レポート

英国大学事情—2014年7月号「イングランド地方の高等教育のシフトとトレンド:リスク管理<HEFCE報告書:Higher Education England2014(Analysis of latest shifts and trends)>」

2014.07.01

山田直 氏 / 英国在住フリーランス・コンサルタント

 英国在住約40年のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 2014年4月、イングランド高等教育助成会議(HEFCE)は「Higher education in England 2014: Analysis of latest shifts and trends」と題する報告書を公表した。今月号では、この約80ページの報告書の中から要点のみを抜粋して紹介する。

 なお、このHEFCE報告書はイングランド地方のみを対象としており、HEFCEの所管外のスコットランド、ウェールズおよび北アイルランド地方を含まない。しかしながら、イングランド、スコットランド、ウェールズおよび北アイルランドを含む全英国(United Kingdom)の総人口約6,400万人のうち、イングランド地方は約90%の5,700万人の人口を有するため、イングランド地方のデータを分析することにより、全英国の傾向を知ることができる。

【1. 学部課程への入学 】

1-1) 英国およびEU諸国からの入学者

  • 2013・14年度のフルタイム学部課程入学者は前年度比8%(27,000人)増加し、378,000人となった。Universities and Colleges Admissions Service (UCAS)では、2014・15年度も入学者は前年比3.7%増加する予測している。
  • その一方、パートタイムの学部課程入学者は、2010・11年度から2013・14年度の3年間で46%(約120,000人)減少した。
  • 2012・13年度には、学部課程入学者の大幅な落ち込みがあったが、その減少の60%がフルタイムの学士課程以外の、2年コースのファンデーション・ディグリー・コース、高等教育サーティフケートまたはディプロマなどのコースの落ち込みによるものである。
  • フルタイム学部課程入学者の中でも、とりわけ2年コースであるファウンデーション・ディグリー(Foundation Degree)・コースへの入学者の減少が目立つ。当コースへの入学者は2010・11年度に31,000人だったが、2012・13年度には25,000人に減少している。ファウンデーション・ディグリー・コースは2001・02年度に初めて導入されて以来2009・10年度まで入学者数が伸びていた。しかし、この減少分は、継続教育カレッジ(further education college)への入学者が3,000人増えたことで、ある程度穴埋めされている。
  • ファンデーション・ディグリー・コースへの入学者が減少していることを受けて、HEFCEによる同コースへの追加的支援は2010・11年度より減少している。同コースへの入学者の減少は、同コースを提供する教育機関が少なくなってきているためか、同コースへの学生のニーズが減ってきているためかは不明である。
  • ファンデーション・ディグリー・コースへの入学者が減少していることを受けて、HEFCEによる同コースへの追加的支援は2010・11年度より減少している。同コースへの入学者の減少は、同コースを提供する教育機関が少なくなってきているためか、同コースへの学生のニーズが減ってきているためかは不明である。

1-2) EU域外からの学部課程への入学者

  • フルタイム学部課程への留学生数の伸び率は2012・13年度に鈍化し、その傾向は2013・14年度も続いている。EU域外からのフルタイム学部課程入学者は2012・13年度、2013・14年度とも前年度比3%増加(約1,000人増)している。しかし、この増加率は2010・11年度以前に経験した増加率や留学生の獲得を競い合っている競合国の留学生の伸び率に比べたら大幅な鈍化傾向にある。例えば米国では、2012・13年度の留学生の数は前年度比10%も増えている。
  • 2012・13年度にフルタイム学部課程に入学したEU域外からの留学生の約4分の1が、通常の高等教育入学年齢を超えてから入学している。これは、海外で行われている国境を超えた教育プログラムからイングランドの高等教育機関への進学や海外の教育機関との連携教育によるものであろう。又英国内でも、留学生が初年度を英国内の高等教育機関以外の教育機関(筆者注:語学学校等)で学んだ後に、英国の高等教育機関の初年度や2年度の学部課程に入学する例も多い。

