レポート - 英国大学事情 -

2013年2月号「大学の研究設備拡充のための公的助成プロジェクト<HEFCE「UK Research Partnership Investment Fund>」

掲載日:2013年2月1日

英国在住30年以上のフリーランス・コンサルタント山田直氏が、新しい大学の生き方を求め、イノべーション創出、技術移転などに積極的に取り組む英国の大学と、大学を取り囲む英国社会の最新の動きをレポートします。(毎月初めに更新)

 

【1. はじめに 】

   英国政府(ビジネス・イノベーション・技能省)は2012年度予算において、大学の研究設備の拡充のために2012年から2015年までの3年間で1億ポンド(140億円(*1))の助成措置を表明した。この助成は公募方式を採用してHEFCEが運営することになり、「UK Research Partnership Investment Fund(UK RPIF)と命名された。
*1:1ポンドを140円にて換算
   この助成プロジェクトの特色は、助成を受ける大学も資金を拠出するほか、大学が企業、チャリティー団体や個人の寄付者などにも助成を働きかけて、政府の助成金額に対して最低でもその2倍以上の資金を捻出するマッチング方式にある。
   2012年初夏に公募された当ファンドによって14プロジェクトへ助成が決定したが、大学からの応募が旺盛であったため、2012年10月に政府は当初予定の1億ポンドの助成額に対して、更に2倍にあたる2億ポンド(280億円)の追加助成を決定した。
   これにより、政府助成額は合計3億ポンド(420億円)となり、大学、企業、チャリティー団体などがその2倍の6億ポンド(840億円)以上のマッチング・ファンドを拠出することから、官民合わせて総額約10億ポンド(1,400億円)のプロジェクトになると見込まれている。今月号では、この大学の研究施設への助成ファンドの事例を中心に概要を紹介する。

 

【2.プロジェクトの目的 】

当ファンド(UK RPIF)は高等教育機関の研究施設や設備の拡充を目的とし、特に次の4つを目指す。

  • 世界をリードする研究を行っている高等教育機関の研究施設や設備を拡充する。
  • 高等教育機関と研究活動を活発に行っている企業やチャリティー機関の間の戦略的パートナーシップを促進する。
  • 高等教育機関の研究活動への更なる投資を刺激する。
  • 研究拠点の経済成長への貢献度を高める。

 

