レポート - 英国大学事情 -

2014年3月号「博士課程学生への訓練事例」-League of European Research Universities: 「Good Practice Elements in Doctoral Training」より

掲載日:2014年3月3日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

現在では、博士課程学生の就職先の大部分が企業を中心とした大学外部であり、そのための学生への訓練も大学内のみならず、「英国大学事情2014年第1号」でも紹介したVitaeをはじめとする外部組織の活動も活発である。2014年2月、欧州内の研究重視の有力大学にて構成されるLeague of European Research Universities(LERU)は、LERUに加盟している大学における博士課程学生への各種訓練のグッド・プラクティス事例を、「Good Practice Elements in Doctoral Training」と題する報告書にて公表した。
LERU報告書には、英国、ドイツ、フランスなどのLERU加盟大学における興味深い各種のスキル訓練事例が掲載されているので、英国の事例のみを一部抜粋して紹介する。なお、当報告書の主筆は、University College Londonの大学院の責任者であるProfessor D. Bogleが担当している。

 

【LERU加盟の21大学】
・University of Amsterdam ・Universitat de Barcelona・University of Cambridge
・University of Edinburgh ・University of Freiburg ・Universite de Geneve
・Universitat Heidelberg ・University of Helsinki ・Universiteit Leiden
・KU Leuven ・Imperial College London ・University College London
・Lund University ・University of Milan・Ludwig-Maximilians-Universitat Munchen ・University of Oxford ・Pierre & Marie Curie University ・Universite Paris-Sud ・University of Strasbourg・Utrecht University ・University of Zurich
 

【1. 正式な研究訓練 】


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博士課程学生への訓練における近年の大きな変化の1つは、広範囲な専門的能力開発訓練の導入であろう。この動きは、英国の大学の学長や企業の役員を経験したSir Gareth Robertsによる2002年の英国政府への答申報告書「SET for Success」(通称:ロバーツ・レビュー・レポート)の提言を受けて、英国の大学にて最初に導入が始まった。
dot 「ロバーツ・レビュー・レポート」は、博士課程卒業生の持つ技能はあまりにも狭すぎるため、さまざまな職業に応用できる汎用性のある技能(transferable skills)の訓練を、すべての博士課程コースにて1年間で最低でも2週間は実施すべきであると提言した。

 

1-1) 知的スキル

(Analytical and synthetic thinking, creativity, encouraging intellectual risk-taking)

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】Masterclass-Inspiring Research

  • UCLの「Skills Development Programme」は、汎用性のあるさまざまなスキルを訓練する多くのワークショップをカバーしている。約250の専門コースをとっている学部学生や大学院生に対して、2012・13年度においては650回を超えるイベントを開催し、12,000名の登録があった。
  • その1つである「UCL Masterclass-Inspiring Research」は、博士課程の学生がカジュアルな形で世界的に著名な研究者の話を聞き、対話ができるイベントである。

 

【インペリアル・カレッジ】 Facilitating more creative research

  • インペリアル・カレッジは、研究者が大きく考え、知的なリスクをとって、よりクリエーティブになることを支援するプロジェクトを、大学の研究者へのキャリア支援組織のVitaeと共同で実施している。
  • 当プロジェクトでは、博士課程の研究者の「クリエーティビティー」に対する理解と考え方を聞き出すことを目指している。プロジェクトを通じて、近年の公的研究評価における「研究のインパクト」の重視や研究助成金の削減傾向が、研究者をより保守的にしているという傾向も分かってきた。
  • また、さまざまな経験を持つ研究者とのインタビューを通じて、いかにしてクリエーティブな研究をしている若手研究者を効果的に支援することができるかも探った。
  • プロジェクトを通じて、クリエーティブな研究のためには、次の3つが重要であることも分かってきた。1つ目は、研究者には支援と自由度の適切なバランスが必要。2つ目は、研究アイデアに対する公式または非公式な多くのコミュニケーションが必要。3つ目は、研究者はクリエーティブであるための許可、時間およびスペースが必要である。

 

1-2) アカデミック・スキル

(managing uncertainty, scholarly networking, understanding of high level-intensive environment, knowledge exchange/transfer, ethical principle, interdisciplinary)

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】 The ‘Open’ Programme

  • 「オープン」プログラムは、若手研究者による共同研究や学際的研究を支援するため、UCLが他機関や企業と共同で開発・実施しているリーダシップ育成プログラムである。これにより、専門家とのネットワークの構築や産業界との連携テクニックの習得を目指す。

 

1-3) 個人的および専門的スキル

(research project management, communicating complex concepts, team work, leadership in research, teaching, conference organisation, collaboration and communication with non-specialists)

  • 「Leadership in Action」は、研究者がそれぞれの研究分野でリーダーとしての役割を担うための準備プログラムであり、他大学との実験的共同プロジェクトでもある。
    参加者はさまざまな活動をリードする機会を与えられ、専門家からコーチングを受ける。

 

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】Developing the mental toughness to sail through the PhD

  • 精神的タフネスは我々のパフォーマンスの約25%を占めていると推定されている。
    この対話型のワークショップは、研究者に自分の精神的タフネスの水準をテストする機会を与えると共に、それを向上させるためのコーチングも提供する。