【2. 大学院課程への入学 】

2-1) 英国およびEU諸国からの大学院課程入学者

  • 英国とEU諸国からのフルタイムの大学院課程への入学者は2012・13年度では前年比で減少したが、2013・14年度では前年比2%(約1,000人)増加した。
  • その一方、パートタイムの授業中心の大学院課程への入学者は、近年、減少傾向が続いており、2013・14年度では前年比2%(約2,000人)の減少となった。この減少の主要因は、近年、教育分野関連コースへの入学者が減っていることによる。2010・11年度から2012・13年度の2年間で、パートタイムの教育分野関連コースへの入学者は18,600人減少している。

2-2) 英国以外からの大学院課程への入学者

  • 授業主体の大学院課程に入学した留学生(EU域内からの留学生を含む)は、主に修士課程に集中しているとともに、ほとんどがフルタイムの学生である。フルタイムの授業主体の修士課程留学生の比率は、2005・06年度の66%から2012・13年度には74%と増加している。したがって、イングランド地方の大学院課程の提供は、海外からの需要の変化にさらされていることになる。
  • フルタイムの授業主体の修士課程において、英国人学生と中国からの留学生の比率はほぼ同じである。2012・13年度において、英国人学生の比率が26%であったのに対して、中国からの留学生の比率は23%であった。中国からの留学生の比率が上昇した原因はインド、パキスタン、イランなどからの留学生の減少と中国からの留学生の増加による。
  • 国境を越えて実施されている教育(transnational education)とは、学位や資格を授与する教育機関の所在国以外の国に住む学生への教育の提供を指し、近年、イングランドの高等教育機関による海外在住学生への高等教育の提供が大幅に増加している。

【3. 学生の特徴 】

  • 学生の出身家庭層が広がっており、高等教育へのアクセスが改善している傾向が継続している。UCASの報告によると、2013年において、イングランド地方の経済的・社会的に恵まれない地域の出身の18歳の学生への入学許可数は、2012年に比べて約9%増加している。経済的・社会的に恵まれた地域からの入学許可率が3%のみ改善していることを考えると、学生の出身地域による格差は縮小していると言えよう。
  • しかしながら、イングランド地方の経済的・社会的に最も恵まれた地域からの18歳の若者の高等教育進学率は、2013年度において47%であったのに対して、最も恵まれない地域の若者の進学率は17%と、格差は依然として大きい。
  • 2012・13年度の英国およびEUからのパートタイム学部課程入学者の92%が、21歳以上の成人学生(mature student)であった。

*英国には18歳で高等教育機関に入学せずに、仕事などに就いた後に入学する学生もかなり多く、通常21歳以上の学生をmature studentと呼んでいる。

【4. 学科目 】

  • 近年、学部課程の中でも科学、技術、工学および数学、通称STEM科目学科への入学者が増加傾向にある。2012・13年度では多少の落ち込みがあったものの、2013・14年度では、これらのSTEM学科のフルタイム学部課程への入学許可者は98,000人に達し、過去最多を記録した。
  • 2014・15年度では、学部課程の工学・技術関連学科への入学希望者が前年度比11%増、コンピューター・サイエンス関連学科への入学規模者は前年度比13%増加した。
  • このところ、大学統一入学試験(通称Aレベル試験)の受験科目として、これらのSTEP科目を選択する高校生が増加していることから、STEM学科への入学希望者がさらに増える可能性がある。
  • 近年、英国およびEU域内からのパートタイム学部学生の中で現代外国語を専攻する学生が減少し続けているが、2012・13年度ではこの傾向がフルタイムの学部学生にまで広がってきている。2010・11年度から2012・13年度の2年間で、現代外国語を専攻する学士課程の学生は22%(1.200人)減少し、最近のUCASデータによると、この減少傾向は2013・14年度も継続し、過去10年間で最低レベルになると予測されている。
  • しかし、海外の高等教育機関で外国語の学位の取得を目指す英国人学生は増加傾向にある。2012・13年度に、フランスとドイツに留学している英国人学生に最も人気の高い科目は現代外国語であった。フランスに留学している1,300人の英国人学生およびドイツに留学している600人の英国人学生が現代外国語を専攻している。
  • 英国の高等教育機関のフルタイム学部課程のSTEM学科に入学した留学生は2010・11年度まで増加傾向にあったが、2010・11年度から2012・13年度の2年間で8%(1,100人)減少している。この主要因は、フルタイム学士課程のコンピューター・サイエンス学科への入学者が35%(900人)減ったことによる。
  • フルタイムの授業中心の大学院課程のSTEM学科の留学生も2010・11年度から2012・13年度の2年間で20%(3,600人)も減っている。この主要因は、学士課程と同様にコンピューター・サイエンス学科への入学者が20%(3,600人)減り、工学・技術関連学科への入学者が2%(1,000人)減少したことによる。特に、同期間にインドからの入学者が64%減、パキスタンからの入学者が65%も減少したことが響いている。

