レポート - 英国大学事情 -

2016年8月号「2016年高等教育白書」<「Success as a Knowledge Economy: Teaching Excellence, Social Mobility and Student Choice」Department for Business, Innovation and Skills(ビジネス・イノベーション・技能省)>

掲載日:2016年8月1日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。

2016年5月、高等教育や科学技術行政をも所管するビジネス・イノベーション・技能省(Department for Business, Innovation and Skills : 略称BIS)大臣は、高等教育と研究システム改革に関する政府の新たな政策を表した「Success as a Knowledge Economy: Teaching Excellence, Social Mobility and Student Choicepdf と題する高等教育白書を発表した。この白書には大きな改革が表明されており、今後は国会審議を経て実行に移されていくことになる。今月号では、この80ページを超える白書の中からサマリ―を紹介する。

1.高等教育市場への新規参入、品質およびリスクに基づく規制

* 現在、高等教育分野への新規参入ルートは重複しているが、今後は政府外の公的外郭機関として新設する高等教育監督機関である学生庁(Office for Studentsの仮訳。略称はOfS)に集約する。

* 追加モニタリングが必要な高等教育機関を除き、高等教育分野全般にわたる監督行政の負担を軽減するような、リスクに基づく規制(risk-based regulation)に移行する。

* 質の高い教育機関は、新たに高等教育分野に迅速に参入できるようにし、既存の高等教育機関と同一条件にて競争できる環境を整える。

* 高等教育機関が、学生と納税者に対して費用対効果の高い高等教育を提供できるように、今後も高等教育の質の基準を高く設定していく。

* 厳正なアウトカム評価を含め、高く設定された質を満たす限り、各大学の学生数に対する規制は今後も設けない。

* より柔軟な学位授与権制度の導入によって、各高等教育機関が独自に学位を授与できるようにしていく。(筆者注:現在は、新規または小規模な高等教育機関の中には、学生に対して、提携している既存の大規模な高等教育機関が学位を授与している所がある。)

* フルタイム換算で55%以上の学生が高等教育を学んでいるという条件を満たす限り、「大学」という名称の使用を許可し、現行の最低学生数の条件を廃止する。ただし、ユニバーシティー・カレッジという名称を希望する高等教育機関には、その名称を認める。(筆者注:ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン等、長年にわたりユニバーシティー・カレッジという名称を使用してきた大学への配慮と思われる。)

* イングランド地方の高等教育機関に学位授与権や「大学」の名称を許可する権限を、現行の枢密院(Privy Council)から新設予定の学生庁に移管することによって、そのプロセスを簡略化する。

* 学生庁の提言を基に、担当大臣は、高等教育分野が持つ独自組織に特定の質の保証やデータを公開させる権限を与え、政府と高等教育分野の両方が監督するという原則を維持する方針である。

* 高等教育機関がガバナンスの変更の承認を求める書類を枢密院に提出するという、現行の方式を廃止すると共に、高等教育法人(Higher Education Corporations)に関する不必要な法的規制も撤廃する。

* 高等教育独立裁定局(Office of the Independent Adjudicator for Higher Education※1)が、イングランド地方とウェールズ地方のみならず、登録されているすべての高等教育機関をカバーするように、その権限を拡大する。

※1 Office of the Independent Adjudicator for Higher Education/イングランドとウェールズの高等教育機関を対象に、学生による大学への各種の不満を審査・裁定する独立組織。

* 高等教育機関が授業を提供できない事態に陥った場合、学生を保護する計画をあらかじめ策定することを、今回初めて義務付ける。

2.選択、教育の卓越性、社会的流動性および透明性

* 高等教育機関の教育の質に対する公的評価として、新たにTeaching Excellence Framework(TEF)を導入することによって、高等教育機関の教育の質を段階的に高めていく。

* TEFによる評価は、企業等の雇用者や学生を含む専門家によるピア・レビューによって合意された評価項目に基づき、コア・メトリックス(数値を利用した評価基準)と各高等教育機関からの短い書類の提出のコンビネーションによって実施される。

* TEFは、恵まれない環境の学生グループのアウトカムを積極的に考慮する。

* 2015年7月の政府予算において発表したように、TEFの評価が高い高等教育機関は、インフレ率以内の授業料の毎年の値上げと、法律で定められた年間授業料の上限を設定することが可能になる。(筆者注:現在は、インフレ率上昇に伴う授業料の値上げは許可されていない。)

* この高等教育白書と共に、TEFの第2年度の制度設計を支援するために、技術的コンサルテーション(Technical Consultation)を発表した。

* より多くの学生が高等教育機関の間を移動することを奨励するために、履修単位の移管に関する実例の提供を広く求める。学生の高等教育機関間の移動は、人生のチャンスを大きく改善する可能性がある。(筆者注:英国では既に、留学生も含め、学士課程と異なる大学の大学院課程に進むケースがよくある。)