【3. 第1次公募プロジェクト採択大学 】

   第1次公募にて、3年間で総額8億6,500万ポンド(1,211億円)に上る以下のような14プロジェクトへの助成が決まった。その内、公的助成は2億2,000万ポンド(308億円)、大学自身が拠出する資金は総額約7,000万ポンド(98億円)、残りは企業やチャリティー機関などなどによる助成である。
   総額3億ポンドの公的助成の残り分8,000万ポンド(112億円)は、第2次公募にて配分される。なお、政府助成額は1プロジェクト当たり1,000万ポンド(14億円)から3,500万ポンド(49億円)までと規定されている。
【バーミンガム大学】
プロジェクト総額:6,000万ポンド(84億円)。パートナー:Rolls Royce社目的:高温用金属および関連する航空エンジン用タービン・ブレードを含む部品の製造プロセスのための研究開発センターの設立。基礎研究から生産技術への効果的転用および見習い実習生からポスドク・フェローを含む広範囲のエンジニアの訓練も目指す。
【ブルーネル大学】
プロジェクト総額:6,000万ポンド(84億円)。パートナー:TWI社等目的:「National Centre for Structural Integrity」の設立。エネルギー、輸送および先端的製造分野をカバーし、デザインの健全性と製品の生産、工場の建設、インフラの構築の間の学際的研究への全国的ハブを目指す。
【ダンディー大学】
プロジェクト総額:3,800万ポンド(53億円)。パートナー:ウェルカム財団、製薬企業目的:がん、感染症、湿疹、糖尿病などのトランスレーショナル・リサーチを強化するための研究センターの設立。大手製薬企業との連携によって、安全な新薬の市場への投入コストの削減が期待される。
【インペリアル・カレッジ・ロンドン】
プロジェクト総額:1億5,000万ポンド(210億円)。パートナー:Voreda目的:ロンドンのWhite City再開発地区に隣接する新キャンパスの開発。その中心となるのは、約1,000名の次世代材料の研究者とスピンアウト企業に対して、高度な研究とインキュベーター用施設を提供する「Research and Translation Hub」の建設である。
【リバプール大学】
プロジェクト総額:3,300万ポンド(46億円)。パートナー:Unilever社目的:従来にないオープン・アクセス機能を提供する、材料化学研究ハブ「Material Innovation Factory」の設立。持続可能エネルギー、ホーム・ケア、パーソナル・ケア、製薬、ペイントおよびコーティングなどを含む広範囲の分野の材料化学研究の加速化と新製品開発期間の短縮を目指す。
【マンチェスター大学】
プロジェクト総額:3,800万ポンド(53億円)。パートナー:Christie Hospital, Cancer Research UK目的:「Manchester Cancer Research Centre」の設立。各患者が持つ腫瘍生物学的特性に基づき、患者個人をターゲットとしたがんの治療法の確立を目指す。研究所での研究から臨床試験や患者ケアまで行い、放射線治療、肺がん、婦人科系がん、メラノーマ、血液がんの5分野の研究に重点を置く。
【ノッティンガム大学】
プロジェクト総額:3,400万ポンド(48億円)。パートナー:GlaxoSmithKline社等目的:多国籍製薬企業GlaxoSmithKline社が所有する研究所「Carbon Neutral Laboratory for Sustainable Chemistry」内に「Centre for Sustainable Chemistry」を設置し、環境への化学物質のインパクトの軽減の研究などに取り組む。
【オックスフォード大学(1)】
プロジェクト総額:3,200万ポンド(45億円)。パートナー:UCB Pharma, Ludwig Institute for Cancer Research, Janssen Pharmaceutica NV, Boehringer Ingelheim, Takeda目的:英国内外の製薬企業や研究機関と共に、創薬ターゲットの発見と医療データ・セットを基にした研究のための研究施設の設立。膨大な医療データを所有するオックスフォード大学内のNHS Trustが運営する付属病院が参画する。
【オックスフォード大学(2)】
プロジェクト総額:1億3,800万ポンド(193億円)。パートナー:Synergy Health, Cancer Research UK, Roche Diagnostics, GE Healthcare, Oxford University Hospital NHS Trust目的:がんの標的治療の研究(targeted cancer research)を目的とする施設の設立。早期がんの患者に標的型がん診断などを用いて、患者ごとに苦痛を最小限に抑えるための治療法の開発、臨床試験および治療などの包括的取り組みを目指す。
【クィーンズ・ユニバーシティー・ベルファースト】
プロジェクト総額:3,200万ポンド(45円)。パートナー:Atlantic Philanthropies, Wellcome-Wolfson Capital Award, Sir Jules Thorn Charitable Trust, Insight Trust for Visually Impaired目的:既存の「Institute of Health Science」を拡充して、「Centre for Experimental Medicine」を設立。視覚科学の研究者を集めると共に、糖尿病やゲノミックスの新たな研究にも着手する。
【サリー大学】
プロジェクト総額:3,500万ポンド(49億円)。パートナー:モバイル・コミュニケーション企業のコンソーシアム目的:第5世代セルラー方式無線通信技術の開発のための国際的共同研究センターの設立。この「5G Centre」は、新たなモバイル・ブロードバンド・インターネット関連製品とサービスの開発を支援するリアルタイムの実験施設を提供する。
【スワンジー大学】
プロジェクト総額:3,800万ポンド(53億円)。パートナー:British Petroleum社、Tata Steel Europe社目的:「Energy Safety Research Institute」の設立。スワンジー大学の持つ石油や化学製品の製造プロセス研究の強みを生かして、既存のエネルギー製造プロセスの研究開発を取り巻く安全性の問題や新たなグリーン・エネルギー技術の安全な開発と統合に重点を置く。
【ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)】
プロジェクト総額:8,500万ポンド(119億円)。パートナー:Great Ormond Street Hospital目的:「Centre for Children’s Rare Disease Research」の設立。6,000件以上の症例が報告されている子供の奇病の治療法を確立するため、UCL Institute of Child Healthの持つ専門的研究知識と小児科専門病院として著名なロンドンのGreat Ormond Street Hospitalのユニークな患者集団(patient cohort)を結びつけることを目指す。
【ウォリック大学】
プロジェクト総額:9,200万ポンド(129億円)。パートナー:Jaguar Land Rover, Tata Motors European Technical Centre目的:化石燃料への依存を削減する新技術の開発を目指す「National Automotive Innovation Campus」の設立。この新施設は、自動車産業のサプライ・チェーンにおける熟練したR&Dスタッフ不足の解消にも役立つと期待されている。ウォリック大学のWarwick Manufacturing Groupと共同研究を行うJaguar Land Roverと Tata Motors European Technical Centreの両社は、製品、プロセスおよびサービスの改良によって、投資額の10倍のリターンを想定している。

 

【4. 筆者コメント 】

   英国財務省はこの公的助成ファンドに関連して以下の事例を挙げ、大学の研究施設拡充への政府の助成策が効果を上げてきたことを強調した(http://www.hm-treasury.gov.uk/press_88_12.htm)。

  • ラフバラ大学の研究施設拡充のための430万ポンド(6億円)の公的投資が、同大学とBAE Systems社とのジョイント・ベンチャーである「Systems Engineering Innovation Centre」の設置など、同社による総額6,000万ポンド(84億円)の投資を生み出した。
  • ダンディー大学への800万ポンド(11億円)の公的助成が、製薬企業のAstraZeneca, Boehringer Ingelheim, GSK, MerckおよびPfizer社からの総額2,300万ポンド(32億円)に上る投資を導いた。
   英国大学事情2012年第8号」にて紹介した「カタパルト・ネットワーク」プロジェクトは、高付加価値製造、細胞治療、オフショア再生エネルギー、人工衛星応用、コネクテッド・デジタル・エコノミー、未来都市、輸送システムの7つの成長分野に特化した産学連携による研究を4年間で2億ポンド(280億円)の公的助成する公募型制度であった。
   今回の「UK Research Partnership Investment Fund(UK RPIF)」は産学連携活動をさらに推し進めるための政府助成プログラムであるが、政府が3年間で3億ポンド(420億円)の公的助成をする代わりに、大学が企業、チャリティー団体および個人の寄付者などからその2倍以上の資金を集めるという、いわゆるマッチング・ファンド方式を採用している所に特色がある。これにより、プロジェクトの総額は約10億ポンド(1,400億円)になると予想されている。
   「カタパルト・ネットワーク」プロジェクトが立ち上がったばかりであるにもかかわらず、今回のUK RPIFプロジェクトが発表され、英国における産学連携活動への政府の支援策が活発化してきている。
   英国では大学基金拡充のために、政府がマッチング・ファンド方式による助成プログラムを実施して、各大学の大学基金への募金活動に弾みがついている。今回の「UK RPIF」プロジェクトもマッチング・ファンド方式を採用しており、英国では単に政府が助成するだけではなく、大学や企業にもそれ相応の負担を求める形態の公的助成制度が広まりつつある。
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