レポート - 英国大学事情 -

2014年2月号「大学と経済成長に関するレビュー報告書」<Sir Andrew Witty’s Review of Universities and Growth>「Encouraging a British Invention Revolution」

掲載日:2014年2月3日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

英国においても、大学による発明を実際の経済成長に結びつけるための公的助成を含む各種の試みが実施されてきた。近年においても、「英国大学事情2012年第8号」にても紹介した、産学官連携による重点的7分野への「カタパルト・ネットワーク」の構築の促進策等もある。

しかしながら、その活動と成果がまだ不十分であるとの認識から、高等教育や科学技術を所管するビジネス・イノベーション・技能省(BIS)は、英国の大学がいかにしたら経済成長により貢献することができるかを探るため、英国の大手製薬企業GlaxoSmithKline社の社長であるSir Andrew Wittyにレビューを委託した。

2013年10月、このレビューの結果が、多くの提言を含む「Encouraging a British Invention Revolution:Sir Andrew Witty’s Review of Universities and GrowthPDFと題する報告書として公表された。

この報告書では、英国が技術や発明の分野において世界の最先端を走っていると共に、世界でベストのいくつかの大学を有しているとした上で、更に技術や発明をビジネスに結びつけるには、現行の複雑な資金助成の流れを簡略化し、大学には経済成長に対するより大きな役割を担ってもらう必要があるとしている。今後、政府はこのレビュー報告書を検討した上で、具体的対応策を発表する予定である。今月号では、この150ページ近い報告書の中からサマリーと提言を中心に、その一部を抜粋して紹介する。

【1. 大学と経済成長 】

dot   大学の経済的インパクト
  英国政府の委託を受けてストラスクライド大学がまとめた資料によると、2007・08年度における英国の高等教育機関の経済的インパクトは590億ポンド(10兆300億円(*1))と、GDPの4%にも上る。インフレ率を考慮した場合、現在の690億ポンド(11兆7,300億円)に相当する。このインパクトは、雇用、スキルの提供、知識の創造・移転、企業との共同活動、スタッフや学生による直接的・間接的な物品やサービスの購入や提供、海外からの英国への投資、卒業生のネットワーク等、広範囲にわたる。

*1. 1ポンドを170円にて換算

 

dot  td> 2012年に政府が発表した「Industrial Strategy」と題した産業戦略報告書にても、その将来的重要性が指摘された航空宇宙、自動車、生命科学等の先端製造分野、専門的ビジネス・サービス等の知識集約分野やエネルギー、建築等の分野に関連したワールド・クラスの研究等、21世紀における英国の相対的な経済の強さの多くは、英国の大学から生まれることになろう。
dot   大学は経済成長を支えるという、研究、教育に次ぐ「第三の使命」に明確な責任を担うと共に、すべての大学がこの「第三の使命」を強く意識するための強いインセンティブが必要である。なお、この「第三の使命」には国際競争力を持つ技術を開発して商業化することから、革新的技術を持つ地域の中小企業とのパートナーシップなどが含まれる。

 

【提言1】

  • 大学は経済成長を促進する非常に大きな可能性を秘めている。研究、教育に次ぐ、経済や社会への貢献としての「第三の使命」に積極的にかかわるためのインセンティブを強化すべきである。
  • 各大学が、毎年、「第三の使命」に関する活動実績、その活動を阻害する要因およびそれに対する政府への要望を報告し、それらをまとめた年次報告書を政府に提出する制度を設けるべきである。
  • 政府は、その報告書に記載された大学からの要望への対応策を、毎年、公表していくべきである。

 

 

【2. 情報基盤:経済活動と研究センターのマッピング 】

dot   地域の経済成長戦略の作成に資するため、当レビュー報告書は研究センターの活動やクラスターを含む経済活動地域のマップを提供しているが、どこに研究の強みがあるかの情報については限りがある。
dot   民間企業による自社内での研究投資を除く、英国の大学と研究センターによる研究投資額は年間100億ポンド(1兆7,000億円)を超える規模である。
dot   研究開発重視の大企業は、どこの大学、研究センターにどのような研究能力があるのかを十分に理解しているが、中小企業等は良く理解していないのが現状であろう。これらの情報により透明性を持たせ、広く普及させることは、中小企業等への利便性を図ると共に、大学にとっても将来の研究パートナーを増やすというメリットがある。

 

【提言2】

  • 研究への投資に興味を持つ投資家が、どこにどのような研究の強みがあるのか、できるだけ多くの情報をオンラインでアクセスできるようにすべきである。
  • このオンライン・アクセスには、分野と技術ごとの研究を検索できる機能が含まれるべきである。その上、その研究の助成元が企業なのか非営利のチャリティー機関等なのかもわかる機能があれば更に良い。
  • 将来的には、論文引用回数を基に測定された分野ごとの研究の強み等の指標の開発もすべきであろう。

 

 