* 高等教育分野が保有する各種データを公開することによって透明性を促進し、高等教育機関への入学希望や入学許可の状況および性別、人種別、恵まれない環境にある学生への入学許可の進捗率等の公表を義務付ける。それによって、学生への選択肢の情報を増やし、社会階層の流動性(social mobility)を促進していく。

* 社会階層の流動性の促進を支援するため、全国の大学と入学希望者との間に立って大学入学業務を集中的に行っているUniversities and Colleges Admissions Service(UCAS)等の業務共有サービス機関に対し、適切なデータ保護を念頭においた上で、政府や研究者が共有している関連データの開示を要求できるように法制化を進める。

* 学生庁に学生、雇用者および納税者の各種利益の選択肢を促進する任務を課すことによって、高等教育分野における選択肢と柔軟性を高める。

現行のDirector of Fair Access※2の機能を学生庁に統合し、学生庁の理事の中から1名を、所管大臣が任命するDirector of Fair Access and Participation職とする。

※2 主に経済的に恵まれない家庭からの学生の大学進学を支援する公的機関。

* 学生庁には、恵まれない環境からの学生に関する大学進学のみならず、全てのライフ・サイクルにわたる機会均等をモニターする法的権限を付与する。

* 宗教上の理由によって、金利が付くローンを受けることができない学生の大学進学を支援するため、代替の経済的支援システムも導入する。

3.高等教育、研究およびイノベーションに対する仕組み

* イングランド高等教育ファンディング・カウンシル(HEFCE)に代わり、高等教育分野の監督機関として学生庁を新設する。競争、選択肢および学生の利益の促進が、この新設機関の最も重要な役割となる。

* 学生庁は政府外の公的外郭機関(non-departmental public body。略称NDPB※3)であり、高等教育担当大臣がそのチェア、チーフ・エグゼキュティブおよび非常勤理事を任命する。

※3 政府による行政の執行機関であるexecutive agencyに比べ、non-departmental public bodyは政府から一定の距離を置いた、より独立性の高い公的機関。

* 学生庁の運営財源の主要な部分は高等教育機関からの登録料であり、その登録料は高等教育機関の規模やアクセスできる政府の支援の種類によって異なる。この登録料の詳細に関しては、導入する前にコンサルテーションを実施する予定である。

* 学生庁は教育向け運営費交付金の配分と共に、財政の持続可能性、効率性および高等教育分野の全般的な健全性のモニタリングの役割を担う。

* 学生庁は高等教育分野の質と基準を評価する法的任務を負うと共に、様々な規制の条件に対する広範囲なコンプライアンスの権限を持つ。

* 学生庁とその所管省であるビジネス・イノベーション・技能省は、(筆者注:筆者コメント欄でも述べているが、7月のメイ政権誕生に伴い、高等教育担当は教育省に移管された。)学生と納税者の利益を守り、高等教育分野の評判を保護するため、詐欺や違法行為等の重大違反の疑惑が持ち上がった場合には、裁判所の令状を持って当該の高等教育機関の構内に入り検査をする権限を持つ。

* この他に、研究とイノベーションのための公的助成金の配分機関として、UKリサーチ・イノベーション(UK Research and Innovation。略称UKRI)と名付ける組織を新設する。UKRIの新設は、英国の研究とイノベーション・システムが十分に戦略的で、発明と成長をもたらす将来に対して国家的能力を迅速に発揮することを目指している。

* UKRIは、現在7つあるリサーチ・カウンシル(Research Councils)、イノベートUK (Innovate UK※4)の機能と現在HEFCEが行っている研究向け運営費交付金の配分機能を併せ持つ公的助成機関となる。なお、リサーチ・カウンシルとイノベートUK という名称とブランドは今後も存続する。

※4 国のイノベーションを促進する、BIS傘下の政府外の公的外郭機関(NDPB)。

* UKRIは、所管大臣に対して、全般にわたる戦略的方向性への指導、分野横断的な意思決定および研究領域間の助成バランスに関する助言を行う、強力な理事会を持つ。理事会は、分野横断型インパクトを持つ研究への助成と共に、Sir Paul Nurseによるリサーチ・カウンシルへのレビューpdf にて提言された、新たな学際的研究を促進する共通研究ファンド(common research fund)の運営も行う。

* 所管大臣は、UKRIの理事にアカデミックスと企業の両方の代表者と専門家を任命する法的義務を負う。

* UKRIの中に自治と権限を持つ9つのカウンシル(Councils)を創設して、特定の研究領域、イノベーションおよびイングランド地方への助成に対するリーダーシップを強化していく。(筆者注:ここで言う9つのカウンシルとは、現行の7つのリサーチ・カウンシル、イノベートUKおよびHEFCEの研究助成機能をもつカウンシルを指す。)

* これらのカウンシルは、それぞれの研究分野と共に、科学、研究およびイノベーションに関する戦略的リーダーシップの責任を担う。所管大臣は、毎年9つあるカウンシルの予算を決定し、各カウンシルに通達する。

* イングランド地方における伝統的な研究への二元的助成制度(dual support system※5)を保護するための法制化を計画しており、政府としてホールデン原則(Haldane principle※6)の持続維持を正式に再表明する方針である。

