レポート - 英国大学事情 -

2017年5月号「グローバルな研究者やイノベーターの国:英国」<王立協会等の英国の4つのアカデミーによる共同声明書「Open for business : A nation of global researchers and innovators」より>

掲載日:2017年5月2日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

2016年11月、英国の王立協会(The Royal Society)は、英国のEU離脱国民投票結果を受けて、この結果を英国が直面するリスクであると共に、将来の英国を形成するための好機でもあると捉え、「Open for business : A nation of global researchers and innovators」と題する声明書を発表した。なお、これは英国を代表する学協会であるThe Royal Society、Royal Academy of Engineering、Academy of Medical SciencesおよびBritish Academyによる共同声明である。今月号では、この声明書の一部を抜粋して紹介する。

1. 賢明な行動

* 英国はEU離脱という前例のない大きな変革に直面しているが、この変革は我々の将来を形作り、英国の強みを野心的に構築する好機とも捉えることができる。

* 英国は、非常に広範囲で効率的な研究エコ・システムを持ち、研究やイノベーションにおける世界のリーダーでもある。しかしながら、英国の研究やイノベーションへの公的及び民間の投資額は、多くの先進国と比較した場合、大きく立ち遅れているのが現状である。

* またEUからの離脱によって世界中から優秀な人材を引きつける魅力が危機に晒されていることを考えると、我々は転換期に直面しているとも言える。それ故、研究とイノベーションに関して、英国が世界でベストの国の一つであるという、大胆でポジティブなメッセージを発信していかなければならない。

* 英国の人口は世界の1%にも満たず、かつ世界の研究開発費総額の3.2%しか投資していないにもかかわらず、世界で最も引用回数の多い研究論文の15.9%を産み出している。2016 Global Innovation Indexにおいては、英国は128カ国の内、第3位の地位を獲得している。

* 英国のクリエーティブ産業は約290万名の雇用を産み出しており、11名の内1名が同産業に従事していることになる。また、サービス産業は英国の全産業の79%を占める、最大の産業である。

* 英国のデジタル産業は、他の産業に比べて32%速く成長しており、雇用者数も2.8倍速い伸びを見せている。その年間売上高は2014年では1,610億ポンド(23兆3,450億円※1)に達すると推定される。又、英国の製薬産業は年間240億ポンド(3兆4,800億円)もの輸出に貢献している。

※1 1ポンドを145円にて換算(以下、全て)

2. 将来の労働力の創出

2-1) 研究・イノベーションのハブ

* 英国の研究やイノベーションは国際的で、多くのノーベル賞受賞者や起業家は英国にての研究や起業を選択している。直近の英国のノーベル賞受賞者15名の内5名は外国生まれである。世界中からのトップ・クラスの研究者と一緒に研究することによって、英国を拠点とする研究者は彼らのテクニックやアプローチ方法を共有することができ、影響力のあるコンタクトやネットワークにもアクセスできるメリットもある。

* 現在、英国はEUからの離脱の準備を行っているが、今後も世界で最も有能な研究者や起業家が英国を選ぶように努力すべきである。英国の新たな移民規則は、今後も戦略的に重要なスキルを持つ人材を海外から採用できるようなものでなければならない。また、戦略的に重要なスキルを持つ人材とは、研究分野において成功したリーダーだけではなく、特別なスキルを持つキャリアの早期段階にいる研究者や技術者等も含むべきである。

* 1996年から2012年にかけて、英国を拠点とする研究者の約72%が海外の研究機関での研究を経験している。2015年においては、英国の研究アウトプットの半分以上が国際共同研究の成果である。

* 英国のスタート・アップ企業の約3分の1が外国籍の人たちによって設立され、スタート・アップ企業の従業員の51%が外国籍である。

* 2007年から2014年にかけて、EUのMarie Sklodowska-Curie actions※2プログラムの助成によって、世界中から合計8,120名の研究者が英国の大学を中心とした研究機関に在籍した。

※2 研究者のモビリティーを助成するためのEUの制度

【英国の大学のアカデミック・スタッフ数】 2014・15年度
英国籍 英国以外のEU国籍 EU以外の国籍 合計
139,195 名 (72%) 31,635 名 (16%) 23,360 名 (12%) 194,190 名
【英国の大学の博士課程学生数】 2014・15年度
英国籍 英国以外のEU国籍 EU以外の国籍 合計
39,985 名 (49%) 11,580 名 (14%) 29,565 名 (36%) 81,130 名