(筆者注:近年、英国内務省が不法入国者対策のために学生ビザの発給条件をより厳格にしたことが影響している可能性も考えられる。これに対して、高等教育所管機関や大学関係者は学生ビザ発給条件の緩和を求めている)

  • その一方、米国では2012から2013年にかけて、海外からの大学院課程への入学者が増えており、中でもインドからの大学院課程への入学者は約40%も増加した。

【5. 学生に対する成果 】

  • 全国学生調査(The National Student Survey)は、英国の高等教育機関の学部課程最終年度の学生を対象とした、全般的な満足度も含めたアンケート調査である。2013年度の調査では、85%の学生が専攻したコースに満足していると回答した。
  • HEFCEによる高等教育機関を対象とした調査では、約半数の高等教育機関が学生や雇用者のニーズの変化に対応するために、コース・ポートフォリオの変更を考えていると答えた。また、4分の1の孤島教育機関が、授業の方法、学習の時間や場所などの多様化を含む、コースの提供モードの変革を計画しているとコメントした。
  • 高等教育機関に対する学生の苦情を仲裁する中立機関であるOffice of Independent Adjudicator(OIA)は、2012年に前年比25%増の2,012件の学生からの苦情を受理した。これらの苦情は大部分の学生の不満を必ずしも代表するものではないが、学生が高等教育機関から満足な回答が得られない場合、OIAに苦情を訴える傾向が強くなっていることを示している。
  • 一般的に、高等教育を受けた者の方が、また、より高度の教育を受けた者の方が、雇用可能性が高い傾向にある。卒業後40カ月たった時点で就職できない卒業生の比率は大学院修了者で2.3%、学士課程卒業者で3.8%である。
  • 給与面でも同様な傾向があり、学士課程卒業者の平均初任給が約24,000ポンド(408万円)に対して、大学院卒業者の初任給は約30,000ポンド(510万円)である。

【6. 高等教育の提供 】

  • 近年、高等教育機関による入学者の募集傾向の変化に伴い、一部の高等教育機関が恩恵を受ける一方、不利益を被る所も出てきている。2013・14年度において、19の高等教育機関と46の継続教育カレッジのフルタイム学部入学者が2010・11年度に比べ10%増加した。これらの高等教育機関は入学した学生の入学前の平均成績が高い所か、音楽やアーツなどの特別な高等教育機関である。
  • その一方、28の高等教育機関と17の継続教育カレッジの入学者は10%以上減少している。これらの高等教育機関の多くは、入学者の平均成績が低いか平均的であった所である。

【7. 研究と知識の交流 】

  • 英国の研究インパクトは、国際的に高いレベルにある。英国のビジネス・イノベーション・スキルズ省(BIS)の委託を受けたElsevier社の調査によると、2012年に英国は世界で最も引用された研究論文の15.9%を生み出すとともに、世界の論文引用数の11.6%を占めている。これは英国が発表した論文数が世界の6.4%であることを考えると、非常に高い引用率と言えよう。

*Elsevier (2013)‘International comparative performance of the UK research base ? 2013’

  • 英国の研究論文引用率は、2008年から2012年にかけて増加している。英国の研究論文の高い引用率は、英語が世界共通語になっていることも原因の一つとも思われるが、同期間の米国の論文の引用率は減少している。
  • カナダ、中国、ドイツ、フランス、イタリア、日本、米国に比べて、英国ではより多くの研究が産業界ではなく、高等教育分野で行われている。また、英国は海外からの投資による多額な研究助成費を獲得しており、その額は国内総研究開発費の17%を占める。この比率は、例えばフランスの7.6、ドイツの3.9%に比べて非常に高い水準にある。
  • World Economic Forum Global Competitiveness Surveyによると、科学研究機関の質において、英国はイスラエル、スイスに次いで世界第3位にある。
  • 英国の研究論文の約半数は、海外の研究者との共同研究による。また、英国の研究は、海外の主要諸国と比べても非常に生産的であり、高等教育分野での研究開発費100万ドル当たりの論文引用回数は最多である。
  • 英国の高等教育機関は、産業界との知識交流に強いコミットメント意識を持っている。英国の大学が産業界から得た収入は、過去10年間にわたり大幅な増加傾向にある。

