レポート - 英国大学事情 -

2017年8月号「大学における教育用のデータ分析」<英国大学協会資料「Analytics in Higher Education」より>

掲載日:2017年8月1日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

英国大学協会(Universities UK)は2016年11月、「Analytics in Higher Educationpdfと題する報告書を発表した。これは大学における膨大なビッグ・データを分析して、学生の教育等に役立たせようという試みの一環である。今月号では、その抜粋を紹介する。

1. 大学におけるデータ分析のより良い活用

* 大学は学生の授業や課外活動を通じて、学生に関する膨大なデータを既に収集しており、これらのデータセットは内容が豊富な上、増え続けている。しかしながら、これらのデータは十分には活用されていない。

* 学習データ分析(learning analytics)は、学習者を支援する強力な各種手法を提供し、大学と個人が学生の学習ニーズや学習実績をより理解し、予測することを可能にする。

* これらの手法は教育や学習の改善だけではなく、効率化にも役立つ。英国はOECD諸国の中でも、学生一人当たりへの官民合わせた支出額のGDP比率が最も高い国の一つである。大学は、大学教育に費やす時間に高い期待を寄せる学生と、大学の経費負担に貢献する一般国民に対して、高等教育の価値を示すことが要求されている。

* もちろん、データ分析は広範囲の大学活動に付加価値を高めるためにも利用できるが、当レポートでは学士課程の学生への教育のみに焦点を当てている。

2. 政策の背景

* 英国の大学は長年にわたり教育と学習の改善に取り組んでおり、海外の競合国に比べても、既に高い学生満足度や学業達成度を示している。

* 歴代の英国政府は、質の高い学習や授業に報いるための各種政策を導入してきた。最近の政策としては、Teaching Excellence Framework(TEF)の導入計画がある。

* TEFのような外部機関による実績評価は、大学が大学のデータを理解したり、利用したりすることを支援するわけではなく、より洗練された学習データ分析によってのみ、外部評価の要求を超えた、より全体的なデータ分析プロフィールが可能になる。予測学習データ分析も、インパクト評価にますます活用されるようになってきている。またデータ分析は、いかにしたら限られたリソースを学生の支援のために最も効果的に活用できるかを決定するのにも役立っている。

* 学習データ分析の開発と実施は比較的早期の段階にあるが、早い段階で当システムを採用した大学からは、学習データ分析手法は改善の促進に役立つと共に、学習面での根本的なイノベーションをも支援するという実証例が出てきている。

3. 戦略的アプローチ

* 英国の大学における学習データ分析の実施状況は、大学によってまちまちである。2015年に行われた53大学への聞き取り調査によると、約半数の大学が学習データ分析を導入していないことが分かった。また、大学内でも学科によって、学習データ分析から得られる利益への理解が大きく異なることが浮き彫りになった。

* 大学は豊富なデータセットを持っているが、それを十分に活用していないケースが多い。まず、大学はデータ戦略を策定すべきである。戦略には、学習の経路(learning pathway)に関する質問を設定すると共に、収集されたデータがどのように利用されるべきかを考慮すべきである。また次の段階として、どのようなデータが収集されるべきかのフレームワークを示すことも有益であろう。

* 各大学は、それぞれ異なる戦略的アプローチを望むことが予測され、単一的で高等教育分野の全般をカバーするフレームワークは好まれないであろう。例えば、ある大学では学士課程学生の多くが同大学の大学院に進むことを望む一方、他の大学では学士課程学生が他の大学の大学院に進むことを望む可能性もある。

* データ分析手法の採用や開発をする際に最も重要なことは、大学は質問形式または好奇心に駆られた(curiosity-driven)アプローチを採用すべきである。データを基にした(data-driven)アプローチは効果的ではなく、強固なデータ分析のフレームワークを産み出さず、大学の各学科にわたる賛同を得られない傾向がある。また、データは専門家でないユーザーが利用できるように作成されねばならない。

* アカデミックスや関連機関は、大学が各大学独自の状況に適した予測モデルを構築するのを支援している。英国の高等教育機関を支援する非営利機関のJisc(英国情報システム合同委員会)※1が開発したLearning Analytics Architectureは、市販のツールやプラットフォームと共に活用できるベーシック・ソリューションである。また、フレームワーク上にアプリケーションを構築することを望む開発者や研究者からの支援も有益であろう。

※1 英国の高等教育機関や研究機関におけるデジタル・テクノロジーに関する支援を行う非営利機関。以前は、Joint Information Systems Committeeと呼ばれた。

