レポート - 英国大学事情 -

2015年5月号「英国の高等教育に対する世界の需要」<HEFCE報告書「Global demand for English higher education: Latest shifts and trends」より>

掲載日:2015年5月1日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

2015年2月、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は「Global demand for English higher education : Latest shifts and trendsと題する報告書を発表した。今月号では、このHEFCE報告書から要点を紹介する。なお、当HEFCE報告書は、イングランド地方のみの高等教育機関に入学した留学生の推移を検証し、その原因を探ることを目的としている。そのため、当報告書は在籍留学生の合計数ではなく、当該年度に新規に入学した留学生の数に焦点を当てている。

 

【1. 概観 】


  • 2013年度において、EU域内からの留学生(学士課程・大学院課程を含む)の入学数は前年比4%(1,395名)増加し、合計入学者は38,140名となった。しかしながら、 2010年度に比べると、12%(5,065名)減少している。
  • その一方、2013年度のEU域外からの留学生(学士課程・大学院課程を含む)の入学数は2010年度比7%(9,020名)増え、合計入学者数は138,865名であった。
    (筆者注:学士課程・大学院課程を含めたEU域内からの留学生の入学者数は2007年度から年間約40,000名とほぼ横ばいであるのに対し、EU域外からの留学生の入学数は2007年度の約90,000名から2013年度には約140,000万名と56%も増加した。)

 

 

【2. 学士課程への需要 】


【EU域内からの留学生】

  • 2013年度には、EU域内からの留学生の入学数は前年比7%(1,200名)増加したが、2010年度に比べると16%(3,745名)の減少である。この傾向は、2012年度からの授業料の大幅値上げの影響と共に、EU域内からの留学生の獲得を目指しているイングランドの高等教育機関にとって頭の痛い問題である。その上、オランダとルクセンブルグを除くEU諸国の18歳人口は、2010年より大幅な減少傾向にある。
  • EU諸国の中でも、とりわけドイツやフランスといった大国からの留学生の入学数は減少傾向にある。2010年度以来、ドイツやフランスからの学士課程への入学者は、それぞれ42%減(940名)、30%減(735名)となっている。
  • 2013年度において、2010年度比で学士課程への入学が最大の伸び率を示したのは、イタリア(365名入学)、ハンガリー(140名入学)、ポルトガル(135名入学)、スペイン(100名入学)からの留学生であった。これらの国の中で、ハンガリーを除いた国々は現在、大卒者の就職が困難な状況にあるため、英語による学位の取得によって就職を有利に導くことも増加の一因と考えられる。

【EU域外からの留学生】

  • 2013年度において、EU域外からの学士課程留学生の入学数は前年度比8%(3,960名)増加し、入学者数は合計54,250名に達した。東アジアからの入学者が増え続けており、特にマレーシアからの入学者は前年比35%(1,040名)増、香港からは13%(580名)増、シンガポールからは21%(340名)の増加となった。中国からの入学者は前年比3%(545名)の減少であった。
  • これらのデータから、学士課程への留学生の入学数の大きな伸びは、イングランドの高等教育機関が海外で提供している多国籍教育(transnational education)が浸透している国々に集中していることがわかる。

【フルタイムの学士課程入学者の出身地別比率】

  英国人入学者 EU域内からの入学者 EU域内からの入学者
2013年度 82% 5% 13%
2005年度 87% 5% 8%

 

【3. 大学院課程への需要 】


  • 大学院課程への留学生の入学数は、2010年度に過去10年間で初めて前年度比減少となったものの、2013年度には回復している。2012年度に比べ、2013年度にはEU域内から大学院課程に入学した留学生は1%(195名)の増加、EU域外からは6%(5,060名)の増加となった。2013年度におけるイングランド地方の大学の大学院課程に入学した留学生は合計103,680名に達した。
  • 2013年度の大学院課程への留学生の入学数が増えた主な要因は、中国とマレーシアからの留学生が増加したことによる。中国人留学生の入学は9%(2,615名)増え、合計で31,195名が大学院課程に入学した。一方、マレーシアからの留学生の入学は30%(500名)増え、合計2,180名が入学した。
  • その他、入学者が大幅に伸びた国は国費留学生が多い国々である。例えば、インドネシアからは前年比41%増加して240名が入学、イラクからは21%増えて195名が入学している。
  • EU域内からの大学院課程への留学生の入学数は2008年度の約18,000名に対して2013年度には約20,000名とほぼ横ばいである。一方、EU域外からの留学生の入学数は2008年度の約65,000名に対し、2013年度には約85,000名と大きく伸びている。
  • 2013年度において、インドからの大学院課程への入学数は前年度比8%(560名)減と減少傾向が続いている。2010年度に比べると、インドからの入学者は54%(7,600名)の減と、大幅な落ち込みとなっている。これは、同じ英語圏である米国やオーストラリアへのインドからの留学生が増えている現状とは対象的である。
  • インドから英国への大学院課程留学生の減少は、科学、技術、工学、数学等のいわゆるSTEM学科や経営学科等、広範囲にわたり英国の大学の学科に影響を与えている。主にインドからの入学者の減少により、2013年度においてSTEM学科への入学者は4,680名の減少となっている。これは2010年度に比べて66%の減少である。
    (筆者注:HEFCE報告書では、インドからの留学生の落ち込みの原因ははっきりとは分からないとしているが、筆者は近年の英国政府による学生ビザの発給条件の厳格化や授業料の値上げ等も影響していると思っている。)

