとしたものである。現代科学が発展してきた歴史を振り返り、その原点に帰れば、新たな科学の発見(例えばDNAの二重らせんの構造や、地球のオゾンホールの存在など)は、いつも新たな計測技術の開発とともにブレークスルーされてきたということである。この科学が発展してきた原点の話は、「哲学」の考えにも及ぶ。われわれは、自然を客観的に認識するために感性(空間と時間という人間の直感的能力)と悟性(カテゴライズという人間の知識処理能力)が必要という(カント哲学)。複雑な現象を理解する新たな計測技術を考える上で、基本的な示唆を与えてくれる。難しい話はやめにするが、吉川センター長が大学で学んでいたころは、「計測原論」という科目の教科書は、ほとんど哲学書だったとのことである。

計測の研究開発戦略をつくる

 筆者らに課せられたミッションは「社会的ニーズを踏まえて、国として重要な計測技術の研究領域は何か?」という戦略を提案することにある。今年度、計測は「mother of science」という基本方針に沿って「科学における未解決問題」を掲げ、そこで必要となる計測技術をつくることに重点をおいた。「科学における未解決問題」は、例えば人間の「意識」はどこから生まれているのだろうか(生命科学)、地球の温暖化によって世界はどこまで暑くなるのか(環境・エネルギー科学)など、サイエンスの難問を想定した。その上で、各分野の研究者が現場の研究活動で考えている「未解決問題」と、これらの解決に向けて必要と考えている「計測ニーズ」を調査することとした。インタビューやアンケート調査を経て多くのデータが集まったが、結果は、今後、CRDSから報告書として発行する予定である。

 また、CRDSが研究開発戦略の立案で必須とする基本プロセスとして、重要領域を抽出するための「俯瞰(ふかん)」という活動がある。この俯瞰図は、われわれの戦略立案の基盤となるため、メンバー同士で大いに議論を行なった。そして、この「科学の未解決問題に対する計測ニーズ」の俯瞰は、いつしか計測という範疇(はんちゅう)を超え、サイエンスそのものを議論することになっていた。

 「課題解決型の環境学のような分野の課題はサイエンスとは呼べないのではないか?」

 「むしろ従来型の科学を超えた、新しい科学なのではないか。原理原則がわかったのみでは無意味で、未来まで想定して考えなければならないし、対策方法までを見いだす必要がある」(吉川センター長)というような具合である。そんな議論の中、「計測学は、『科学の研究』を研究するメタ科学として位置付けるべきであり、『メタ計測学』をつくる必要がある」という吉川センター長の考えに及ぶことになった。

大学における計測学の教育

 大学における人材教育の場面でも、計測学を専門とする研究室が少なくなり、産業界などでも、これを担う専門家が少なくなってきているという。今回、大学の物理学系を専攻する学生に対し、「計測原論」という講義の一端を受け持つ機会を得た。学生には、これまでの経験をもとに、計測の基本や俯瞰することの重要性、海外の研究開発動向などを伝えた。また、医療診断機器、ノーベル賞を受賞した生命科学の計測技術、環境計測技術、情報通信分野の計測なども具体的に説明した。さらに、計測技術を開発する際の基本などを伝えた(ちなみに、計測を俯瞰する活動と、計測技術をつくる活動は、必要な知識が相当に異なる)。

 筆者のメタ計測学もどきを解説した講義は、どの程度理解してもらえたかわからなかいが、以下のような感想が寄せられた。

 「私は先生の講義を履修して、初めて計測技術に関心を持った」

 「計測に関連してノーベル賞を受賞しているものがたくさんあるとは知らなかった。」

 「計測技術を開発するためには、一つの分野を極めるだけでは物足りず、広い範囲の知識の吸収が必須であると知り、一般教養の授業がとても重要であったことに今更ながら気づいた」

 「普段、授業で行う実験などは、存在している計測機器を前提にして組み立てられていたため、計測機器がないことが研究をブレークスルーする障壁になるとは考えたことがなかった」

 「計測原論という科目を通じて自分が物理学を学ぶ意味と甲斐があるのだと強く感じさせられた」

 「私は計測系の大学院に進みたいと考えています。現在、知識などは乏しいですが、この授業をきっかけに計測系についてさらに関心が高まればよいと思っています」

 広く科学を見通すメタ計測学(生命科学〜ナノ・物質科学〜情報・通信科学〜環境・エネルギー科学)は、これからの科学技術を担う若者に対し全貌(ぜんぼう)をわしづかみにさせるという意味で、必要ではないかと感じている。

  参考資料)JST研究開発戦略センター「調査報告書:計測・分析技術に関する諸外国の研究開発政策動向」(CRDS-FY2010-RR-01)

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