レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第7回「未来のエネルギーシステム目指す米研究者たち」

2009.12.01

金子直哉 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 金子直哉 氏

 今、米国のエネルギー研究は大きな転換点を迎えている。オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策を受けて、戦略の抜本的見直しが進められているためだ。研究現場に入ると、こうした認識が高まっているのがよく分かる。米国のトップクラス研究者たちは、新政権が掲げるエネルギー戦略に呼応し、新たな研究の流れを作り出そうとしている。

 米国はこれまで軍事・防衛に関するエネルギー研究を重視してきた。グリーン・ニューディールがこうした状況を変え、今後は軍事・防衛以外のエネルギー研究が拡大していくことになる。そこでは「化石から非化石への転換」、そして「エネルギーのクリーン化」を柱とした大きな流れが生まれてくる。そのために現在、エネルギー省による新たなイニシアチブの導入が進められているのだ。

米国エネルギー省が掲げた3つの研究イニシアチブ

 エネルギー省のスティーブン・チュー長官は2009年5月に開催された来年度予算の上院公聴会において、エネルギー戦略を展開する基盤となる「3つの研究イニシアチブ」を示した。

 第一が、「エネルギーフロンティア研究センター(EFRC)」である。米国内に46の研究拠点を整備するもので、今後5年間で7億7700万ドルの資金が投じられる。基礎研究を行うことが目的であり、応用研究は対象としない。米国再生・再投資法から2億7,700万ドルが充当され、残りは各年度歳出予算として手当する。2009年度予算からは1億ドルを支出することが決まった。

 第二が、「エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)」である。基礎ではなく応用を対象とするもので、革新的技術を開発するため、産業界では取り組むことが困難な「リスクは高いが大きな成果が期待される研究」に取り組む。米国再生・再投資法からは4億ドルの資金が充当された。

 そして第三のイニシアチブが、「エネルギーイノベーション・ハブ」になる。ここでは、基礎研究や応用研究に加え、商業化に必要な工学開発までカバーした一連の活動が行われる。1つのハブの中に緊密に連携した「アンダー・ワンルーフな仕組み」を築き、多様な分野のトップ人材を糾合していく。いわゆる「エネルギー分野の“ベル研究所”」を作り出すのだ。合計で8つのエネルギー問題に取り組むハブの創設を目指しており、現在、そのための方策が米国政府および議会で議論されている。

先頭を走る“エネルギーフロンティア研究センター”

 3つのイニシアチブの先頭を切り、2009年4月にエネルギーフロンティア研究センターの採択結果が発表された。最終公募に残った約260件の提案の中から、46のセンターが選定されている。

 「太陽エネルギー」をテーマとする相当数の研究が取り上げられており、これらに加え、「燃料電池や蓄電池」の分野では、コーネル大学、ニューヨーク州立大学ストーニブルック校、GEグローバルリサーチなどの提案が採択されている。「バイオマス」に関する研究も複数見られ、遺伝子組み換え植物の研究をリードするドナルドダンフォース植物科学研究センターでは、藻類や種子植物を対象に「エネルギー収率の高い植物の生産性を向上するための科学原理」が研究される。

 センターの設置場所はほぼ全米に広がっており、内訳を見ると、大学が31機関、エネルギー省の国立研究所が12機関、非営利組織が2機関、企業の研究所が1機関となっている。連携機関を含めると110以上の機関が参加した一大研究ネットワークの下で、約700人のシニア研究者と約1,100人の若手研究者(ポスドク、大学院生など)や技術支援者が一体となった活動が行われる。エネルギー問題の裾野を幅広くカバーしながら、米国のトップクラス研究者の力を結集した基礎研究が展開されていくのだ。

ワークショップから生まれた「課題解決型基礎研究」

 エネルギーフロンティア研究センターへのファンディングは、他のケースと比較し、「最初に“未来のエネルギーシステム”を描き出し、その後で“システムを実現するための基礎研究”を特定してファンドを行った」点で大きな特徴を持つ。制度設計に至った経緯は、次のようなものである。

 エネルギー省は、まず2001年〜2003年の約3年をかけて、今後数十年、特に2050年を見据えた場合の「米国がエネルギー供給を確保し、かつ低炭素社会を実現していくための課題」を抽出した。具体的には、2002年、2003年の2回にわたるワークショップ(学術界、産業界、政策サイドなどから100人以上が参画)を経て、未来のエネルギーシステムを構築するための「目指すべき37の研究方向(リサーチ・ディレクション)」を発表している。

 その上で、これら37の方向に対応する「10の重点研究領域 (例えば、“水素エネルギーに基づく経済”など)」を示し、必要となる基礎研究群を特定していった。2003年〜2007年の5年間に10回にわたり開催された「基礎研究ニーズワークショップ(大学、研究所、企業などから、合わせて1,500人以上が参画)」が、そのための仕組みに当たる。

 最初に、産学官が議論を重ねることで「米国として目指すべきエネルギーシステム」を明らかにする。次に、全米のトップクラス研究者が集まり「システム実現に必要となる基礎研究」を選び出す。その上で、特定された「課題解決型の基礎研究群」を新たなイニシアチブの形にまとめ上げる。2001年からの一連のワークショップを経て立ち上がったエネルギーフロンティア研究センターへの評価は高く、エネルギー分野の研究活力を高める原動力となっている。

これから注目されるエネルギー分野への人材シフト

 「エネルギーフロンティア研究センター」に続き、10月末には米国が掲げる第二のイニシアチブとして、「エネルギー高等研究計画局」の第1回公募結果が発表された。大学や企業などから提案された37件のプロジェクトが採択されている。公募に先立ち行われたコンセプトペーパーの募集に3,600件を超える提案が寄せられたことを見ても、エネルギー問題への研究者の関心の高さが分かる。

 基礎研究を強化する「エネルギーフロンティア研究センター」に加え、応用研究を強化する「エネルギー高等研究計画局」の動きが本格化することで、エネルギー分野への人材シフトが高まることが予想される。米国の研究現場を支えるポスドクや大学院生などの若手研究者の動きが特に注目される。

 一方、第三のイニシアチブとなる「エネルギーイノベーション・ハブ」については、引き続き、議会や政府間での議論が行われている。エネルギー省が提案した8つのハブのうち、来年度は3つのハブを創設する方向にあるが、今後の動向を注視する必要がある。設立時期について不確定要素は残るものの、基礎から応用まで一気通貫でカバーする研究拠点が米国にもたらす影響は大きい。エネルギー研究を率いる現場のリーダーたちも、ハブ創設の動きに大きな期待を示している。

 オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策を受けて、米国のエネルギー研究は「化石から非化石」へ、そして「エネルギーのクリーン化」へと向かうようになった。そのための仕組みとして、3つの研究イニシアチブも掲げられた。「エネルギーフロンティア研究センター」はすでに導入され、「エネルギー高等研究計画局」による支援も本格化する。これらに加え、最も大きな仕組みである「エネルギーイノベーション・ハブ」が実現した時の米国の研究力は極めて大きい。

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