レポート - 英国大学事情 -

2015年2月号「大学の研究と大学院生への研究訓練に対する助成」<Universities UK報告書「The Funding Environment for Universities 2014:Research and Postgraduate Research Training」より>

掲載日:2015年2月2日

英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

英国大学協会(Universities UK)は、2014年6月、「The Funding Environment for Universities 2014 : Research and Postgraduate Research Training」と題する報告書を公表した。英国の研究基盤は、経済や社会に広範囲で長期にわたる利益を産み出している。そのため、この英国大学協会報告書は、大学での研究や研究を主体とした大学院生への訓練に関する助成政策を変更することは、英国の全ての研究基盤に大きな影響を与えるとして、政府に長期的戦略に基づいた政策と投資を促している。今月号では、この41ページの英国大学協会報告書の中から、一部を抜粋して紹介する。

 

【1. 研究助成 】


1-1) 公的研究助成の実質的な減少傾向

  • 過去数年、英国の大学の研究への助成環境は厳しさを増している。一番目の大きなトレンドは、研究向け運営費交付金やリサーチ・カウンシルからの競争的研究助成金などが、インフレ調整後で実質的に減少していることである。これは、高等教育機関の長期的研究基盤の持続性と実績を脅かしかねない。
  • 英国政府の2010年度包括的歳出見直し(Comprehensive Spending Review)で、政府の科学研究助成予算は2014・15年まで年間約46億ポンド(8,280億円(*1))と定められた上、厳しい財政状態の中でも減額しないと約束され、科学予算はある程度優遇されてきた経緯がある。しかし、インフレ率を考慮した実質的助成額は減少している。

  * 1ポンドを180円にて換算

【大学の研究への助成元別・助成金額】            (2012年)

助成元 助成金額(単位100万ポンド) 助成比率 %
ファンディング・カウンシルズ 2,185(3,933億円) 30.3%
リサーチ・カウンシルズ 1,955(3,519億円) 27.1%
海外 (公的機関+民間企業) 1,068(1,922億円) 14.8%
非営利民間チャリティー機関 1,022(1,840億円) 14.2%
英国政府省庁 406(731億円) 5.6%
英国企業 292(526億円) 4.0%
高等教育機関(大学基金等) 284(506億円) 3.9%
  • 2009・10年度から2012・13年度までの3年間で、大学への研究向け運営費交付金は名目ベースで7,500万ポンド(135億円)の減少、インフレ調整後の実質ベースでは4億6,700万ポンド(841億円)の減少となった。

 

【過去3年間の高等教育機関への公的研究助成金の減少額】 (2009・10年度-2012・13年度)

運営費交付金(研究) その他の公的助成 リサーチ・カウンシル 合計
名目 実質 名目 実質 名目 実質 名目 実質
-30
(54億円)
-248
(446億円)
-6
(11億円)
-15
(27億円)
-39
(70億円)
-205
(369億円)
-75
(135億円)
-467
(841億円)

 

  • 大学は、財務管理の強化と研究の生産性を上げることによって、過去数年間にわたる研究向け運営費交付金の実質的削減のインパクトを吸収してきたが、研究助成の継続的削減が、大学の長期的な研究能力を衰えさせるのではないかという懸念が広がっている。
  • 大学の研究基盤への投資が民間企業の生産性にも好影響を与えることは、多くの研究によっても明らかである。最近の公的研究助成の減少傾向は、国際社会でも主導的立場にある英国の科学基盤の持続性と英国経済への原動力となる機会を脅かしている。英国では、公的機関からの研究助成がOECD諸国に比べて少ない。それ故、研究開発に対する公的投資の増額が強く求められる。
  • 高等教育における研究基盤の健全性とダイナミズムは、持続的な公的投資に大きく依存するとともに、研究の卓越性への公的評価と助成金配分に関する原則にも依存している。大学の研究への公的評価と助成システムの効率性と有効性を考えると、英国大学協会は現行の二元的助成制度(dual funding system)を支持する。

※筆者注:
英国の高等教育機関への公的助成制度である「dual funding system」とは、研究や教育への公的評価に基づく、HEFCEなどのファンディング・カウンシルからの運営費交付金と、リサーチ・カウンシルによる競争的研究助成金の2種類の助成制度を指す。

 

1-2) 有力大学への公的研究助成の集中傾向

  • 二番目のトレンドは、研究助成金の配分が有力大学に集中してきていることである。 2013・14年度に公的研究評価に基づいて配分される、研究向け運営費交付金総額の75%が上位20%の高等教育機関に配分されている。(2010・11年度では73%)。
  • リサーチ・カウンシルからの競争的研究助成金の配分は、運営費交付金に比べて、より上位校に集中している。2012・13年度では、上位20校がリサーチ・カウンシルからの競争的研究助成金総額の91.9%を受けている。(2010・11年度は91.8%)。

 