【3. 経済成長を促進する大学 】

dot   ワールド・クラスの研究をしている大学は、英国が国際市場において相対的な優位性を持てる技術の開発のために共同研究を主導すべきである。
dot   ワールド・クラスの先端的研究をしている大学を「矢じり」に見立て、これらの共同活動を「アロー・プロジェクト:Arrow Projects」と名付けた。当プロジェクトの目的は、量子技術(Quantum Technologies)等、将来的に巨大な国際市場が見込める分野において、英国の技術開発クラスターを機動的に動員して新技術を開発することにある。
dot   このプロジェクトは、主導的な研究者、産業界、サプライ・チェーンのパートナーおよび地方自治体や企業とのパートナーシップであり、イングランド地方の各地にあるLocal Enterprise Partnerships(LEP)のような主要な経済活動主体を結びつける役割も持つ。

*筆者注
Local Enterprise Partnerships(LEP)は、地方公共団体と地域企業とのパートナーシップであり、地域経済促進のための優先分野の決定や、経済成長を促進して地域の雇用を創生するための諸活動を行っている。現在、イングランド地方に39のLEPがある。
dot   政府は、大学が主導する各コンソーシアムが応募する「アロー・プロジェクト」のための新たな助成制度を設けるべきである。当プロジェクトへの応募に際しては、いかにしたら中小企業の機会を最大化し、またサプライ・チェーンの存在感も高めることができるかを考慮したものが望まれる。

 

【提言2】

  • 政府は「アロー・プロジェクト」のために、最低でも10億ポンド(1,700億円)の助成をすべきである。当プロジェクトは、以下の範疇に入る新技術の開発を支援することを目指す。
    • 英国が国際市場において確実に優位な立場にあると思われる技術
    • 主要な研究センター、地方自治体と企業のパートナーシップであるLEPおよび民間企業のパートナー等を含む共同研究であり、かつLEPや民間企業からの助成もあること
    • 研究、開発および経済的成果についての評価基準が確立していること
  • 「アロー・プロジェクト」への採択は、産業界、学界および政府の代表者から成るパネルによる中立的評価によって決定されるべきである。また最も重要な採択基準は、政府の「技術戦略」を促進する提案であるか、とすべきである。

 

 

【4. 大学と中小企業 】


dot   英国経済の今後の成長の多くは、急速に成長している中小企業から派生してくるであろう。大学は中小企業に様々な利益を提供できるが、多くの中小企業は外部との連携に関わるリソースが不足しており、地域の大学からの支援の質を高めることが重要となる。
dot   ワールド・クラスの先端的研究をしている大学を「矢じり」に見立て、これらの共同活動を「アロー・プロジェクト:Arrow Projects」と名付けた。当プロジェクトの目的は、量子技術(Quantum Technologies)等、将来的に巨大な国際市場が見込める分野において、英国の技術開発クラスターを機動的に動員して新技術を開発することにある。
dot   大学が革新的な中小企業、又は可能性のある中小企業を探し出し、大学の持つ技術、専門知識、人材、ノウハウ等を積極的に提供できるように、大学にインセンティブを与えるべきである。また、大学は他の機関の持つ能力も活用すると共に、重複を避けるためにも地域のパートナーとの連携活動が必要であろう。
dot   この活動を促進するために、高等教育イノベーション・ファンド(HEIF(*2))の予算を増額すべきである。また、大学の研究に対する公的評価に導入される予定の「研究のインパクト」の評価項目も、ビジネスへの貢献へのインセンティブとなろう。

* 現在、2011-15年のイノベーション助成プログラムである「第5次高等教育イノベーション・ファンド」が実施されている。

 

【提言4】

  • 大学が革新的な中小企業との連携を深めるインセンティブを高めるために、政府は既存の「高等教育イノベーション・ファンド(HEIF)」に対する長期的なコミットメントをして、年間助成額を2億5,000万ポンド(400億円)程度まで増やすべきである。
  • 大学に対する公的研究評価である「Research Excellence Framework」では、地域におけるビジネスへの貢献等に対する大学へのインセンティブを強めるために、「研究のインパクト」への評価ウェイティングを25%まで高めるべきである。

【提言5】

  • 大学は、中小企業からの問い合わせを学内の適切な部署につなぐことができるように、単一のアクセス・ポイントを設置すべきである。また、大学のビジネス・スクールにも、中小企業の抱える現実的な問題への解決策の提供等、優先的に地域の中小企業と直接付き合うためのインセンティブが与えられるべきである。

 

 

【5. Local Enterprise Partnerships 】


dot   Local Enterprise Partnerships(LEP)の重要な役割の一つは、地域の相対的優位性と産業の強みを理解し、他のLEP等との連携や各地の研究センターとの連携を支援しながら、強固な経済計画を作成することにある。
dot   ワールド・クラスの先端的研究をしている大学を「矢じり」に見立て、これらの共同活動を「アロー・プロジェクト:Arrow Projects」と名付けた。当プロジェクトの目的は、量子技術(Quantum Technologies)等、将来的に巨大な国際市場が見込める分野において、英国の技術開発クラスターを機動的に動員して新技術を開発することにある。
dot   これは、大学やその他のパートナーの支援を必要とする多くのLEPにとって容易いことではないが、大学は地域の相対的優位性の原動力として、LEPに価値あるリソースを提供することができる。