4. その他の重要事項

* データセットが十分に利用されていない大きな原因は、それらが大学の各部署に個別に保管されているためである。システムは、現在または過去の仕事のスタイルを反映している。学習データ分析の効果的な利用は、新たなツールの採用と共にカルチャーの変革にかかっている。

* 変革プログラムを成功に導くには、新たなソフトウェアのデザインとその稼働が全てのユーザーの要求に合った方法で実施できるように、大学の全部署の関係者を集めた機能横断型のチームを編成することが大事である。

【事例:南フロリダ大学】

  • 2010年、米国の南フロリダ大学では、学生の卒業率と在籍率を高めるための新たなイニシアティブを立ち上げた。当イニシアティブによって、当初は卒業率と在籍率は高まったが、次第に伸び率が鈍化した。
  • このため、機能横断型のチームを集めて、今まで行われていた学科主導のイニシアティブ活動を大学全体の活動に変更した。この活動形態の変更と今まで隔離されていたデータセットをリンクするために、高等教育関連企業のCivitas Learning社とパートナーシップを組むことになった。これによって、教育実績がより意味のある方法によって測定することが可能になると同時に、キャンパス内の意思決定者がより予測可能なデータにアクセスすることができるようになった。
  • 同大学では当イニシアティブによって初年度の在籍率を高めると共に、最も必要とする学生へのサービスにターゲットを絞った全体的な事例管理アプローチを構築することができた。これにより、同大学はEDUVENTURES 2016 Innovation Awardを受賞した。

5. 新制度の導入への課題

* 大学に新たなデータ分析ツールや技術を導入するには、克服しなければならない障害がある。変更に対する全体的論理に加え、アカデミックスやCivitas Learning社等の組織が大学の直面する具体的障害をマッピングすることによって、新たなデータ分析の導入がスムースに行えるようにフレームワークを構築してきた。

* しかしながら、以下のような理由によってデータ分析の開発は行わないという阻害要因もある。

5-1) ガバナンス

  • 短中期において、大学の理事会は教育の質と水準により大きな責任を持つことが要求されている。しかしながら、理事会が教育問題にコメントする能力にあまり自信を持っていないことが、しばしばある。理事会は詳細な財務報告を受けるのと同様に、教育の実績に関する詳細な情報も受けるべきである。

5-2) 法的及び倫理的な配慮

  • データの利用に関しては重要な倫理的な課題もあり、過去にもHigher Education Commissionが「From Bricks to Clickspdfと題する報告書を出したことがある。同報告書は、大学は明確な倫理政策と行動規範を公表すると共に、学生の個人的な学習データを学習データ分析に利用することへの学生の同意を得ることを推奨した。
  • 実際の導入に関しては、大学が利用できるように多くのガイダンスが出されている。例えば、Jiscが「Code of practice for learning analytics」を、National Union of Studentsは「Guide for students’ unions」を公表している。

5-3) 学生の支援

  • プライバシーの問題もあり、学生は個人データを大学と共有するのを嫌がっているという観念があるように思われる。しかしながら、これを裏付けるエビデンスはあまりない。Jiscの調査によると、71%の学生は学業成績を上げるのに役立つのであれば、学習活動に関する個人データを大学にシェアしても構わないと回答した。12%の学生のみが拒否すると答えている。
  • 個人情報の利用への法的、倫理的考慮として重要なことは、大学全体のレベルの改善のために、個人の学習データが利用されることを学生に伝えておくことである。
  • しかしながら最終的には、学習データ分析はエンド・ユーザーである学生個人へのリスクというより、学業成績を上げるための好機と特徴づけられるであろう。これにより、学生は自分たちのデータや先輩たちの経験から利益を得ることができよう。学生はダッシュボード※2やアプリケーションを通じて彼らのデータにアクセスし、大学と一緒に個人的にテーラーメードしたカリキュラムや生涯を通じた学習計画を作ったりできるようになる。

※2 複数の情報源からデータを集め、概要を一覧表示する機能や画面のこと。

5-4) 製品のロック・イン(Product lock-in)

  • 過去においては、各大学が新技術や新たなソフトウェアのツールを採用した際には、例えば、そのサービスを一定期間は使い続けなければならないという、製品の囲い込みを意味するロック・イン(product lock-in)の問題や、二次契約のために最善の契約を得ることができないという問題に直面したことがあったと思われる。今では、市場はよりオープンで標準化してきており、このような問題は少なくなってきている。

