レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第2回「科学技術を牽引し社会の要請に応えるナノテクノロジーへ」

2009.07.07

中山智弘 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センターフェロー

科学技術振興機構 研究開発戦略センターフェロー 中山 智弘 氏

 現在は第3期科学技術基本計画推進の途上であるが、第4期科学技術基本計画へ向けた議論が既に活発になってきている。第2期、第3期と続けられてきた重点分野の構成をどうするのか、社会からの要請にさらに積極的にこたえるための科学技術をどのように推進するのか、人材や教育の問題までをも含め、わが国の将来を支える科学技術の中長期的な戦略が今後練られていくことになる。本稿ではナノテクノロジーに関してその特徴を踏まえ、今後どのような点に留意し重点的な支援対象として位置づけていくべきかについて私見を述べたい。

科学技術基本計画におけるナノテクノロジーの位置づけ

 第2期科学技術基本計画(2001-05)において、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4つが重点分野として定められ、第3期(06-10)に引き継がれている。現況は、重点分野ごとに政策が立案され、それぞれ独立した運営がなされており、分野ごとの縦割り感が非常に強い。この中で若干異質な役割を担っているのが、ナノテクノロジー・材料分野である。

 ナノテクノロジーとは、構造(例えば、結晶の大きさ、膜の厚さ、粒子の直径など)をナノレベルで制御することにより、従来とは違った革新的な機能を発現させることを狙っている。これらの機能を、ライフサイエンス、情報、環境、エネルギーといった他分野で応用することができるため、ナノテクノロジーは各分野を貫く横串となり得る。第2期、第3期の重点分野の設定においては、分野同士の融合の接着剤や知見の相互融通の役割が期待された。しかし、これまで他分野とは独立に運営され、横串を果たせるというメリットを十分には生かし切れていないのが現状である。

異分野融合の仲立ちとして

 ナノテクノロジーの特徴として、まず、上述のように分野間の融合の仲立ちができることが挙げられる。今後の科学技術においては、分野を超えた知見の融合から生ずる新領域に対する期待がより高まると考えられる。例えば、ライフサイエンスによる環境問題の解決、バイオテクノロジーを応用した電子デバイス、新エネルギー創出や省エネルギーに資する情報通信やバイオテクノロジー、情報通信と医療の融合等々。分野間の出合いと協同による成果をいかに多く生み出すかが、わが国の国際的な競争力向上のわかれ目になるであろう。

 分野同士の出合いと融合の中で、ナノテクノロジーは分野間の仲立ちをし、各分野の最先端同士をしっかり結びつけ、分野融合を牽引(けんいん)する役割を果たす。一般に研究者や技術者は、それぞれ他分野には理解できない分野特有の専門用語で話すことが多いが、研究開発対象をだんだん小さくしていきナノレベルに達したとき、原子や分子、化学反応や電子の移動や量子効果など、共通に理解し合える言葉で話し始める。したがって、これら最小の構成要素を扱っているナノテクノロジーでは、分野間の知見の融通が可能になり、縦割りの構図を排することができる。これこそがナノテクの効用で、ナノテクノロジーが異分野融合を切り拓く力になり得るゆえんである。

高い費用対効果

 特徴の2点目は、投資の費用対効果が比較的高いと考えられることである。ナノテクノロジーの研究開発は、他各分野の最先端で研究開発や産業化への技術競争が非常に激しい部分に多く存在し、ボトルネックになっている技術を解決する牽引役として期待されている。よって、ナノテクノロジーへの投資は、競争力強化のために集中投資を行ったことに相当する。特に情報通信産業の最先端にあるナノエレクトロニクスや、環境・エネルギー関連の新材料や新機能を実現するグリーンナノテクなどは、そのような役割を担っている。

 諸外国では、例えばエネルギーや環境問題を解決する切り札として、また、融合と連携を新技術創出につなげることを目指すナノエレクトロニクスなどの研究開発拠点として、ナノテクノロジーへの期待は大きく、米国を中心としてさらに巨額の投資がなされつつある。わが国としても、将来の国際競争力の強化のために、さらに、省エネルギー・新エネルギーや機能性部材など、新たに創出すべき産業を生み出す手段として、積極的な投資がなされるべきである。

競争力の源泉として

 第2期、第3期科学技術基本計画に基づいてこれまで重点化されてきたにもかかわらず、その成果が見えないという批判がよくある。しかしながら現実には、コンピューターや自動車や電池など、ナノテクノロジー無しには競争力のある製品を作ることはできない。ではなぜその成果が見えにくいのか。ナノテクノロジーは研究開発の最先端を表現しているだけで、最先端の製品ではないからである。見えないミクロな部品の技術や部材・製品の性能に必ず結びついていて、その先端性を技術的に保証する役目を担っている。企業は製品のスペックの説明はしても、具体的な科学技術上の工夫については口を閉ざす。競争力の源泉なので開示できないのである。ナノテクノロジーは華々しく表に出ることは少ないが、わが国の国際競争力を支える役目をすでに十分担っているのである。

科学技術を牽引し社会の要請に的確に応えるナノテクノロジーへ

 各個別の技術分野ごとに縦割りの資金投入が行きすぎると、その分野の底上げには確実に寄与するが、一方ではタコツボ的な思考になり、社会から要請される産業競争力や融合的な研究開発への意識が希薄となる場合が多い。いわゆる研究者の生活のための科学技術に陥る危険性もある。科学技術への国家投資は、研究者のためになされるのではなく、国が将来にわたって持続的に発展していくため、あるいは国際競争力を維持するために実施されていることをあらためて認識すべきである。研究者の発意による研究を幅広く支援し独創性や創造性を重んじるボトムアップ型のファンディングと、政策的意図を持ちわが国の将来にとって最も効果的と思われる提案を支援するトップダウン型のファンディングの配分に注意し、トップダウン型のものについては、既存の研究者の人口比に応じた資源配分や分野ごとの縦割りを脱して、今後のわが国のありかたを考えた戦略的なポートフォリオが組まれるべきである。

 ナノテクノロジーへの投資も、横串機能や融合への貢献を十分に意識し、新機能の発現による科学技術の牽引と、社会の要請に的確に応える部分の2点に重点化されることが重要で、国民への説明をしっかり果たさなければならない。

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