2-2) 専門知識を持つ教師の採用

* 英国は研究、工学および技術を担うスキルを持つ人材不足に直面している。そのため、若者がこれらを含む幅広い分野を学ぶための動機づけが必要である。専門分野の知識を持つ教師による授業が重要であろう。

* 技術の進歩と共に、仕事や雇用者のニーズが変化する。広範囲でバランスのとれたカリキュラムが、若者が将来必要なスキルを身につけるための最善の方法であろう。

* イングランド地方の中学・高校では、約5,500名の数学専門の教師が不足している。英国企業の39%が科学、技術、工学および数学(STEM)のスキルを持つスタッフの採用に苦労している。その上、英国の中小企業の71%は、将来の幹部社員の外国語のスキルと海外経験が必要であるとしている。

2-3) 分野や領域間のモビリティーの重要性

* 産業界と大学の間の人材の流動性を高めることによって、多くの利益を得ることができよう。人材流動化は連携や知識交流活動の機会を増やすほかに、知識の吸収能力を高めることにもなる。

【産業界と学校・カレッジとの連携事例】

  • 学校の教師は、生徒が将来STEM関連学科に進むための動機づけに重要な役割を担っている。また、産業界も若者が将来STEM学科を専攻することによって、どのような道が開けるのかを示すことで教師を支援することができる。
  • 王立協会では、産業界と学校・カレッジの間の連携を支援するために、英国産業連盟(CBI)と共同で、学校やカレッジにてのSTEM授業を支援する実用的なガイドブックを発行した。

3. 研究、イノベーション、新技術の採用

3-1) GDP比3%の研究開発費の目標設定

* 英国は多くの先進諸外国に比べて、GDPに対する研究やイノベーションへの投資比率は低い水準にある。その上、EU離脱国民投票結果を受けて、英国における研究へのEUの将来的な投資が不透明になったことは英国にとってリスクでもある。

* 研究開発への投資額だけでなく、助成の性格も重要である。助成がほとんど行われていない分野への少額助成であるシード・コーン・ファンディングや研究者のモビリティーや共同研究を支援する助成も、助成額以上のより大きなインパクトを生み出す可能性がある。

* 今は、研究開発へのより大きな公的投資を盛り込んだ新たな産業戦略を策定し、自信とリーダーシップを示す時であり、英国政府は官民合わせてGDPの3%の研究開発支出という野心的な目標を示すべきである。そのために、2025年までに少なくともOECD諸国の平均値であるGDP比0.67%の公的研究開発投資を実施する必要がある。英国政府はこのような行動を示すことによって、英国が民間投資を刺激し、雇用を産み出し、世界市場にて競争できるという強いメッセージを世界に発信すべきである。

【英国の研究開発への投資者】 総額310億ポンド(4兆4,950億円) 2014年
産業界 政府、リサーチ・カウンシル 海外 大学 チャリティー
機関
48 % 21 % 18 % 9 % 5 %
【英国の研究開発の実施機関】 2014年
産業界 大学 政府、リサーチ・カウンシル チャリティー機関
65 % 26 % 7 % 2 %
【OECD主要国の研究開発支出のGDP比率】
国別 産業界のR&D 政府のR&D その他のR&D 合計
韓国 3.14 % 0.95 % 0.06 % 4.15 %
日本 2.63 0.60 0.25 3.48
フィンランド 2.00 0.86 0.43 3.29
ドイツ 1.85 0.82 0.16 2.83
米国 1.67 0.76 0.31 2.74
フランス 1.23 0.79 0.22 2.24
カナダ 0.77 0.59 0.33 1.69
英国 0.77 0.48 0.41 1.66

(OECD Main Science and Technology indicator 2013)

* 英国の医学リサーチ・カウンシル(MRC)は7社の世界的製薬企業とパートナーシップを組み、製薬企業が持つ開発優先度の低い医薬品化合物のファイルを大学の研究者に開放している。これによって、他の病気の研究への貴重なリソースの提供が可能になり、製薬企業のお蔵入りになっている化学物質から新薬が開発される可能性がある。

* 英国には、がん、心臓疾患及び筋肉・骨格組織疾患等の研究に特化した民間ベースの最大規模のチャリティー機関がいくつも存在する。英国の医学研究系のチャリティー機関は、年間約13億ポンド(1,885億円)の研究投資を行っている。