5-5) データの保護

  • 英国の大学は1998年に制定されたデータ保護法によって重要な責任を負っており、これらは専従のデータ保護要員によって保護されているのが通常である。残念ながら、時にはこれがデータ分析の実施への障害になる場合がある。大学にはデータ保護法を順守した上で、イノベーションを奨励する寛大なフレームワークの適用が必要である。

6. 米国の状況

* 米国の大学はデータ分析の採用において、英国の大学より進んでいるという一般的な認識があるが、これは高等教育分野全体のレベルというより、個別の大学レベルであると思われる。

* これらの大学は洗練されたツールを採用し、大学や学科レベルの教育実績の詳細を示す記述的な統計から、個々の学生の進捗を考慮した予測データ分析に移行している。

* このようなテクニックを採用する際に重要な点は、大学組織のカルチャーの変革であった。これは単に技術要員を増やすことを意味するのではなく、提出されたデータに基づき意思決定をする知識とスキルを持つスタッフを増やすことにある。

7. 英国の状況

* 米国と同様に、データ分析ツールの採用状況は大学によって異なるが、多くの英国の大学はデータ分析への組織的アプローチを既に行っているか、または計画中である。データ分析への組織的アプローチを採用している事例として、エディンバラ大学やオープン・ユニバーシティー(筆者注:日本の放送大学に似た通信教育大学)があげられる。この他に約50の大学やカレッジは、Jiscが提供するベータ版学習データ分析サービスの利用を検討中である。

* 英国政府は、卓越した学習や教育に報いるための公的評価方法としてTEFの導入を決定した。しかしながら現実には、英国の高等教育システムの多様性に対応できる単一のフレームワークの開発は多くの課題を伴うであろう。

* これらの課題の規模を考えると、データ分析ツールの開発は大学にとって、より良い学習体験の提供や内部プロセスの改善だけではなく、教育の提供の価値をより明確に伝える機会にもつながる。

【事例:エディンバラ大学】

  • エディンバラ大学では、大学組織や研究分野をまたがる広範囲な学習データ分析プロジェクトやイニシアティブを実施している。同大学が実施している完全オンライン化された修士課程レベルの授業コースやMOOCS(Massive Open Online Courses:大規模オープンオンライン講義)の提供は、更なる開発の機会にもつながっている。
  • 例えば、Civitas Learning社とのパートナーシップによって、学習データ分析の開発や、どの領域のデータ収集を改善すべきかを理解するためのプロジェクト等が計画されている。
  • エディンバラ大学の取り組みは、同大学の研究者の協力も得ている。同大学の教育・インフォマティクス学科のLearning Analytics and Informaticsの責任者である教授 は、研究者の学際的ネットワークである「学習データ分析研究協会:Society for Learning Analytics Research」の会長でもある。

(参考資料:「Learning analytics in higher education: A review of UK and international practice」,「Learning analytics at the University of Edinburgh」)

8. 結論

* 英国の大学は、既に学生に関する膨大なデータを収集している。それらを十分に活用しているとは言えないが、適切な技術とテクニックの効果的活用によって、すでに多くの利益を得ていると思われる。

* これらのデータをより良く利用するためには、大学は学生に関する各種の質問のために各学科の代表を集めるようなカルチャーを育成すると共に、学習体験を個人化し、最も効果的にリソースを投入できるような方法でデータを活用しなければならないであろう。

* 学習データ分析がもたらす利益については、誇張しすぎることはないであろう。しかしながら、大学が学習データ分析からの利益を実現するには、より広範囲な変革へのプログラムに着手せねばならない。Civitas Learning社を含む世界的な最先端の経験から、TEFのように政府から指示されたフレームワークでは、これを達成するのは困難であることが分かる。それに代わり、変革は大学自身及び最終的にはこれらの強力なデータセットの個人所有者やエンド・ユーザーによって内部から生み出され、促進され、保有されることになろう。

9. 追加参考資料

【報告書及びフレームワーク】

【事例集】

10. 筆者コメント

* 英国の大学は学生に関する膨大なデータを収集しているが、それらを十分に活用しているとは言えない状況にある。しかしながら、米国ほどではないにせよ、近年、その取り組みが活発になってきている。

* 英国では、高等教育機関におけるデジタル・テクノロジーの普及を支援する非営利機関のJiscがビッグ・データの活用に関する各種支援をしているほか、民間企業も各種ツールの提供を行っている。

* また、英国大学協会による当報告書では、ビッグ・データの活用には大学におけるカルチャーの変革も重要であると指摘している点は興味深い。

* 筆者は、日本の大学における教育用のビッグ・データの活用状況を知らないが、実務担当者の参考までに、この英国大学協会報告書に掲載されている参考資料リストも紹介してみた。

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