レポート

英国大学事情—2015年11月号「なぜ大学に投資するのか?」<英国大学協会報告書「Why invest in universities?」より>

2015.11.02

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 2015年6月、英国大学協会(Universities UK)は、「Why invest in universities? ※1 」と題する報告書を発表した。この中から、一部を抜粋して紹介する。

※1 英国大学協会(Universities UK)「Why invest in universities?」

1. 大学は教育や研究による広範囲なインパクトを通じて、人々の暮らしを変革している

  • 現在、英国の高等教育機関には様々なバックグランドを持つ230万名以上の学生が在籍する。これらの学生は高等教育から社会的、文化的、経済的なベネフィットを受けると共に、これらのベネフィットを社会や経済に還元する役割を担っている。
  • 英国の大学卒業者は就職できる確率が高く、2020年までに生まれる新たな職種の74%が大学卒業者によって占められるとの予測もある。
  • 2014年には、イングランド地方の恵まれない環境の若者が2006年に比べて60%も多く高等教育機関に進学している。この成功は、高等教育へのアクセスを改善するという、大学と政府のコミットメントによる成果でもある。
  • 大学は教育によって人々の生活を変革するだけではなく、広範囲な研究のインパクトを通じて次のような課題にも貢献している。
    • 資源の枯渇、世界的食糧不足、気候変動等の21世紀が抱える大きな課題への挑戦
    • 国際関係、健康、教育等の分野への政策助言
    • 新たな生活様式を創出するような技術の発明
    • 病気の治療および新たなサービス/ケア・モデルのイノベーション
    • 文化とアーツを通じた豊かな生活
    • 海外開発への支援

2. 大学は、学生が雇用者の必要とする技能と知識を習得することを支援している

  • 雇用者は、ますます高度の技能を持つ人材を採用する傾向にある。2022年までには、より高度の技能が要求される200万もの人材が必要になると予測される。
  • これらのニーズに対応するため、多くの大学は積極的に雇用者との共同活動をしている。企業の中には様々なユニークな技能を必要とするところもあり、これらに対応するには企業主導型のテーラーメードの柔軟な学習方法が必要となる。最近のアンケート調査によると、93%の高等教育機関が特定企業のために特別に開発した短期間の授業コースを大学キャンパス内または企業施設にて提供している。その事例として、以下のような取り組みが挙げられる。
    • シェフィールド大学の先端的製造研究センターでは、製造企業による実用的かつアカデミックな技能へのニーズに応えるため、学位レベルの実習コースを提供している。
    • サウス・ウェールズ大学では英国航空と提携しており、学生は航空機メンテナンス・エンジニアリングの学位と共に、英国航空の認証を得たEASA(European Aviation Safety Agency)のプロフェッショナル・ライセンスを取得できる。
  • 最近の研究によると、大学卒業者の技能の蓄積は1982年から2005年の間の英国のGDPの伸びの約20%の貢献をしており、大学卒の学位を持つ労働力が1%増えると長期的な生産性が0.2%-0.5%上がるとされている。
  • また、大学は英国が必要とする医師、看護師、その他の医療関係専門職、教師、ソーシャル・ワーカーの供給を通じて、公的分野を支える重要な役割も担っている。