1-3) 共同研究の増加傾向

  • 三番目のトレンドは、大学間、大学と企業か研究チャリティー機関との間の共同研究の増加である。共同研究の増加は研究の効率とインパクトを高めるために歓迎すべき傾向であるだけではなく、緊縮財政下においても必要な動きである。
  • 研究のバイタリティー、効率、持続性のための共同研究の価値と必要性を認めた上で、今後もさらなる共同研究を推奨し、現行の助成制度が共同研究の妨げにならないようにすることが肝要である。
  • 大学と企業かチャリティー機関との間の研究連携を促進するために、Charity Research Support Fundや公的研究評価における「企業との連携」の評価が果たしている重要な役割を認識し、今後もこれらの制度を持続していくべきである。

 

【2. 研究を中心とする大学院課程への需要と大学への助成のトレンド 】


  • 英国の大学は、大学院生(*2)への研究訓練の提供機関として、国際的な役割を果たしている。2011年度に英国の大学の博士課程を卒業した学生は20,276人に上り、この数は世界でも米国、中国、ドイツに次ぐ第4位である。

      * 研究を中心とする大学院生とは主に博士課程の学生を指すが、大学によっては研究中心の修士課程もあるため、原文のpostgraduate research studentを「研究を中心とする大学院生」と訳した。

2-1) 研究を中心とする大学院生のトレンド

  • 英国の大学で、研究を中心とする大学院生(postgraduate research student:主に博士課程の大学院生)の数は、過去10年間、強含みで推移してきたが、2012・13年度には伸びが弱まってきた傾向が見られる。
  • 2003・04年度から2011・12年度にかけて、研究を中心とする大学院生の数は約25%増加したが、2012・13年度には前年比0.5%の減少となった。
  • リサーチ・カウンシルからの助成を受ける研究中心の大学院生が減少している一方、学費を自己負担したり、大学からの奨学金を受けたりする学生が増えている。

    【助成元別:研究中心の大学院生の比率】 (2009・10年度-2012・13年度)

    助成元 2010・11年度 2012・13年度
    自己負担 37.6% 39.1%
    大学(授業料免除等) 19.3% 19.9%
    リサーチ・カウンシル 16.9% 16.2%
    海外企業・機関 8.2% 8.3%
    英国企業 4.9% 4.8%
    チャリティー機関 3.7% 3.8%
    その他 9.4% 7.9%


  • 過去10年間における研究中心の大学院生の増加は、主にフルタイム学生の伸びによるところが大きい。2003・04年度から2012・13年度にかけて、フルタイム学生は約40%増加したのに対し、パートタイム学生は4.3%減少している。

    【研究中心の大学院生の数】

      2003・04年度 2012・13年度
    フルタイム学生 56,655人(65%) 79,680人(73%)
    パートタイム学生 30,760人(35%) 29,445人(27%)
    合計 87,415人 109,125人


  • 研究を中心とした大学院生の出身国は、国際色を強めている。

    【研究主体の大学院生の出身地域】

      2003・04年度 2012・13年度
    英国 53,260人(61%) 63,970人(59%)
    英国以外のEU 10,640人(12%) 13,980人(13%)
    EU域外 23,510人(27%) 31,180人(28%)
    合計 87,410人 109,130人


  • 研究中心の大学院生となる前に、修士課程を修了する学生は2002・02年度では34%であったが、2012・13年度では59%と10年間で大幅に増加している。ただし、学科により大きく異なる。2012・13年度では、人文科学や社会科学では博士課程学生の69%が修士号を取得しているのに比べ、科学・技術・工学・数学(STEM)の学科では47%であった。(筆者注:英国の大学院制度は、大学やコースによっても多様であり、修士課程を経ずに大学院の初年度から博士課程になるコースもある)
  • 2012・13年度に、研究中心の大学院生の59%はSTEM学科を専攻しているが、近年、人文科学や社会科学を専攻する大学院生も増加している。

    【人文科学・社会科学専攻の研究中心の大学院生の過去5年間の増加率】

    専攻科目 2007・08年度から2012・13年までの増加率(%)
    社会学 14.7%
    法学 30.0%
    経営学 31.9%
    マスコミ 42.9%
    語学 8.9%
    歴史・哲学 9.2%
    クリエーティブ・アーツ 22.6%
    教育学 16.5%


    【STEM科目専攻の研究中心の大学院生の過去5年間の増加率】

    専攻科目 2007・08年度から2012・13年までの増加率(%)
    医学・歯学 9.7%
    医学関連科目 30.5%
    生物科学 19.6%
    獣医学 -11.8%
    農学及び関連科学 28.7%
    物理・化学 13.2%
    数学 18.0%
    コンピューター科学 2.6%
    工学・技術 15.4%
    建築 35.7%


  • 研究中心の大学院生の就職先で一番多いのは教育分野であるが、その比率は下がりつつある。人文科学を専攻した研究中心の大学院生のほとんどが教育分野に就職するのに比べ、STEM専攻学生では約40%が教育分野以外に職を得ている。

