レポート - 英国大学事情 -

2016年1月号「産学連携活動に関するレビュー」<The Dowling Review of Business-University Research Collaborations>

掲載日:2016年1月4日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

 英国では産学連携活動が活発になってきてはいるが、そのポテンシャルを考えた場合、まだ不足しているという見方が多い。それを踏まえて、産業政策、高等教育及び科学政策等を所管する英国のビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)は、王立工学アカデミー(Royal Academy of Engineering)のプレジデントであるProfessor Dame Ann Dowling※1に委託していた英国の産学研究連携の見直し調査を、2015年7月「The Dowling Review of Business-University Research Collaborationspdfと題した報告書にて公表した。今月号では80ページ以上の報告書の中から、サマリーと提案を中心に一部を紹介する。

  ※1. ケンブリッジ大学工学部の最初の女性教授、同大学工学部長を歴任。専門分野はメカニカル・エンジニアリング、空力音響学。

 

 1. イノベーション・システムへの複雑すぎる公的助成


  • 産学連携活動はイノベーション・エコシステムの重要な要素である。イノベーション・システムは複雑で、直線的プロセスではないため、英国のイノベーション・システムの複雑さは驚くことではないし、ある意味で避けられないことかも知れない。
  • しかしながら、研究とイノベーションのための政策支援メカニズムの複雑性は、特に中小企業にとっては産学研究連携活動への障害となっている。

 

【提言】

  • 省庁及びファンディング・エージェンシーは、例えば同じような目的を持つ助成制度を統合して、複雑な助成システムを整理すべきである。
  • 簡潔な助成制度の導入が難しい場合は、助成を求める企業やアカデミックスが適切な助成制度やネットワークを探しやすいような、簡潔で一貫性のある支援や助言のためのユーザー・インターフェースを提供すべきである。

 

 2. 成功する産学連携の中心となる信頼関係の重要性


  • 企業人と大学関係者間の強固な信頼関係は、成功する産学連携の基礎である。これらの人間関係には、産学連携からもたらされる利益に対する相互理解と共通のビジョンが必要である。そのような関係は、産業界と大学の間のアイデアと人の移動を促進するようなインセンティブがあるフレームワークの構築によっても育むことができよう。

 

【提言】

  • 大学の研究に対する公的評価として2014年に実施された「REF2014」では、研究のインパクトが評価項目に加えられた。これまでに得られたエビデンスからは、アカデミックスが産学連携活動の促進に、より積極的に貢献したことがうかがえる。したがって、今後の研究への公的評価にも研究のインパクトを重視すると共に、産業界と大学間の研究者の相互移動も増やすべきである。
  • 産学連携活動はアカデミック・キャリアにマイナスという考え方が、学内では根強い。大学は、採用や昇進要件に産学連携活動はプラスであることを明白にすべきである。
  • 産学連携によって利益を受けると思われるが、今まで大学との連携活動をしたことのない企業を説得することは今後も継続的課題となる。産学連携によって利益を得た企業の事例紹介等のキャンペーンの実施も有効であろう。
  • アカデミック・キャリア・パスの初期段階で企業との関わりを持つことは、長期的に見て産学連携活動への環境を著しく高めるであろう。産学連携に関連のある科目の博士課程学生に対しては、以下のような大学の取り組みが有効と思われる。
    • 知的所有権の知識と広範囲なビジネス・スキルの訓練を提供すべきである。
    • 奨学金を出しているリサーチ・カウンシルやその他の助成機関は、博士課程学生の訓練の一環として、学生が一定期間、企業にて実習することを支援すべきである。

 

 3. 産学連携の初期段階における効果的な仲介活動と継続的支援の重要性


  • この仲介活動には、可能性のある研究パートナーを探し出すためのデジタル・ツールが必要である。又、産学連携活動をキック・スタートさせるための助成も必要であろう。現在、Innovate UKやリサーチ・カウンシルが各種助成スキームを実施している。
  • 特に価値があると思われるスキームは、Knowledge Transfer PartnershipsCASE studentshipsのような小規模プロジェクトを支援する制度やHigher Education Innovation FundingImpact Acceleration Accountsのような新たな機会に柔軟で迅速に対処できる制度である。

 

【提言】

  • 現在、HEFCE、Innovate UK及びリサーチ・カウンシルはNational Centre for Universities and Businessと共同で、仲介を行うオンライン・プラットフォームを開発中である。このオンライン・プラットフォームには、リサーチ・カウンシルやInnovate UKのみならず、産業界、チャリティー機関、海外のエージェンシーの助成による英国の産学連携パートナーシップのデータ等も含める必要があろう。
  • Catapult Network※2は今や英国のイノベーション支援策としてなくてはならない存在であり、今後も長期にわたる継続的な公的助成が必要である。
  • Knowledge Transfer Partnerships、CASE studentships、Higher Education Innovation Funding及びImpact Acceleration Accountsスキームも非常に効果的であり、更なる継続的な充実が求められる。

  ※2. 「英国大学事情2012年第8号」にても紹介。

 

 

 4. 一定の規模と持続性のある研究連携への官民共同の呼び水的助成の必要性


  • 英国では多くの分野にわたり産学連携活動が活発であるが、今後は短期プロジェクト・ベースの連携から、実用的な応用研究に重点を置いた長期的パートナーシップの育成に力を入れるべきである。このような育成支援は企業の利益を増やすだけではなく、基礎研究分野への新たな理解を深める機会をも提供するかもしれない。

 