3. 英国の大学の研究は学問的に世界をリードすると共にどの国よりも費用効率が高い

  • 英国は世界の研究開発支出総額の3.2%を占めるに過ぎないが、研究論文のダウンロード数は9.5%、被引用数は11.6%、世界で最も引用された論文の15.6%を占める。
  • 6-7年ごとに実施される英国の大学の研究への公的評価である2014年度Research Excellence Frameworkにおいて、評価のために提出された研究の76%が世界を主導する(world leading)又は国際的に卓越している(internationally excellent)と評価された。
  • しかしながら、GDPに対する英国の研究開発への投資比率はOECDやEUに比べて非常に低い水準にある。
    • 英国の研究開発支出は1990年代初めから長年にわたりGDPの約1.8%であったが、2012年には1.72 %となった。ちなみに、2012年におけるEU28ヶ国の暫定推定値は2.06%、OECD平均値は2.4%であった。
    • 英国の公的な研究開発支出は、2013年においてGDPの0.44%であり、G8諸国の中で最低の水準であった。
    • その一方、米国は年間約2,500億ポンド(47兆5,000億円※2)を研究開発に費やしており、これはGDPの2.8%にあたる。また韓国では、2003年から2011年にかけて、研究開発投資を約2倍の年350億ポンド(6兆6,500億円)、GDP比で4.0%に増やしている。
    • ドイツやフランスでも常にGDPの2%以上を研究開発に投資しており、将来はGDPの3%に増やすことを目標にしている。
  • 経済成長に不可欠なブレークスルーに導く、長期的でリスクの高い研究の支援には公
    的助成が非常に重要な役割を果たす。

※2 1ポンドを190円にて換算

4. 大学の研究はビジネスや雇用を産み出し、社会を豊かにし、文化を刺激することによって全ての人のベネフィットになる

  • 2014年度のResearch Excellence Frameworkにて、評価パネルに提出された研究のインパクト事例が6,679件に上ることからも、大学の研究が経済、文化、社会への利益につながっていることが分かる。
  • 最近の分析によると、研究開発への投資は通常、20%−50%のリターンがあると推測される。これは、政府が研究開発に1ポンドを支出するごとに、民間部門での研究開発のアウトプットが年間最低でも20ペンス増えることを示唆している。
  • しかし、実際の投資リターンはこれよりはるかに大きいと思われる。例えばHEFCEのレポートによると、研究の質に基づく助成を10%増やした場合、コンサルタンシー、ライセンシング、企業のための契約研究などの収入も2%増えると推定される。
  • 研究開発への公的投資のリターンを低めの20%と推測し、科学研究予算を1度だけ5%(4億5,000万ポンド、855億円)増やした場合、民間分野のアウトプットが毎年9,000万ポンド(171億円)増加すると予測される。これは長期的に見て、英国経済に18億ポンド(3,420億円)の経済効果をもたらすことにつながる。
  • しかしながら、大学の研究からもたらされる利益は、経済への直接的なインパクトを超えて、広範囲な社会的、文化的な恩恵を生み出していることも忘れてはならない。

5. 大学は、企業のイノベーションと輸出主導型の知識重視の経済成長を支え、国際市場における英国の競争力の維持に貢献している

  • 大学は英国のイノベーション・ハブであり、企業による製品、プロセス、サービスのイノベーション促進に重要な役割を果たしている。
  • 最近の政府調査によると、大学や公的研究機関と提携している企業は、提携していない企業に比べて、研究開発に161%も多くの投資をしていることが分かった。
  • 又それらの提携企業は同規模の非提携企業と比較して、3年間で製品のイノベーションで40%増、プロセスのイノベーションで45%増、画期的な製品で72%増と、より大きい実績を示している。
  • 英国は、研究重視大学と企業との連携活動において世界で2番目に活発であり、産学連携活動による大学の収入は2003・04年度から2012・13年度の10年間で60%増加した。
  • 大学は研究成果の商業化に力を入れており、2013・14年度には研究者による130社の新規スピンオフ企業に投資し、11,400名もの雇用を産み出した。
  • 新規ビジネスの立ち上げを考えている卒業生や地域住民も、大学の支援を受けること
    ができる。2013・14年度においては、最近の卒業生による4,600社のスタートアップ
    企業が設立され、18,500名以上の雇用を創出している。
  • 大学のイノベーション活動への公的投資は、対費用効果が非常に高い。HEFCEのHigher Education Innovation Fundによる公的助成は、1ポンドの投資に対して6.3ポンドのリターンがあったと推定される。その上、学生によるスタートアップやスピンオフ起業活動によって更に3.36ポンドの売り上げが加わることになる。