*Higher Education ? Business and Community Interaction Survey (HE-BCI)

  • イングランドの高等教育機関に対するHEFCEの調査によると、今後3年間における最も重要な好機は何かとの質問に対して、43校が研究と知識の交流における英国の産業界との連携と答えた。これは、2番目に多い回答であった。また4番目に多い回答として、28校が教育における産業界や雇用者との連携を挙げている。

【8. 高等教育機関の財政状態 】

  • イングランド地方の高等教育機関の財政状態は、全般的に良好である。しかし、2013・14年度の財政予測は、過去3年間と比べると以前ほど良いとは言えない。
  • イングランド地方の高等教育分野の2013・14年度の総収入は10億1,800万ポンド(1,730億円)と4.2%増加予定であり、2012・13年度の10億4,200万ポンド(1710億円)に比べて伸び率は多少下がっている。
  • イングランドの高等教育分野全体の収支は、人件費や運営費の上昇に伴い、2012・13年度の3.9%の黒字から2013・14年度には2.2%の黒字と黒字幅が減少すると予測される。高等教育分野はこのようなわずかな黒字幅で運営されているため、収入のわずかな減少でも、分野の財政状況に大きな影響を与える可能性がある。
  • 英国の高等教育を海外に売り込む(education export)ことが、高等教育機関の財政にとって重要な要素となろう。EU域外からの留学生がもたらす授業料収入はイングランドの高等教育機関に約30億ポンド(5,100億円)にも上る。この数字は、2012・13年度におけるイングランドの高等教育機関の全授業料収入と教育契約収入を合わせた金額の約30%にあたる。

*1ポンドを170円にて換算

  • イングランドの高等教育分野は、今後3年間かけてインフラ・プロジェクトに年間約33億ポンド(約5,600億円)の投資を計画している。これは2010・11年度から2012・13年度の平均インフラ投資額に比べて約30%増であり、投資に対する自信の表れと言えよう。

【9. 筆者コメント 】

  • 2012・13年度に、海外で英国の高等教育の授業を受けている学生は約55万名に達し、英国の高等教育の提供形態の多様性が高まってきている。これらは英国の高等教育機関の海外キャンパスでの授業、海外の現地教育機関と提携した授業や通信教育の受講生を含む。近年、特にアジアにおける受講生の伸びが著しい。なお、海外受講生の85%が学部課程受講者である。
  • 英国の高等教育機関による海外進出の加速に伴い、教育の品質の問題も出てきており、HEFCEやQAAが中心となって、質の保証に対するコンサルテーションも実施されている。
  • カナダ、中国、ドイツ、フランス、イタリア、日本および米国に比べて英国では、より多くの研究が産業界ではなく、高等教育分野で行われている、という点も興味深く感じた。筆者は常々、英国の企業はある意味で大学の研究成果を上手に活用しており、中小企業の産学連携には改善の余地があるものの、大学と産業界の垣根が比較的低いのではないかと感じてきた。今回のHEFCEの報告書にて、その理由の一つが理解できたような気がした。
  • 2001年に始まった2年コースのファンデーション・ディグリー・コースへの入学者数は最近、落ち込んできており、HEFCEも同コースへの特別支援を減らし始めている。当初は2年コースへのニーズに答える形でファンデーション・ディグリー・コースが導入されたが、学生のニーズの変化に伴い、臨機応変に対応している大学と行政の姿勢が感じられる。
  • 英国の研究論文の約半数は、海外の研究者との共同研究によるとのことで、このあたりも、世界大学ランキングにおける英国の大学の評価に大きな影響を与えているのではと思われる。

(参考資料:HEFCE「Higher Education England2014、Analysis of latest shifts and trends」

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