レポート - 英国大学事情 -

2015年10月号「芸術・人文リサーチ・カウンシルの知識交流活動」

掲載日:2015年10月1日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

英国には研究活動への公的助成機関として、学問分野に分かれた7つリサーチ・カウンシルがあり、年間合計で30億ポンド(5,700億円 )近い助成と投資活動を行っている。今月号では、その中の一つである芸術・人文リサーチ・カウンシル(Arts & Humanities Research Council)の知識交流ハブ(Knowledge Exchange Hub)の活動を紹介する。

※1 1ポンドを190円にて換算

1.知識交流ハブ

  • 芸術・人文リサーチ・カウンシルでは、アカデミアの世界からより広いクリエーティブ経済へのフロー、価値、ワールドクラスの芸術・人文科学研究のインパクトおよび研究レベルを高めるため、芸術や人文科学に従事する全ての研究者が公的機関、民間企業、第3セクター(*2)をパートナーとした連携活動を活発化することを奨励している。
    ※2 日本と異なり、英国ではソーシャル・エンタープライズやチャリティー機関等を指す

     

  • その連携活動戦略の中核として、芸術・人文リサーチ・カウンシルは2012年から2016年の4年間で1,600万ポンド(30億円)の予算にて、以下のような、クリエーティブ経済のための4つの知識交流ハブを設けた。
    • The Creative Exchange
    • Design in Action
    • Creative Works London
    • Research and Enterprise in the Arts and Creative Technologies

     

  • 各知識交流ハブは、複数の大学等とコンソーシアムを組み、芸術・人文関係の優れた研究をクリエーティブ又は文化活動に携わる企業や団体と結びつける役割を担っている。

2.The Creative Exchangeハブ

【参加大学】
Lancaster University(幹事校)、University of Newcastle、Royal College of Art

  • The Creative Exchangeハブは、上記の3大学がデザイン、デジタル・プロトタイピングやコミュニケーション・イノベーションの専門知識を持ち寄り、企業等と連携して、デジタル・パブリック・スペースの可能性を探る活動を支援する。
  • 研究主任の他に、研究助成を受けた21名の博士号を持つ若手研究者も参加し、連携してクリエーティブな作業やデザインの研究活動を行っている。

【クラスター】

  • The Creative Exchangeハブには、企業と研究者の協議によって現在6つのクラスターが設置されている。当ハブが開催するイベントにて各クラスター参加者が集まり、共同プロジェクトを提案して助成を求める形態を採っている。

    クラスター名:Public Service Innovation and Democracy
    10プロジェクト 20企業パートナー 25大学研究者

    クラスター名:Making the Digital Physical
    7プロジェクト 5企業パートナー 16大学研究者

    クラスター名:Performance, Liveness and Participation
    11プロジェクト 14企業パートナー 20大学研究者

    Rethinking Working Life
    5プロジェクト 6企業パートナー 12大学研究者

    Stories, Archives and Living Heritage
    3プロジェクト 5企業パートナー 3大学研究者

    Building Social Communities-Dynamic Structures for Growth
    3プロジェクト 3企業パートナー 5大学研究者

3. Design in Actionハブ

【参加大学】
University of Dundee(幹事校)、University of Edinburgh、Glasgow School of Arts、Robert Gordon、University of Abertay、St. Andrews Universityのスコットランド地方の6大学

  • Design in Actionハブは、2012年から4年間で500万ポンド(約10億円)の予算にて始まったスコットランド地方のプロジェクトであり、数百の企業を対象にセミナー、ワークショップ、15回の集中合宿型のワークショップを実施し、今までに15社のデザイン主導型企業を設立させた実績がある。
  • 当ハブにはアーツ・デザイン、コンピューター科学、民俗学、起業、デジタル・テクノロジー等のバックブランドを持つ博士課程学生、キャリアの早期段階の若手研究者及び研究主任が在籍する。そして、ハブのセンター・チームがビジネス、イベントや管理業務を担当している。
  • 当ハブがアーツに重点を置いた従来型の研究イニシアティブと異なるのは、ハブが起業を手助けした新規ビジネスにおいて、ほぼリアル・タイムで研究対象が発生している点にある。
  • 当プロジェクトの重点は、デザイン主導のイノベーションの価値に焦点を当て、経済成長と企業のイノベーションの主要戦略の一環としてのデザインの重要性を示すことである。
  • 当初、スコットランド地方政府が高い成長が見込まれると認定した食品、スポーツ、ICT、健康等の分野に重点を当てていたが、現在ではその範囲が法律サービス、デジタル画像や循環経済(circular economy)にまで広がっている。

4. Creative Works Londonハブ

【参加大学】
Queen Mary London(幹事校), Birkbeck College, Central School of Speech and Drama, City University, Courtauld Institute, Goldsmith College, Kingston University, Guildhall School of Music and Drama, King’s College London, Roehampton University, Royal Holloway, School of Oriental and African Studies, Trinity Laban Conservatoire of Music and Dance, University of Arts, University of London’s Centre for Creative Collaboration