 

【提言6】

  • LEPは、イノベーションに投資するために設けられたEUの「European Structural and Investment Funds」の中から、最大で10億ユーロ(1,350億円(*3))の助成資金を活用することができる。LEPは、大学を通じて地域の革新的な中小企業を支援するなど、持続可能な成長を支援するために、卓越した大学や研究センターにイノベーション助成資金の多くを振り向けるべきである。

    *3. 1ユーロを135円にて換算
  • 経済的および研究面での利益がある場合には、LEPは担当地域を超えた連携や大学との連携活動を促進すべきである。
dot  地域の特性として、大学の存在が大きい場合は、それがLEPの組織構成に反映されるべきである。それによって、大学の貢献が地域経済の発展のためのリーダーシップに影響を与えることになる。

 

【提言7】

  • 担当大臣は各地のLEPの理事会会長に対して、LEP理事会のメンバーに大学の代表者を入れるべきとの通達を出すべきである。LEPが大学主導のアロー・プロジェクトに参加する場合は、大学の代表者がLEPの副会長職を勤めるのが適切であろう。
  • 大学の代表者がLEPのイノベーションやR&D・イノベーション・サブ・コミティーのメンバー、また多くの場合は代表者となるなど、大学からのメンバーの存在感が大きくなるようにすべきである。
dot   重複と連携機会を逃すことを避けるため、LEPによる各種計画に対する全国レベルのコーディネーション組織が必要であろう。この組織は、LEPの各種計画の強みについて大臣等へ助言する機関であると共に、LEP自身への助言組織でもあるべきである。

 

 

【6. 全国的なイノベーション支援組織の役割 】


dot   技術戦略委員会(Technology Strategy Board)と英国貿易投資総省(UK Trade & Investment)は「アロー・プロジェクト」の中心となり、大学から派生する経済成長を促進するためのリソースを投入すべきである。

*筆者注
「技術戦略委員会」は、産業界のメンバーを中心として、学界、地方公共団体及び省庁からのメンバーにて構成され、産業界が主導するイノベーションを促進するための組織である。ビジネス・イノベーション・技能省所管の独立行政法人として、2007年に発足した。最近では、重点的戦略分野の技術・イノベーション・センターのネット構築プロジェクトである「カタパルト・ネットワーク・プロジェクト」も推進している。このプロジェクトについては「英国大学事情2012年第8号」にて紹介している。「英国貿易投資総省」は外国企業が英国に拠点を置き、国際的に展開することを支援する政府機関であり、海外からの投資を呼び込む活動等をしている。

 

【提言9】

  • 技術戦略委員会の目的には、前述の「産業戦略」や「アロー・プロジェクト」等への貢献がその実績評価の中心となるように、国の戦略的な経済優先案件の促進も含めるべきである。
dot   英国貿易投資総省(UKTI)は輸出の可能性を実現し、外国から英国への投資を呼び込み、英国の大学から得られる利益を最大化するという非常に重要な役割を担っている。この役割を強化するため、「産業戦略」にて特定された分野、「Eight Great Technologies」および「アロー・プロジェクト」の促進という、英国の重点課題を実現させるための専門的人材を配置すべきである。

* 筆者注
「Eight Great Technologies」は、2012年に政府が策定した戦略的重点技術であり、以下の8つの技術が選定された。
・ビッグデータ ・人工衛星 ・ロボット/オートメーション ・合成生物学 ・再生医学  ・農業科学 ・先端材料  ・エネルギー貯蔵
dot   連携をとるべきLEP等の数が多いこともあり、英国貿易投資総省の仕事量は増加しすぎている。そのため、英国貿易投資総省は大学との連携活動を活発化することによって、地域の経済発展により効果的に寄与できるであろう。

 

【提言10】

  • 英国貿易投資総省の目的に、国の戦略的経済優先分野の促進も含めるべきである。それによって、中小企業による輸出、「産業戦略」、「アロー・プロジェクト」やスコットランド等の地方分権政府による優先的成長分野への貢献度も、輸出や海外からの英国への投資実績と共に、英国貿易投資総省の実績として反映されるべきである。

 

 

【7. 筆者コメント 】


dot   先の労働党政権時代に、英国の高等教育政策はビジネス・イノベーション・技能省(BIS)の所管となり、現保守党政権もそれを踏襲している。それに伴って、大学の「第三の使命」としての経済や社会への貢献がより重視されつつあるように感じる。
dot   現在、高等教育政策を教育省に戻そうという議論も政府内であるようなので、将来的には不透明であるが、政府から運営費交付金を受けている大学には、今後も社会への貢献の一環として経済活動への支援を求められることに変わりはないであろう。
dot   英国の大手企業の現職社長が中心となって取りまとめた今回の150ページにも上る詳細なレビュー報告書では、おのずから産業界からの産学官連携活動への今後の在り方への要望が随所にみられる。
dot   特に大学はイノベーションや新技術開発促進のための産学官連携活動の表舞台に立って、より主導的な役割を担うことが求められている。また、そのための大学に対するインセンティブの必要性や大学と中小企業との連携の促進への提言も興味深い。
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