    【2011・12年度に博士号を取得した卒業生の就職先・トップ6】

    就職分野 比率(%)
    教育 53.40%
    人の健康、ソーシャル・ワーク関連 14.42%
    プロフェッショナル、科学、技術関連 12.35%
    その他 7.62%
    製造業 4.73%
    公務員、防衛、社会保障関連 3.77%
    インフォメーション、コミュニケーション関連 3.70%

2-2) 研究中心の大学院課程への助成トレンド

  • 研究中心の大学院課程に対する公的助成は、7つあるリサーチ・カウンシルからの大学院生個人への奨学金(studentship)や訓練助成金と、高等教育ファンディング・カウンシルからの大学への一括助成金(block grant)の2種類の形態を採っている。
  • 博士課程学生への指導経費を助成するための、ファンディング・カウンシルからの一括助成金は、研究中心の大学院生の数の増加に伴って増える傾向にある。例えば、イングランド地方の大学に対するHEFCEからの一括助成金は2009・10年の2億200万ポンド(364億円)から、2014・15年度には2億4,000万ポンド(432億円)に増えている。
  • その一方、研究中心の大学院生に対するリサーチ・カウンシルからの奨学金は、減少傾向にある。この主要因は、政府からのリサーチ・カウンシルへの予算がインフレ率を考慮した実質ベースで減少していることにある。2010・11年度から2012・13年度までの2年間で、リサーチ・カウンシルからの大学院生への助成は、実質ベースで5億7,100万ポンド(1,027億円)から4億9,500万ポンド(891億円)に減少している。
  • 研究中心の大学院生への奨学金の配分モデルとして、各リサーチ・カウンシルによるDoctoral Training Partnership(DTP)とCentres for Doctoral Training(CDT) 制度による活動が活発化している。これらの制度により、大学間の緊密な連携や大学の持つ強い研究分野とリサーチ・カウンシルの優先研究分野の戦略的調整、マッチ・ファンディングなどが促進されている。これらの制度は、英国の博士課程学生への訓練の水準を上げるのに役立ったとのデータもある。

 

【3. 筆者コメント 】


  • リサーチ・カウンシルでは、Doctoral Training Partnership やCentres for Doctoral Training制度を通じて、多くの博士課程学生の訓練を助成している。通常、英国の博士課程は3年間が多いが、リサーチ・カウンシルによるこれらの助成は、4年コースの博士課程学生が対象となる。
  • Centres for Doctoral Trainingに関しては、「英国大学事情2009年第8号」の「理工系博士課程学生向け訓練」で、工学・物理科学リサーチ・カウンシル(EPSRC)の事例を紹介したことがあるが、その資料も参考にしながら、少し補足説明をしておきたい。
  • 2008年、英国政府は5年間で総額2億5,000万ポンド(450億円 )の予算で、英国の大学内に44カ所のEPSRC Centre for Doctoral Trainingを新設し、2,000人以上の理工系博士課程学生の訓練を行う計画を発表した。この計画に基づき、多くの大学内に博士課程学生のための訓練センターが設置された。
  • 当初は、EPSRCの助成を受けた理工系の博士課程学生を対象とする訓練センターだけであったが、その後、経済・社会リサーチ・カウンシル(ESRC)も社会科学系博士課程学生の訓練センターを設置している。
  • これらの訓練センターでは、初年度は研究プロジェクトを決定するための予備期間とし、2年度目からチームワークによるPhDレベルの学際的研究プロジェクトに取りかかる。知識の幅を広げるための活動や市民参加活動(public engagement)を含む、企業などでも活用できる移転可能な汎用的技能の訓練も行っている。
  • 2008年に発表された5年間にわたる第1次訓練センター設置プロジェクトで、各EPSRC博士課程学生訓練センターは、5年間に500万ポンド(9億円)から800万ポンド(14億円)の助成金を受け、年間約10人の新規の学生を受け入れている。
  • この第1次プロジェクトの成功を受け、2013年11月、政府は3億5,000万ポンド(630億円)の予算で第2次プロジェクトを発表した。今後、新たに24の大学内に70カ所以上のCentre for Doctoral Trainingを設置し、3,500人の工学や物理科学(化学を含む)専攻の博士課程学生の訓練を計画している。
  • このプロジェクトは、工学・物理科学専攻の博士課程学生の訓練計画としては、過去最高規模となる。なお、当プロジェクトには民間企業や研究機関を中心に1,000のパートナーも参加し、さらに約2億5,000万ポンド(450億円)の支援も予定されている。
  • 第2次プロジェクトによる72カ所の訓練センターの設置大学と専門的訓練分野が、以下のEPSRCのウェブ・ページの最後に一覧表として掲載されているので、興味がある方は参照してください。
     ; EPSRCウェブ
  • 今月号のほかに、2014年に執筆した「英国大学事情」の中で、3月号で「博士課程学生への訓練事例」、5月号では「王立協会による科学者訓練プログラム」と、英国の博士課程学生をはじめとした科学者への訓練事例を紹介してきた。これらを通じて、英国がいかに英国の将来にとって重要な科学者の訓練に力を入れているのかを、うかがい知ることができよう。

 

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