 

【オックスフォード大学】 Understanding decision making preferences

  • キャリア支援部門では、人がさまざまな決心をする際の心理的な好みを測定するためのMyers-Briggs Type Indicator(MBTI)という心理試験を博士課程学生向けに提供し始めた。これは、MBTIが博士課程学生のためのキャリア・プラニングに有効であろうとの考え方に基づいており、ワークショップ形式で行われる。

 

 

【2. 博士課程学生の活動 】

2-1) スキルへの自覚と自己評価

Vitaeは、英国全土の高等教育機関から、幅広い専門的経験や知識を持つ人材を集め、次のような専門家による助言グループを持っている。

【オックスフォード大学】Skills review and training needs analysis

  • 研究学生はスーパーバイザーと相談しながら、自分の持つスキルの強みと弱点を見出すなど、スキルへの自己評価を行うことが奨励され、スキル訓練が必要となった場合には訓練コース・メニューが提供される。

 

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】On-line Research Student Log

  • 研究学生とスーパーバイザーは、UCLの「Research Student Log」という研究プログラムの質を管理するためのツールを利用して、研究プロジェクトの進捗をモニターする。学生は「Research Student Log」に含まれるオンラインの「Skills Self- Assessment Tool」を利用して、各自のスキル訓練の必要性を見出すことができる。

 

2-2) 博士課程の学生自身による活動

【ケンブリッジ大学】GRASP – the graduate student and postdoc forum

  • 大学が提供する正式な訓練を補完する意味から、大学は生命科学大学院の学生が自主的に計画するイベントに資金助成をしている。最近のイベントとしては、科学論文の書き方や出版、起業などが挙げられる。また「Building bridges in medical sciences」は、学界や産業界から研究者を招き、将来的な共同研究を促すための年次シンポジウムであり、学生が企画した上で学部が支援する形態をとっている。

 

【オックスフォード大学】Doctoral candidate-led networking and conference organisation

  • 「The Annual Dphil Day」は医学部の研究学生にとり、自分の研究を披露する正式な場である。医学部には分子医学から実験心理学まで幅広い学科があるため、研究学生には、専門分野以外の学生に自分の研究を伝えるよい機会でもある。また哲学についての同様なイベントは、学生の発案によるコンファレンスの運営方法への訓練を生み出した。

 

2-3) 海外の博士課程の学生とのネットワーク

【インペリアル・カレッジ・ロンドン】International professional skills development opportunities and research placements

  • 博士課程の研究者に国際経験をさせるため、シンガポール国立大学、シンガポールの南洋理工大学や香港大学などのアジアのパートナー大学との連携による専門スキルのサマー・スクールを立ち上げた。最近では、インド工科大学の学生も香港のプログラムに参加している。サマー・スクールの学生は5日間、学際的チームに参加し、国際的課題への解決方法や共同研究プロポーザルを議論する。その後、インペリアル・カレッジの学生はホスト国に3週間滞在して短期研究プロジェクトに参加する。

 

 

【3. キャリア開発 】

3-1) アカデミック職以外のキャリア

Vitaeは、英国全土の高等教育機関から、幅広い専門的経験や知識を持つ人材を集め、次のような専門家による助言グループを持っている。

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】PhD employer forums

  • 当フォーラムは、さまざまな業界にいる博士号を持つ経営者をパネル・スピーカーとして招待して、業界の話、昇進プロセスの体験談やそのポジションへの最善のルートなどを聞くと共に、産業界とのネットワーク作りにも活用する。

 

【オックスフォード大学】Four steps to career success

  • キャリア支援部門が博士課程学生に提供する当プログラムは、ワークショップ形式であり、「キャリア・プラニング」、「ネットワーキング・スキル」、「履歴書作成スキル」および「インタビュー・スキル」の4つに分かれている。

 

【ケンブリッジ大学】Careers service

  • キャリア支援部門はアカデミックまたはアカデミック以外のキャリアを目指す学生に、履歴書の書き方やインタビューへの準備の仕方などの訓練を提供している。ポスドク研究者も、この訓練を受けることができるほか、研究グループのリーダーを目指す研究スタッフ向けの「The Emerging Leaders Development Programme」という訓練コースもある。また、同大学の卒業生は生涯にわたり、このようなスキル訓練プログラムを受講できる。

 

3-2) アカデミック・キャリア

【ケンブリッジ大学】GRASP – the graduate student and postdoc forum

  • 大学が提供する正式な訓練を補完する意味から、大学は生命科学大学院の学生が自主的に計画するイベントに資金助成をしている。最近のイベントとしては、科学論文の書き方や出版、起業などが挙げられる。また「Building bridges in medical sciences」は、学界や産業界から研究者を招き、将来的な共同研究を促すための年次シンポジウムであり、学生が企画した上で学部が支援する形態をとっている。

 

【オックスフォード大学】Preparation for academic practice

  • The Oxford Centre for Excellence in Teaching and Learning (CETL)が2010年まで運営した「Preparation for Academic Practice」プログラムは、キャリアの早期段階の研究者に、キャリアの段階ごとのスキル訓練を実施した。その他、当センターではさまざまな訓練や情報発信を行っており、専用のウェブにて公開している。