6. 大学の国際的な成功は、英国が世界的成長の恩恵を受けると共にその影響力を高めることにもつながる

  • 国際的な高等教育は英国の主要な輸出の一つであり、2011年には107億ポンド(2兆330億円)もの収入をもたらした。EU域外からの留学生が収める授業料と生活費は、2011・12年度には137,000名(フルタイム換算)の職を支えたことになる。その上、国際的な高等教育は貿易や外交上で大きなインパクトをもたらしており、英国の大学で学んだ多くの元留学生が英国との職業上のつながりを維持している。
  • EU域外からの留学生は英国の大学の全収入の12%を占める授業料を納めていると共に、英国人の学生数だけでは維持できない科学技術関連の授業コースの維持にも貢献している。
  • 国際的連携研究は、英国の研究の成功を高めると共に、グローバルな課題への対応にとって不可欠である。英国の大学の研究グラントと研究契約収入の23%は海外から来ていると同時に、英国のアカデミックスによる研究論文のほぼ半数が海外研究者との共同執筆である。また3分の2の研究者は海外機関と連携をしており、アカデミック・スタッフの4人に1人は外国人である。
  • 英国は成長を続けるグローバルな教育市場において、世界で2番目に大きいシェアを持っているが、英国への留学生数の伸びは過去4年間沈滞しており、2012・13年度には初めての減少を経験した。
  • 最近の英国への留学生の伸び率は前年比+2%であったが、海外に向けて高等教育システムの促進に大きな投資をしているカナダ(+11%)、オーストラリア(+8%)、米国(+8%)に大きく水をあけられている。

7. 大学は地域社会にとってのアンカーであり、活力のある地域経済に必要であると共に、イノベーションや産業発展の原動力でもある

  • 大学は地域における雇用の創出、イノベーションへの支援、投資や人材の呼び込み等を通じて、地域経済の発展の基礎造りに貢献している。
    • 大学は知識重視の企業を呼び込み、ビジネス・クラスターやイノベーション・ホットスポットの中心であると共に、海外からの直接投資を呼び込む重要な役割も持つ。
    • 大学は地域のビジネスや住民にサービス、専門知識およびインフラも提供している。また、地域によっては最大の雇用者であると同時に、地域の多くの職が大学や学生の支出によって支えられている。
  • 大学はローカル・レベルでの社会経済的課題への対応に主導的な役割を果たすことができる、理想的な立場にある。これは、大学が専門的知識を持っているだけではなく、地域社会に深く根ざしていることによる。
    • 大学は地域における経済戦略の立案への支援と共に、研究と教育の優先度を地域の経済的、社会的ニーズに合わせるということも行っている。

8. 大学は英国経済への主要な貢献者であり、2011年だけでも730億ポンド(13兆8,700億円)のアウトプットを産み出した

  • 英国の大学のアウトプットは、広告・市場調査、コンピューター製造、法律サービスの各業界よりも大きく、支出額ユニットあたりのGDPでも健康産業や建築業界を含む他の産業分野よりも大きい規模にある。以下は2011・12年度のデータである。
    • 大学は730億ポンド(13兆8,700億円)のアウトプットを創出した。
    • 大学は英国のGDPに364億ポンド(6兆9,160億円)以上の貢献をした。留学 生や大学への訪問者による大学外での支出も更に35億ポンド(6,650億円)の貢献をしており、合計で399億ポンド(7兆5,810億円)の貢献となる。これは、2011年のGDPの2.8%に相当する。
    • 大学による100名あたりの雇用は、他の産業に117名の雇用を産んでいる。
    • 大学は合計で約38万名を直接的に雇用しているほか、他産業の約37万名(フルタイム換算)が大学の支出によって生計を立てている。直接、間接合わせて合計で75万名以上の雇用となり、2011年度における英国の総雇用者数の2.7%にあたる。
  • 英国は高等教育の輸出において、米国に次ぐ世界第2位の立場にいる。高等教育分野は2011・12年度において、英国に約107億ポンド(2兆330億円)の輸出収入をもたらしたと推測される。その内、72億ポンド(1兆3,680億円)は、海外の学生からの授業料と生活費支出からの収入である。英国の高等教育関連輸出は、2008年から2015年にかけて25%増えたと推定されている。
  • 2011・12年度における大学による730億ポンド(13兆8,700億円)のアウトプットの内、21%はEU域外からの留学生の支出によるものである。また、大学および学生は製品とサービスの大部分をローカルにて購入するため、これらの支出の多くは地域内に留まっている。