【EU域外からの大学院課程への留学生の入学数の比率と変化】

出身国 2010年度のシェア 2013年度のシェア 変化 %
中国 25% 37% +12%
インド 18% 8% -10%
ナイジェリア 7% 6% -1%
USA 6% 6% 0%
パキスタン 4% 2% -2%
サウジアラビア 4% 3% -1%
その他 36% 38% +2%
合計 100% 100% -

 

【フルタイムの授業主体の修士課程入学者の出身地別比率】

  英国人入学者 EU域内からの入学者 EU域内からの入学者
2013年度 26% 12% 62%
2005年度 34% 15% 51%

 

  • イングランド地方の大学におけるフルタイムの授業主体の修士課程は、主に留学生によって支えられており、2013年度には、英国人学生以外の留学生(EU域内及び域外を含む)の入学者数は実に74%を占めている。
  • 2013年度において、フルタイムの授業主体の修士課程では、英国人学生と中国人留学生の入学者数はほぼ同じとなった。2013年度には、中国からの同課程への入学者の比率は前年の23%から25%に増加して29,360名となり、英国人学生の比率である26%に迫っている。

【フルタイムの研究主体の大学院課程】

  • 一方、フルタイムの研究主体の大学院課程(主に博士課程を指す)への入学者は、2013年度においてEU域内からは11%(335名)増、EU域外からは10%(800名)増と堅調な伸びを示した。2013年度のフルタイムの研究主体の大学院課程への入学者は、英国人学生と留学生を合わせて合計12,740名であった。
  • 学士課程と同様、EU域内からの研究主体の大学院課程への入学者は、主にイタリア(170名の新規入学、総勢705名)とスペイン(65名の新規入学、総勢285名)からの留学生が増えたことにより、堅調であった。
  • 2013年度において、EU域外からの研究主体の大学院課程への入学者は、主に以下の国々からの増加が注目される。
    • 中国からの入学者は前年比12%(170名)増加し、1,655名が入学した。
    • イラクからの入学者は前年比99%(300名)増え、610名が入学している。(53%がイラク政府による国費留学生)。イラクからの留学生の数は、研究主体の大学院課程に在籍中の全学生の中で、3番目に大きな比率を占めている。
    • マレーシアからの入学者は前年比23%(85名)増加し、460名が入学した。(55%がマレーシア政府による国費留学生)。
    • リビアからの入学者は前年比37%(65名)増え、245名が入学した。(76%がリビア政府による国費留学生)。
    (上記3か国からの大学院課程への入学者が増加しているのは、これらの国の政府による留学向け助成金が増えていることが要因となっている。)

 

【4. 米国との国際比較 】


  • イングランドと米国への留学生の入学数には、一方の国への留学生が増えると他方の国への留学生が減るという相関関係が見られる。これは両国とも、同様な国々からの留学生をリクルートしていることから起こる現象と思われる。
  • 1993年度から2013年度にかけて、イングランドの大学への留学生の入学数の前年度比伸び率は、1997年のアジア金融危機と2010年度以降の時期を除いて、総じて米国より高い水準にあった。しかし、2013年度におけるイングランド地方の大学への留学生の入学数の伸び率は前年比4%増であり、米国より4%低い水準である。
  • その他の重要な側面は、両国の高等教育システムの受け入れ能力に差がある点である。2013年度において、イングランドの大学へのフルタイムの留学生の入学者は、国内からの入学者を合わせた全入学者数の18%を占め、米国の4.2%に比べ、はるかに高い水準にある。また、米国の大学は留学生の確保にリクルートメント・エージェンシーを活用する傾向が強くなってきており、イングランドの大学にとっては留学生の獲得に、今後は更に厳しい競争にさらされる可能性がある。