  • Creative Works Londonハブは、ロンドンのクリエーティブ産業に新たな連携研究の機会をもたらすために設立され、現在ではロンドンに拠点を置く38の大学、カレッジ、博物館、図書館等が参加している。
  • 当ハブは、ロンドンのクリエーティブ産業にインパクトを与える様々な課題に対処するために、研究者、クリエーティブな起業家や企業を集めて、連携研究と革新的な知識の交流を図ることを目的とする。

【研究テーマ】
Queen Mary London(幹事校), Birkbeck College, Central School of Speech and Drama, City University, Courtauld Institute, Goldsmith College, Kingston University, Guildhall School of Music and Drama, King’s College London, Roehampton University, Royal Holloway, School of Oriental and African Studies, Trinity Laban Conservatoire of Music and Dance, University of Arts, University of London’s Centre for Creative Collaboration

  • London:Place Work Knowledge
    当テーマでは、イノベーション、知識の生産、知識の交流が実際にいかに行われているのかを調べ、ロンドンのクリエーティブ経済を引っ張り、維持していくプロセスの研究に重点を置く。それによって、ロンドン市のクリエーティブ経済とそのスキル・ベースのための政策の立案・実施へのエビデンスの提供を目指す。
  • London’s Digital Economy
    研究者、文化機関及び企業を集めて、ロンドンのデジタル・クリエーティブ産業にデジタル技術をいかに生かしていくかに焦点を当てる。ロンドンにはBBC、British Library、Tate Gallery、Victoria & Albert Museum等の多くの世界的な文化機関があり、このような研究は重要である。
  • Capturing London’s Audiences
    クリエーティブ経済における経済価値の多くは、エンド・ユーザーである観客や聴衆(audiences)によって付加されるが、このバリュー・チェーンのリンクについてはあまり解明されていない。この研究テーマを通じて、観客・聴衆及び文化的な物やサービスの購入者(cultural consumer)がどのように行動するのかを理解すると共に、彼らの経験がいかに高められ、発展していくのか、又いかに芸術的、経済的価値をクリエーティブ・プロセスに付加することができるか等を、アーティスト、プロモーター、テクノロジスト及びアカデミックスを交えて研究する。

5. Research and Enterprise in the Arts and Creative Technologiesハブ

【参加大学】
University of the West of England(幹事校)、University of Bristol, University of Exeter, University of Bath, University of Cardiff, Watershed Arts Trust

  • Research and Enterprise in the Arts and Creative Technologies(REACT)ハブは、イングランド西部地域の大学の芸術・人文分野の研究者とクリエーティブ企業との連携活動に対する助成を行っている。
  • 当REACTハブによる連携研究プロジェクトへの助成は、主にSandboxと呼ばれるプロセスを通じて行われる。Sandboxは、参加者に定期的なキャッチ・アップやフィードバック・イベント等を提供すると共に、主導的な産業界のアドバイザー・パネル等へのアクセスも提供する。
  • REACTハブは1年間で2つのSandboxを運営し、各Sandboxにて6から8つのテーマの連携研究が行われる。Sandboxは、クリエーティブ経済への新たな課題や芸術・人文研究がイノベーションを促進できると思われる分野を研究テーマとしている。
  • 最初に決まった研究テーマは、以下の4つである。

5. 筆者コメント

  • 今まで「英国大学事情」にて、英国における多くの産学連携活動を紹介してきたが、そのほとんどは工学関連を中心とした自然科学系であった。近年、英国においても、社会科学や人文科学系の産学連携活動が盛んになってきたため、今回は芸術・人文リサーチ・カウンシルによる知識交流助成の一環である「知識交流ハブ」活動を取り上げてみた。
  • 2012年から始まった、クリエーティブ経済のための知識交流ハブ活動に対する芸術・人文リサーチ・カウンシルの助成額は、4年間で約30億円と自然科学系に比べると少ないが、すでに多くの大学、企業、博物館等が幅広く参加しており、感心させられた。又、それと同時に、クリエーティブ産業の育成を通じて英国経済を拡大させるという意欲も感じられる。
  • 近年、英国では技術移転を中心とした「知識移転」の他に、「知識交流:Knowledge Exchange」という言い方が良く使われている。「知識移転」は主にアカデミックスの持つ技術等の知見を企業などに移転することを意味するが、アカデミックスも企業等の大学外部の人々と交流することによって得られるメリットも多いため、双方のメリットとなる意味で「知識交流」という表現が使われているのであろう。

 

(参考資料: Arts & Humanities Research Council
http://www.ahrc.ac.uk/innovation/knowledgeexchange/hubsforthecreativeeconomy/ )

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