 

3-3) 地域や機関を超えたイニシアティブ

【オックスフォード大学】OUIIP – Oxford’s International Internship Programme

  • 当プログラムは、夏季休暇中に海外インターンシップを学生に体験させるために、2008年に発足した。インターンシップの海外パートナーの多くは、海外にいるオックスフォード大学卒業生のコネクションを活用して決められるが、その他、海外の協定校やパートナーシップを組んでいる企業の場合もある。

 

【オックスフォード大学】The Student Consultancy

  • 当プログラムは、夏季休暇中に海外インターンシップを学生に体験させるために、2008年に発足した。インターンシップの海外パートナーの多くは、海外にいるオックスフォード大学卒業生のコネクションを活用して決められるが、その他、海外の協定校やパートナーシップを組んでいる企業の場合もある。

 

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】BioNews Internships ? Science News Reporting for Research Students

  • UCL大学院とProgress Educational Trustは共同で、科学コミュニケーションや科学の発展から生じる法的・倫理的問題に興味のある、生命科学、生物医科学および法学部の博士課程学生に「BioNews」でのインターンシップを通じて専門家の指導の下での実習経験を提供している。

 

 

【4. コンセプトとストラクチャー 】

4-1) 大学院およびセンター

Vitaeは、英国全土の高等教育機関から、幅広い専門的経験や知識を持つ人材を集め、次のような専門家による助言グループを持っている。

【エディンバラ大学】The Institute for Academic Development

  • 同大学のThe Institute for Academic Development(IAD)は、毎年約200回の研究学生向けのスキル訓練イベントを開催している。これらのイベントは4つのレベルに分かれており、「レベル1」は学科レベル、「レベル2」は学部レベル、「レベル3」は大学レベル、「レベル4」は地域・国際レベルの訓練プログラムである。

 

4-2) 地域的・全国的・国際的共同スキーム

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】The Bloomsbury Postgraduate Skills Network

  • このネットワークは2005・06年度にUCLが中心となり、UCLのメイン・キャンパスのあるロンドンのブルームズベリー地区にあるLSE、SOASなど、8つの高等教育機関の研究学生にベスト・プラクティスの共有と汎用的スキルの訓練の提供を目的に発足した。登録した学生は、ネットワークに加盟している高等教育機関のどのスキル訓練コースにも参加できる。2011・12年度には、当ネットワークは合計で1,052名の学生に75の訓練コースを提供した。

 

4-3) 学際的な訓練ストラクチャー

【オックスフォード大学】Doctoral Training Centres in the sciences

  • 当センターでは、博士課程の学生の一人一人に専門的にデザインされた広範囲な訓練プログラムの提供を原則とする。学士課程は、学際的科学の研究に必要な研究テクニックを提供するようにはデザインされていないため、重要な研究テクニックについての上級コースを提供する必要がある。

 

【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン】Interdisciplinary MRes/PhD programme in ‘Modeling biological complexity’

  • UCLには、工学・物理科学リサーチ・カウンシル(EPSRC)の助成を受けた博士課程学生を訓練するための8つの学際センターがある。「Modeling biological complexity」プログラムは、生命科学や医科学分野の諸問題を解決するために数学的モデルの利用を訓練する4年間の学際的博士課程コースである。

 

4-4) その他のイニシアティブ

【エディンバラ大学】Thesis committees

  • 同大学の多くの学科では、博士課程が始まると同時に、各学生に1つの論文委員会(thesis committee)が割り当てられる。論文委員会は、スーパーバイザーや少なくとも1人の中立的立場の人間を含む3名から5名にて構成される。この制度は評価プロセスの安全性の確保を目的とする。多くの学生は、論文委員会の外部メンバーの貢献を特に高く評価している。

 

 

【5. 筆者コメント 】


dot   英国では、特に2002年の「ロバーツ・レビュー・レポート」の提言以来、博士課程の学生を中心とした研究学生への、研究分野以外の汎用的スキル(transferable skills)の訓練が大学、リサーチ・カウンシル、Vitaeなどの訓練支援組織、王立協会(The Royal Society)など、多くの機関によって活発に行われている。
dot   これはアカデミックの世界以外のキャリアに進む多くの高度な専門技能者に、産業界をはじめとした社会全般にてより一層活躍してもらおうという期待感の表れでもあろう。
dot   4-5年前、インペリアル・カレッジの大学院に留学している日本人学生に会った時、インペリアル・カレッジの研究学生向けの汎用スキル訓練の話となり、その日本人学生は「自分の在籍する日本の大学にこのようなコースがあれば是非受講してみたい」と言っていたのを思い出した。
dot   欧州における、研究学生に対する研究分野以外の汎用的スキル訓練の導入活動は英国がパイオニアのようであるが、今回紹介したLERU報告書には、英国以外の欧州の大学の興味深い事例が数多く載っているので、このテーマに関心のある方には、是非このLERU報告書に目を通すことをお勧めしたい。

 
(参考資料:League of European Research Universities)

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