【EUから英国へのFP7による研究助成金の配分先】 総額69億ユーロ(8,280億円※3) 2007-2013年
大学 産業界 研究機関 公的機関 その他
71 % 18 % (14%中小企業) 8 % 2 % 1 %

(FP7 は2007年-2013年に実施されたEUの研究・イノベーション助成プログラム)

※3 1ユーロを120円にて換算(以下、全て)

* 英国は現在、EUのFP7の後継助成プログラムであるHorizon 2020による研究助成額の15%を受けており、これはEU加盟国の中で最大である。ロンドンのフランシス・クリック研究所は、将来EUからの助成金がなくなった場合、年間500万ポンド(7億2,500万円)の 赤字になると危惧されている。

* 2007年から2013年にかけて、EUは英国の研究開発及びイノベーションの促進に対して88億ユーロ(1兆560億円)の助成を行った。また2013・14年度には、英国の研究開発の26%が英国の大学にて行われ、大学が受けた研究助成の10%は、EUから拠出されたものである。

* 2014年のビジネス・イノベーション・スキルズ省の調査によると、イノベーションを支援する公的助成を受けた英国企業は、イノベーションを促進するための自社の拠出額も約30%増やす傾向が見られる。

* エビデンスによると、政府の助成は優遇税制等の広範囲なビジネス支援策と共に、包括的に実施されることによって、より効果が高まることが分かっている。

3-2) 簡略で柔軟性のある規制

* 英国は生殖医療技術への発生学研究(embryology research)の応用等、新しい技術への科学的理解と異なる価値観との間のバランスをとったアプローチで世界的な関心を受けてきた。これによって新技術を更に研究することができ、一般市民の信頼を基に、英国の患者に新たな治療を提供できるようになった。

【事例:ミトコンドリア移転技術】

  • 2015年、英国議会はヒトの受精及び胚研究認可局(Human Fertilisation and Embryology Authority)の監督の下に、ミトコンドリア移転技術の臨床応用への認可を採択した。
  • この決定は、科学的見地と一般市民の意見の間の長い議論の末になされたものである。英国にて開発された、この新技術の応用認可によって、ミトコンドリア疾患を持つ新生児を減らすことが期待されている。

* 2014年には、英国は欧州において、海外からの直接的研究開発投資を最も多く受けた国であるが、これは競争的な助成であり不安定である。他の国々では、常に既存の研究開発投資へのインセンティブの見直しを行っている。

* 政府の広範囲な政策が、イノベーションに意欲を持つ企業の成功にインパクトを与える。これらの政策には、企業が必要とする特別なスキルを持つ人材の採用に影響を与える移民制度、広範囲な優遇税制や規制制度等が含まれる。これらは、効果的な産業戦略の立案プロセスにて十分に考慮されるべきである。

* 英国とEUの関係の変化は、適切なインフラ、スキルを持つ人材や卓越した研究基盤をベースに、英国がグローバル企業の新技術の研究開発にとって非常に魅力ある国になる好機である。それと同時に、開発された新製品の国際市場への売り込みで英国が主導的立場に立てるように、規制緩和と財政的アプローチをミックスした政策を立案する機会でもある。

4. 英国で進行中の創造性とイノベーションの活用

4-1) 産学連携活動の強化

* 英国の研究拠点の卓越性および産学間の研究連携の実績は、英国がこの価値ある活動発展させる競争力を持つことを示している。

* しかしながら、英国は産学連携による共同研究に比較的成功しているが、産業界と大学が連携している研究分野は産業分野によって大きく異なる。新たに設立が計画されている公的助成機関である英国リサーチ・イノベーション(UK Research and Innovation:UKRI)は、この問題点を大きく改善する機会を提供するであろう。この組織の新設によって、研究からインパクトまでのプロセスが短縮され、知識と専門性が社会のために迅速に活用されることが期待される。

* 英国の産学連携研究活動は、2016年度Global Innovation Indexにて世界第4位にランクされている。しかしながら、英国の全企業の6%のみが大学との連携協定を結んでおり、23%の企業は大学との非公式なコネクションを持ち、それらを情報源として活用しているのが現状である。

筆者注:

英国リサーチ・イノベーション(UKRI)は「英国大学事情2016年第8号」にても紹介したように、2016年の高等教育白書「Success as a knowledge economy: teaching excellence,social mobility and student choice」によって新設の提案がなされた公的機関である。今後はUKRIが、研究分野ごとに7つある英国のリサーチ・カウンシルやイノベーション促進機関であるInnovate UKの全機能とイングランド高等教育ファンディング・カウンシル(HEFCE)の研究向け運営費交付金の配分機能を併せ持つ公的助成機関となる。UKRIの新設によって、英国の研究とイノベーション・システムが十分に戦略的で、発明と成長をもたらすために、国家の能力を迅速に発揮できるようにすることを目指している。

4-2) 政策立案への専門家の助言

* 政策決定者が疫病の発生などの予測不可能な事態や高齢化人口への持続可能なケア等の日常的課題に対応する際に、専門家の助言は非常に役立つ。英国の政策決定者は、政策立案段階での意見の提供を受けると共に、社会の信頼を基に立案する姿勢を示すために、広範囲の専門家と一般市民の声をより聴くようにすべきである。

【事例:シェールガス抽出技術への規制】

  • 政府の政策を前進させるために、王立協会や王立工学アカデミー等の英国のアカデミーは特定の問題への中立的で専門的見地からの助言を提供している。例えば最近では、王立協会と王立工学アカデミーが共同で、英国におけるシェールガスの抽出に対する見解をまとめ、公的討論のための土台を提供した。

4-3) 英国における研究の卓越性の広さ

* 計画されているUK Research and Innovationの設立は、英国の研究やイノベーションの基盤の強みとその広さを活用する学際的研究に、より強力な支援を提供できると期待される。

* 大学の研究への直近の公的評価活動である「2014 Research Excellence Framework」のために、大学から提出された研究事例の約3分の2が学際的研究成果であった。

* 研究や国民健康保険制度(NHS)のような公的制度への国民の強い支持は英国の資産であり、研究やイノベーションへの公的投資を増やすことによって、英国は海外競争力のある、より多くの最先端の研究を行うことが可能になる。

* 2014年に英国の国立衛生研究所(National Institute for Health Research)が実施した調査によると、95%の回答者が国民健康保険制度(NHS)による臨床研究を支持し、89%は自分が患っている病気への臨床試験に参加したいと答えている。

* また、2014年に実施された英国民の「科学に対する態度」の世論調査では、79%が直ちに効果が上がらなくとも、知識を向上させるための科学的研究は、政府によって助成されるべきと回答した。

5. 筆者コメント

* 英国のEU離脱国民投票結果を受けて、王立協会をはじめとする英国の代表的なアカデミーが、これは英国が直面するリスクであると共に、将来の英国を形成するための好機でもあると捉えた共同声明書を発表したことは評価できよう。

* 英国は広範囲で効率的な研究エコ・システムを持ち、研究やイノベーションにおける世界のリーダーの一員でもあるが、英国の研究やイノベーションへの公的及び民間の投資額は、多くの先進国と比較して大きく立ち遅れている。

* そのために当声明書では、英国政府は現在では官民合わせて1.66%である総研究開発投資のGDP比率を将来的に3%に引き上げていくという野心的な目標を示すべきであるとした。そのためには、2025年までに少なくともOECD諸国の平均値であるGDP比0.67%の公的投資を実施する必要があると提案している。

* リーマン・ショックに伴い、危機に陥った英国の金融機関救済のための超大型財政出動をしたために、英国は戦後最悪とも言われる財政赤字に陥った。そのため、前キャメロン政権は2020・21年度までに単年度ベースでの財政赤字の解消を目指して超緊縮財政を行ってきた。その努力により、2020・21年度には何とか単年度ベースの財政赤字が解消するめどが立った矢先のEU離脱国民投票結果であった。

* これにより、英国のEU残留を信じて国民投票を推進したキャメロン政権に代わり、同じ保守党のメイ政権が誕生した。メイ首相は、英国のEU離脱による広範囲にわたる大きな影響を考え、前政権の緊縮財政策や2020・21年度の財政赤字解消という目標を放棄し、一転して大型財政出動を表明した。

* 英国はEUから離脱する最初の国となり、これは海図のない航海に出るようなもので、誰にもどのようになるのかは分からない。このような状況下で、英国を代表する世界的に著名な学協会が、リスクは好機でもあるというポジティブなメッセージを発信したのは評価されるべきと思える。

(参考資料:Open for business A nation of global researchers and innovatorspdf)

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