【提言】

  • クリティカル・マスと企業からの大規模助成を伴う、長期的視点に立ったグループ連携に変革するために、大学の研究者と産業界の間の関係を強化するような、政府と民間企業による共同の呼び水的な助成が必要である。

 

 

 5. 短期的利益の追求よりも技術移転の優先付けの重要性


  • 近年、大学は知的所有権の重要性への認識をより高めており、専門的な技術移転活動をしている。しかし、知的所有権から派生する短期的利益を選択するか、より広範囲の社会的利益やより大きな長期的投資リターンを選択するかという葛藤が存在する。
  • 大学は後者に重点をシフトしていく必要があろう。又、このシフトの重要性は大学の技術移転オフィスへの助成モデルや成功を測るメトリックスに反映されるべきである。

 

【提言】

  • 大学の技術移転オフィスの役割を強化するためには、以下が有効であろう。
    • 大学は技術移転オフィスの成功度を評価する際に、短期的収入の多寡ではなく、長期における技術移転活動の有効性を評価すべきである。
    • 技術移転オフィスによる産学連携支援活動に自信のある大学は、その効率と有効性を示す統計データを公表すべきである。
    • 技術移転オフィスと大学は、専門知識、分野に関する知識及びベスト・プラクティスを共有するために、各大学の枠を超えた協働活動をすべきである。
  • 英国特許庁とビジネス・イノベーション・スキルズ省は、公的助成を通じた研究によって取得された知的所有権の商業的利用に対する指針をはっきり規定すべきである。
  • Innovate UKは特許庁とも話し合いの上、大学と研究連携をしたい中小企業が訪問できる中立的立場の相談窓口の設置を考えるべきであろう。

 

 

 6. よりコーディネートされ、より透明性の高いイノベーション・ニーズに関する政府戦略の必要性


  • 政府には、イノベーションと研究開発に対してより大きな民間投資を呼び込むため、又はサプライ・チェーンを通じて大小様々な企業を巻き込むために、工業分野や主要技術を梃(てこ)として利用できる機会がある。又、産学間の共同研究を効果的に促すような税制の整備も必要であろう。

 

【提言】

  • 産業戦略やその他の長期的な産業分野別の戦略を立案する際には、政府及び企業は大学をキー・パートナーとして相談を持ちかけるべきである。又、イノベーションは生産性と競争力強化を促進するための政策のコアとなるべきである。
  • 政府は、戦略的に重要な工業分野の研究開発への公的投資の増額に関しては、産業界からの同等の投資を条件に、優先順位づけをすべきである。そして、Innovate UKが戦略的工業分野における研究開発への投資レベルをモニターし、政府からのマッチング助成を管理すべきである。
  • 企業が研究開発費へのタックス・クレジット制度を最も有効に活用できるように、国税庁とビジネス・イノベーション・スキルズ省からの明確なガイダンスが必要である。
  • 政府は産学連携を育成するために、Small Business Research Initiativeが提供する機会を十分に活用すべきである。
  • 国営保健サービス(NHS)は、新薬や最先端技術に対する早い段階での利用者であると共に産学連携による共同研究への助成もしているため、英国におけるイノベーション・フレームワークの重要な一部と考えるべきである。

 

 

 7. 学問分野別の産学研究連携プロジェクト数


【現在の産学研究連携プロジェクト数】

学問分野 件数
工学・物理科学 合計 6260(54%)
工学 3060
コンピューター科学 1328
地球・環境科学 594
物理学 592
化学 420
数学 266
生命科学 合計 3428(29%)
臨床医学 1748
生物科学 892
農学、獣医学、食物科学 132
社会科学 合計 1634(14%)
経済・経営 655
社会学、政治科学 443
考古学、人類学、地理学 218
スポーツ科学 112
建築 94
教育 56
法律 21
その他 35
人文科学 合計 368(3%)
コミュニケーション、文化等 226
アート、デザイン、芸能 123
歴史、古典 10
言語、地域研究 7
哲学、神学、宗教学 2
総合計 11690(100%)

 

  • この「学問分野別の産学連携プロジェクト」データは、当レビュー報告書作成のために、研究を重視する各大学にアンケート調査を実施し、英国の大学の約半数の68大学からの現状報告を集計したものである。

 

 

 8. 筆者コメント


  • 上記の「学問分野別の産学連携プロジェクト」のデータは、英国の大学の約半数(研究重視の大学が中心)からのデータであり、全大学ベースではこれより少し多いのであろう。しかしながら、英国における学問分野別産学研究連携プロジェクトの傾向が分かる興味深いデータに思える。
  • 工学・物理科学分野の産学連携プロジェクトが54%、生命科学が約29%を占めているのはある意味で当然と思われるが、社会科学が14%もあるは注目されよう。
  • 今後は分野横断型の産学研究連携も多くなると思われ、工学、理学、社会科学、人文科学と幅広い学問分野をカバーする総合大学の強みを発揮する機会も増えよう。また、大学側も、これらの強みを産業界に積極的にアピールする努力も必要であろう。
  • 当レビュー報告書は提案の中で、「技術移転オフィスと大学は専門知識、分野に関する知識及びベスト・プラクティスを共有するために、各大学の枠を超えた協働活動をすべきである。」と述べている。筆者は、今までにも頻繁にベスト・プラクティスの共有の重要性を述べてきたが、各大学は競争をすると同時に、必要に応じてベスト・プラクティスの共有を通じて、国全体のレベルアップを図ることも重要と思われる。

 

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