 

【5. 結論 】


  • 近年、イングランドの大学への留学生の入学数は回復傾向にあるが、その伸び率は、留学生の確保に熱心な他の英語圏の国々に比べて低い水準である。
  • 2012年度からの大学の授業料の大幅値上げに加え、多くのEU諸国では大学入学適齢期の若者人口が減少しているため、2010年以来、イングランドの大学の学士課程への留学生の入学需要が一般的に減少傾向にある。なお、その中でも若者の失業率が高く、経済活動が停滞しているイタリアとスペインからの学士課程と大学院課程への留学生の入学数は伸びている。
  • イングランドの大学の学士課程および大学院課程への、中国とマレーシアからの入学者は増加し続けている。これらの2か国からの留学生の半数以上が、英国の大学が海外キャンパス等で実施している多国籍教育(transnational education)にて、学士課程の初期段階の授業を受けた経験を持っている。中国とマレーシアからの需要に大きく依存するイングランドの現状への中長期的課題は、これらの国が将来的に国際教育のハブを目指していることである。
  • 中国とマレーシアからの留学生の伸び率は、既に高水準にある。現在のところ、直接的な競合状況にあるとのエビデンスは見当たらないが、これらの国の高等教育のキャパシティーの増加や高等教育システムへの継続的投資は、海外留学を考えている東アジア地域の一部の学生にとって、これらの国への留学が魅力的かつ経済的に実現可能な選択肢になるかも知れない。
  • またイングランドの大学にとって、中国は若年人口の急速な減少という更なる将来的課題も投げかける。United Nations Population Divisionのデータを分析すると、中国の20歳人口は、2015年から2020年の期間には、2005年から2010年の期間と比較して40%減少すると予測される。
  • 中国からの留学生の継続的な伸びとその他の国々からの留学生の減少又は停滞傾向が組み合わさり、特に大学院課程においては、中国からの留学生の数に依存しすぎる状況が生み出された。フルタイムの授業主体の修士課程への中国人入学者数は、英国人入学者数とほぼ同じである。
  • 中国からの留学生を除くと、大学院課程への留学生の伸びは、主に政府の手厚い助成を受けた国費留学生制度を持つ国々に集約される。このことは、外国政府にとって、イングランドの大学の大学院課程の学位が優れた価値を持つことを表す反面、これらの国々が助成制度の優先順位を変更した場合、脆弱性の危険を秘めている。また、大学院課程への入学者数の長期的持続性は、個人負担による大学院課程教育への需要が減少した場合、更なる問題に直面する可能性もあろう。

 

【6. 筆者コメント 】


  • 英国大学協会資料によると、2012・13年度において、スコットランド等を含む全英国の大学に在籍する留学生の数は約425,000名であり、学士課程に在籍する留学生は全学士課程学生の13%、大学院課程の留学生は全大学院課程学生の37%を占める。また、留学生の約44%がアジアからの学生であり、その内、中国からの留学生は全留学生の20%を占め、約85,000名が学士課程及び大学院課程に在籍している。
  • 学士課程への留学生の入学数の大きな伸びが、イングランドの高等教育機関が海外キャンパス等を通じて提供している多国籍教育(transnational education)が浸透している、中国やマレーシア等に集中しているという事実は興味深い。
  • 英国の大学はノッティンガム大学の中国キャンパス進出を始めとして、各地に直接又は海外パートナー機関と共同で海外キャンパスの展開を積極的に行ってきた実績がある。この傾向は現在も継続しており、最近ではウォリック大学がチャリティー機関であるUniversity Development Trustと共同で、カリフォルニア州に大学院課程のキャンパスをオープンする構想 を発表した。将来的には学士課程の提供も計画しており、2031年までに6,000名規模のキャンパスを目指している。
  • また、スコットランドのヘリオット・ワット大学は、ドバイ・キャンンパスに続いて、マレーシア・キャンパス を開校した。
  • 2013年度において、フルタイムの授業主体の修士課程では、英国人学生と中国人留学生の入学者数はほぼ同じとなった。学士課程を含めて中国からの留学生の増加は  英国の大学にとって歓迎すべき状況であるが、将来的には、いくつかの限られた国への過度の依存がリスクを呼ぶ可能性も指摘されているのは興味深い。

 

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