※5 現行のHEFCEによるブロック・グラントとリサーチ・カウンシルによる競争的助成

※6 研究予算の使途決定は政治家ではなく、研究者側が行うべきとする、英国の政治家であったRichard Burdon Haldane卿が20世紀初頭に主張した研究助成原則

4. 筆者コメント

* イングランド地方の高等教育分野における現在の監督制度は、大学間の競争がそれほど激しくなく、各大学の学生数も適度にコントロールされ、大学の経費のほとんどが運営費交付金で賄われていた1990年代に出来上がったものである。

* HEFCEは主として運営費交付金の配分機関として設立され、元々は高等教育分野の監督機関ではなかった。しかしながら、例えば2014・15年度においては、HEFCEが助成する高等教育機関130校の内、90校では全収入に占める運営費交付金の比率が15%以下になっている状況である。

* このように、イングランド地方の高等教育は、今では主に学生と納税者が学生ローンの形で納入する授業料収入によって成り立っている。また、HEFCE経由ではなく、ビジネス・イノベーション・技能省(BIS)が直接所管する異業種からの高等教育分野への参入も増加しつつあり、HEFCEの本来の目的や役割は現状に合わなくなっている。その上、学生の選択肢の拡大と大学間の競争を重視したシステムが必要との認識が政府内で強まってきた。

* それに伴い、今回の「高等教育白書」ではHEFCEの機能を二分割する案が提示された。一つは学生に焦点を置いた、高等教育分野の監督機関として学生庁を新設する計画である。規制をできる限り外し、自由な競争を促進することによって、高等教育分野への新規参入や大学間の競争を促し、学生の選択肢を広げることを目指している。

* もう一つは、研究とイノベーションのための公的助成金の配分機関としての、UKリサーチ・イノベーション(UKRI)の新設である。HEFCEによる研究の質に基づく大学の研究向け運営費交付金の配分機能は、このUKRIに移管される。したがって、従来のリサーチ・カウンシルによるプロジェクト・ベースの公的研究助成とHEFCEによる研究の質に基づくブロック・グラントの助成は、今後は両方とも同一機関であるUKRIが実施することになる。一方、教育向け運営費交付金の配分は学生庁が行う。

* これによって、現在、10ある高等教育と科学研究に関連する公的機関は、学生庁とUKリサーチ・イノベーションの二つに集約されることになる。将来的には、これらの二つの機関は高等教育分野の財政の安定性や効率化について協働したり、情報、データや専門知識を共有したりすることが考えられている。

* 新設予定のUKリサーチ・イノベーションは、学生庁と同様に政府外の公的外郭機関(NDPB)であり、政府から一定の距離を置いた、自治と独立性を認められた公的機関となる。また同機関は、年間60億ポンド(8,400億円※7)以上の公的助成金を研究とイノベーションのために配分する組織でもある。

※7 1ポンドを140円にて換算。

* 今回の高等教育白書に提示された政府案は、今後は国会審議や法制化を経て実施に移されていくことになり、実施にはある程度の時間がかると予想される。しかしながら、学生庁を新設して、競争、選択肢および学生の利益の促進を最も重要な役割とするなど、現保守党政権の高等教育に関する理念が色濃く出ている。また、新設のUKリサーチ・イノベーションに、全ての研究およびイノベーションに関する公的助成の配分を集約する案も大きな転換となる。

* なお、6月の国民投票によって英国のEU離脱が決まり、それに伴い、キャメロン首相が引責辞任し、新たにメイ首相が誕生した。しかしながら、同じ与党の保守党内での政権交代であり、「2016年高等教育白書」の政府方針は大きく変更されることはなく、国会審議に入るものと思われる。

* メイ政権発足に伴い、今まで高等教育を所管していたビジネス・イノベーション・技能省(BIS)が再編され、高等教育行政は教育省(Department of Education)に移管された。ビジネス・イノベーション・技能省はエネルギー・気候変動省(Department of Energy & Climate Change)と統合され、その名称はビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy & Industrial Strategy)となった。高等教育に関係が深い科学技術やイノベーションは、ビジネス・エネルギー・気候変動省が所管する。

* 英国では省庁再編に関する国会承認が不要なため、時に内閣の方針によって、省庁再編が頻繁に実施されている。例えば高等教育に関しては、2007年に教育技能省(Department of Education and Skills)と通商産業省(Department of Trade and Industry)の一部の業務が統合され、イノベーション・大学・技能省(Department for Innovation, Universities and Skills)が誕生した。

* 2009年には、イノベーション・大学・技能省は、新設されたビジネス・イノベーション・技能省(Department for Business, Innovation and Skills)に統合された。それ以来、高等教育と科学技術行政はビジネス・イノベーション・技能省が担っていたが、今回の省庁再編により、高等教育行政は教育省に戻ったことになる。これによって、直接的にどのような変化が出てくるのかは今のところ不明であるが、高等教育を、初等中等教育を含めた教育全般の中で捉えるという従来の考え方に戻ったと言えよう。

ページトップへ