9. 大学は過去10年間の変革によって、より効率的で有効的になった

  • 欧州委員会の国際比較調査によると、英国は教育と研究の両方においてリソースを効率的に利用するトップ・パフォーマーであると評価された。
  • イングランド地方の大学は、政府によって設定された効率性に関する目標を常にクリアしてきた。例えば、2005年から2011年の間で、累積で12億3,000万ポンド(2,337億円)の効率性改善の目標値に対して13億8,000万ポンド(2,622億円)の実績を挙げている。
  • 以下は、イングランド地方の大学に関する英国大学協会の調査結果である。
    • 過去10年間に、大学のスペースの利用改善によって8億8,600万ポンド(1,683億円)の効率改善の成果があったと推定される。
    • リサーチ・カウンシルからの研究助成金に関する効率性の改善に関しては、累計で1億8,700万ポンド(355億円)の目標値に対して1億9,400万ポンド(369億円)を達成した。
    • 炭素排出量とエネルギー消費削減に対する大学の大規模な投資によって、更なる12億キログラムの二酸化炭素相当量の排出が防止された。
  • 大学は現在の公的助成金削減の環境下において、設備投資資金の不足や学生の授業体 験の改善のために内部資金の利用や借入金によって戦略的に対応してきた。これらの努力によって、大学はワールド・クラスの教育・研究および社会への貢献を維持することができた。
  • 最近の政府調査によると、大学は学生の授業体験向上のための投資に力を入れており、多くの大学ではスタッフによるサポートの増加、授業スペースの改善、より少人数クラスの導入、アカデミック・スタッフとのコンタクト時間の改善等が見られる。
  • しかしながら、大学がこのような自助努力を続けるのは長期的に見て困難である。イングランド地方の大学の授業料はインフレ率調整後の実質ベースでは下がってきている上に、大学施設への継続的投資の必要性は大学の内部留保を減少させることになる。大学が再投資のための十分なマージンを確保できなくなることは、大学の長期的な持続可能性に対する重大な脅威となるであろう。

10. 筆者コメント

  • この英国大学協会報告書の最後に、大学が今後も優先的に継続したい以下の5項目が挙げられ、それへの政府の継続的助成を訴える内容が記載されているが、長くなるので割愛した。
    • 英国の知識及び技能へのニーズに応えるための高品質の教育の提供
    • 大学で勉強する能力とモチベーションを持つすべての人への教育機会の提供
    • ワールド・クラスの研究とイノベーションへの支援
    • 地域を支援すると共に、企業がイノベーション能力を高めるための機会の提供
    • 海外からの投資と人材の呼び込み及び国際市場における英国の競争力の維持
  • 今春の英国の総選挙で保守党政権が再び勝利し、財政赤字削減のために今後も緊縮財政政策が継続されることになった。英国大学協会としても、大学への投資削減を最小限度に抑えるため、政治家や政策担当者をはじめ世論に対して大学への投資の重要性を訴える必要性から、この報告書が発表されたと思われる。
  • 英国大学協会は、英国の大学がいかに英国経済や社会に貢献しているかを、たびたび
    報告書にまとめて世間に公表しており、その積極的な広報活動には感心させられる。

(参考資料: 英国大学協会(Universities UK)「Why invest in universities?」)

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